第8話 破局のキューピッド作戦 開始

 俺と春人は急いで旧体育館に向かった。

 まだやると決めたわけじゃないのに心臓がバクバクする。あぁ、今すぐ家に帰りたい。というか春人こいつはなんでこんなに早くカップルを見つけて来れたんだ。余計なことしやがってムカつくな!!


 校舎に向かって左側にある旧体育館内のギャラリーの端にかがんだ状態で身を潜めた。


「それで下田、仲を裂く方法は考えてきたのか?」

 春人がひそひそと尋ねてきたから俺もひそひそと返答した。

「そもそも俺はまだやるとは言ってないぞ!!」

 思ったより声が出た。


 春人は呆れた顔で俺の方を見てきた。

「お前まだそんなこと言ってんの? やるしかないんだから覚悟決めろ!」

 春人は他人事だからそんなことが言えるんだ。そもそも方法も何も考えてきてないし……


 春人は囁いた。

「そろそろ来るぞ」

 春人と俺は五感を研ぎ澄まして入り口の方をじっと見つめる。


 頼む!! 誰も来ないでくれ!!!!


 カツカツと入口の方から足音と男女の話し声が聞こえてくる。

「いやーまじ中間テストやばいわー。なんも勉強してないからさー。絢音あやねはどう?」


「あたし? あたしはねー、えー秘密」


「いや、教えろよー」

 旧体育館に入ってきた男女はヘラヘラとした態度でペラッペラな会話を交わし合っていた。

 春人は小声であの二人の情報を教えてくれた。

「あっちのマッシュヘアーの男がサッカー部の坂井拓也さかいたくやで、もう一人の前髪結んでる女がバスケ部の空西絢音そらにしあやねだ。二人とも二年の中じゃそれなりのビッグネームだ」


 あいつらが今回のターゲットのバカ男とバカ女か


 絢音おんなは後ろ手に手を組み、拓也おとこに背を向けた状態で問いかけた。

「ていうかさぁ、拓也話って何?」

 拓也は問いかけには答えず、どこからともなくバスケットボールを持ってきて絢音の方にパスした。

 拓也は少し照れくさそうに言葉をかけた。

「ちょっと1on1しようぜ」


 絢音もまんざらでも無さそうな表情で答えた。

「手加減して欲しい?」


 拓也は真剣な顔で答えた。

「本気で来て」

 静寂なる昼休みの旧体育館には二人の上履きが体育館の床に擦れる音だけがこだまする。


 俺は何を見せられてるんだ。わけがわからなすぎて春人に聞いてみた。

「なぁ春人。何これ、これ今なんの時間?」

 春人は人差し指を口元に持ってきて静かにしろと無言のサインを出してきた。


 しばらくすると拓也は絢音からバスケットボールを奪い綺麗にスリーポイントシュートを決めた。

 その瞬間、春人が俺の体を肘で突いてきた。

「おい下田そろそろだぞ。早く行け!!」


「いや、でも・・・」

 わかってる。ここまで来たら後には引けないことは本当はわかってる。だが最後の一歩が踏み出せない。


 先程まで呆れ顔だった春人が今度は真剣な眼差しで俺の方を向いてこう言った。

「行かなかったらお前と友達やめるわ」


 ずるいぞ。そんなこと言われたら行くしかない。なにせ俺の友達は春人しかいないのだから。ここで縁を切られては三年間一人ぼっちルートが確定してしまう。体育の授業から修学旅行まですべて一人。そんなのは耐えられない。

 俺は震えた足で音を立てないようギャラリーの端から舞台裏に繋がっている階段を降り舞台袖で待機した。


 拓也はボールをてのひらで転がしながら男らしく言葉を紡いだ。

「絢音、俺ずっと前からお前のことが――」


「ちょっとまったー!!!!」

 俺は舞台袖から勢いよく飛び出し拓也の告白を遮るように叫んだ。二人は俺の事を驚いた目で見てるが正直俺もびっくりしてる。先程まで二人っきりだった世界が嘘みたいに崩れ意味のわからない異物が一人紛れ込んでるのだから。まぁ正確にはもう一人いるが。


 それにしても何と言えばいいんだ。素直に告白はやめてくださいとでも言えばいいのか。沈黙の刹那が一生にも感じる。


 凍りついた空気に耐えきれず最初に切り出したのは拓也だった。

「ねぇ君。今だからどっか別の場所に行ってくんない?」


 俺だってこんな場所早く出て行きたいよ。だがここで俺が投げ出せばあなた達にも未来はないんだぞ! やれやれここはガツンと言ってわからせてやりますか。


 極度の緊張と舞台の上にいるせいか変なテンションになってしまった。だがそんなことはどうだっていい。俺は目の前に立っている鼻につく偉大な第一犠牲者にガツンと物申した。


「あ、あのすいません。大事な所ってなんのことですか?」


 秘技 バカのふり


 説明しよう! 秘技バカのふりとは、すべての出来事を理解できないふりをしてその場を有耶無耶に終わらせる技である。しかしこの技には欠点がある。無知なふりをすることによって俺に向けられるヘイトを最大限減らすことができるが継続的に行わなければこいつらが離れることもないだろう。


 俺の間が抜けた問いかけに対し拓也が少し声を荒げて答えた。

「いやだから、見てわかんない? 君よく空気読めないって言われない? 本当勘弁してよ。大体君一年でしょ? 俺二年だから、先輩のいうこと聞けよ。早くどっか行ってくれ」


 わかってるよ。全部わかってんだよこっちは。わかってないのはお前らなのになんでそんな目で見られなきゃいけないんだ。俺だって本当はこんなことしたくないのに・・・・・・


 あらぬ罪を着せられいわれのない非難を受け事情が分かっていても俺はこの先輩の怒りを受け止められるほど大人じゃないし余裕もなかった。


「見てわかんないってさっきの寒いバスケのことですか? 本当に気色が悪かったです。あとその二年だからってのも普通にキモイですよ」

 我を忘れてつい口が滑ってしまった。


 拓也は耳まで赤くしながら俺の挑発に乗ってきた。

「お前いつから見てたんだよ。てかお前に関係ないじゃん。いきなり出てきて意味わかんないこと言いだしてお前のほうが相当気持ち悪いぞ」


 もうどうでもいい。ただただ理解されないことへの怒りが収まらなかった。

「そこのもう一人の方。今の見ました? こんな癇癪持ちで口が悪いやつとは絶対に付き合わないほうがいいですよ。あとその人こないだ他校の女と一緒に帰ってましたよ」


「お前しょうもない嘘つくな!! 絢音違うから。そんなことないから」

 絢音は顔を真っ赤にしてキレている拓也を必死になだめようとした。

「わかったからもうほっといて教室帰ろう?」

 拓也は少し落ち着き俺のことを数秒睨みつけた後、絢音と旧体育館から出て行った。

 完全に出て行ったのを確認したら春人がギャラリーから降りてきた。

「ひどい顔だな。お前が15人に告った時もそうだったけど一回覚悟決まったらなんでそんな無敵なの?」


 鏡を見なくてもわかる。ひきつった笑顔に痙攣する左目。たしかにあの先輩が言ってた通り今の俺、相当気持ち悪いだろうな。


 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り俺と春人は出口に向かった。

「下田、これで終わりじゃないからな。」


「わかってる。一人も二人も変わらない」

 俺の高校生活はきっとこれ以上悪くならない、そう願いながら旧体育館を後にした。




















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