第2話 時間操作
――ぎゅち。
「あぐっ。うんまぁぁああっぁ!」
腹が熱い。
噛み付いた委員長の息が直接臓器に吹きかけられているからなのか、それともアドレナリンが湧きだして熱を持っているからなのか。
とにかく、俺は間に合わなかった。
委員長に噛み千切られ、血はぼたぼたと落ちている。
強烈な睡魔に襲われて瞼が重くなり始めている。
俺を食ったことで魔力を取り込めたのか、委員長の頭上に『1』という数字が見える。
ごめん先生。
俺のせいで多分委員長強くなっちゃっ――
「くそっ! まさか小路和刻がこの『時計』の、適合者だったなんて……。私は、私は……失敗した。それどころか、私の世界はこれで……」
「あははははははははははっ! 何がどうしたのか分からないけど……さっきまでの威勢はどこにもないようね、先生。魔力は限られているけど、そんな状態なら逃げるだけじゃなくて……ワンチャン殺せるかしら? スキル『うねり:血液』」
――ぶち、ぶちぶちぶち。
「くっ! そうか、お前がこのスキルの……。く、ははっ! 最悪と最高が一気に押し寄せたってわけね! 『硬化:右腕血液』」
「なっ!? 右腕を、捨てたですって!?」
「なに驚いてるの? そっちと同じことしただけでしょ。スキル『硬化:左腕表皮』」
「ふふ、そうね! これで条件は一緒!」
委員長のスキルにより紫色に変色したかと思えば、今度は黒に色づいた先生の腕。
自分のスキルが通用せずあんぐりと口を開き驚く委員長。
2人共片腕が使えない状態。
先生はライターを地面に落とし、互いは相手を殴りに掛かる。
そして気づく。
自分がそんな2人を冷静に見ることができていることに。
いつの間にか血が止まり、痛みがなくなっていることに。
『スキル【時間操作:自動生命保持地点再開(ロード)】が完了しました。レベルの状態は【1】のまま。追加されたスキル【時間操作:一時停止(ストップ)】、【時間操作:巻き戻し(リターン)】も保有されたままとなります』
「なら、対象を選択。委員長を一時停止。先生を逆再生」
「なっ!?」
「身体が勝手に! まさか間に合っていたの?」
手を目の前に広げそれらしく、呟く。
するとスキルは発動されたようで俺の口にした通りの光景が反映された。
先生は腕が元に戻り、委員長はいくら力を入れても動くことができない。
まるでゲームのようなアナウンスからのスキル行使。
しかもこのスキルは……反則級だろ。
「とはいえ、俺に止めを刺す力はない。先生! 委員長を!」
「分かっている!」
自分の身体が元に戻ったことを確認した先生はすぐさまスキルの効果がまだ生きているライターを拾い上げた。
「くそっ! こんなところで! 私は、私は、この世界で王に! あいつでさえ、私が支配してやるんだよおおぉぉぉおおぉぉぉお!」
「――残念。君は今回も僕の家来さ。でも安心して、十分働いてくれればその地位は約束するよ」
先生の攻撃が届くあと一歩のところ。
委員長の頭上に黒い穴が唐突に現れたかと思えば、男の声と共にその姿は消えた。
「スキル『空間』……。もう、あのスキルを持った奴が『触媒』を見つけたって言うのか?」
「君たちがなんでスキルを使えるのかは分からない。危険分子は殺したいけど……でも、今の僕が戦ったらただじゃ済まない。だから今回は見逃しておくれ。その分、僕が強くなってもしばらくは君たちのこと見逃してあげるからさ。じゃあね」
「……。最悪の奴に助けられたが……。とにかく、生き残れた……。こんな状態になったのも全部お前らのせい……。おいお前ら! いつか私を逃したこと後悔させてやるからな!」
男の声と委員長はそんな言葉を残し、黒いその穴も消えた。
一体全体何が起こったのか。
一度に沢山の情報が頭を占拠したせいで推理も思考も全く進まない。
「でも……助かった――」
「く、あぁっ!」
危機が去ってほっと一息つくと、先生の腕が再び紫色に、そして黒色に変色を始めた。
俺が行使したスキルはあくまで『戻した』だけ。
時間が立てばまたその時の状態がやってくる。
とはいえ、戻せた時間がこんなに短かったとは……。
有利な状況だと思っていたけど、あと少し時間を稼がれていたらまずかったかもしれない。
「とにかく、もう一度スキルを――」
「待て! その前にこれを。多分スキルの効果時間がこれで伸びる、はずだ」
先生は苦しみながらも、さっきまで光っていたジャケットのポケットから1つの懐中時計を取り出した。
パッと見た感じはシンプルで何の変哲もないそれだが……これがあのアナウンスの正体なのだろう。
「って考えてる場合じゃないか……。『時間操作:巻き戻し』」
先生から懐中時計を受け取ると俺は再びスキルを発動。
さっきまではなかった脱力感が全身を襲う。
「うっ……」
『【魔力】が残り僅かです。身体に影響を及ぼします。また、スキルが通常通りレベル1の状態で発動されました。対象の腕の状態を12時間前に戻しました。さらに状態の維持を行うには状態の【一時停止】をお勧めします。また、効果時間はレベルにより伸び、さらには選択できるようになります』
「なら、『時間操作:一時停止(ストップ)』」
元通りになった先生の腕を対象と認識してスキルを発動。
流石に今度の魔力の消費で俺はその場に膝をつく。
俺が保有できる魔力量は大分多いみたいだが、それ以上にこのスキルは消費量も多いってことか。
先生もスキルを使った影響か、それとも痛みに耐えようとしたことで疲労があったのかその場にしゃがんでいた。
「はぁはぁはぁ。大丈夫ですか先生」
「はぁはぁはぁ……。あ、ああ。助かった。それにしても……やっぱり小路がこの時計の適合者、か」
「その……。適合者とか魔族とかレベルとか瘴気とか……一体何なんですか? 夢、じゃないですよね、これ」
「夢だったならどれだけ良かったか……。残念ながらこれは現実だ。その証拠に、あれを見ろ」
先生が指差す場所、そこには金山の死体が。
そうだ。
金山は殺されて……。
「『時間操作:巻き戻し』」
スキルを発動すると金山の身体はゆっくりともとに戻っていく。
って俺金山にあれだけされて……なんでこんなことしてるんだろ。
こんな奴死んだって構わないはずなのに……。
「……。お人好しなのは彩佳だけじゃなかったってことか――」
「あれ? 俺……。首がくっついてる……」
目を開けた金山はしきりに自分の首を触った。
どうやら自分が殺されたという記憶はあるようだ。
流石に死んだ存在を生き返らせるのは無理だと思ったけど、このスキル、というか懐中時計? の力は異常過ぎないか?
「流石にあの人たちのスキルは強力だな……」
「先生あの人たちって言うのは――」
「おい! 小路、まさかこれお前がやったのか? ってこりゃあ……」
先生の言うあの人について聞こうとすると、それを遮って金山が俺に声を掛けてきた。
こっちはスキルのせいでもう動くことはできない。
視界もぼやけている。
「うっ! ……。……。……。え?」
いつものように蹴られるか殴られるか、そんな映像が頭を過り俺はぎゅっと目を瞑った。
しかしいつまで経っても痛みは襲ってこず、それどころか何故か俺の身体は優しく持ち上げられ――
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
けたたましい鳴き声と共に移動を開始。
いつの間にか俺たちはモンスターに囲まれてしまっていたようだ。
茶色の毛皮に2足歩行。
犬のような顔。
これがリアルの『コボルト』ってやつか。
「まさかあんなのまで出てくるなんてな……。どうなってやがんだ、この世界は」
ぼやきながらも俺を担いで走る金山。
体格がよく運動神経もいいのか、疲労のある先生よりも逃げるのが早い。
にしても、金山が俺なんかを……。嘘、じゃないよな?
「は、はは。まさか金山が俺を助けてくれるのか?」
「ちっ! らしくねえのは分かってる。でもよ、死ぬ前の一瞬。俺の全部が頭ん中流れて……俺の人生くそだったなって思った。今更やったことがなくなるわけじゃねえし、偽善者がキモイなって思うけどよ。今度の命はせめて……有意義に。今度は死んだ妹に、せめてウザがられねえように胸張って死なねえと駄目なんだわ。ストレス発散してえからって腐ってんのはもう止めだ!」
「ぐおおおおおおおっ!」
「ちっ! どけよてめえら!」
地面から生えるように現れるコボルト。
その頭上には【G】という英字。
レベルとはまた違った概念なのだろうか、委員長ほどの能力もスキルもないようで、金山の蹴りは効いている。
だがそれで倒れてくれるほど弱くはなく、その爪は先頭を行く金山の身体を掠めダメージを与える。
「――はぁはぁはぁ、すまない金山。私は自分の硬化と被ダメージで魔力を使い切った。こうして走るのもギリギリで……。だが今スマホで確認したんだが、職員室に回復サポートの仲間が立てこもってるらしい。そこまで行けば……」
「分かった。ただなあ、こんなこと俺が言うことじゃねえけど……。謝る元気は俺じゃなくて小路に、今まで虐めを無視してたことに対して使え! そうじゃねえならその分黙って走れ!」
「虐め……。あ、あれって2人の世界に浸ってたんじゃないのか? 楽しんでるところ悪いと思って気を使っていたのだけど……。今だって仲良さそうにしてるじゃないか」
「は?」
「え?」
先生の問題発言に俺と金山は素っ頓狂な声を漏らした。
だってそれって俺と金山が受けとか攻めとか、そういった関係だって思ってて無視してたってことだよな?
堅物っぽい見た目と話し方なのに……この先生、金山とは違う意味で『腐』なのか?
「ぷっ……。あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ! おもしれえ先生がいたもんだ! 小路はともかく、こんな血も涙もない俺かそれ以下みたいな女も助けてやるなんてなんだかって思ってたが……そんな考えが吹っ飛んだぜ!」
「面白い? BLは女性の基本装備だぞ?」
「あっはっはっはっはっはっ! そういうところが面白いんだって、のっ!」
大笑いしながらコボルトをぶん殴る金山。
その姿は強面が崩れ、どこか幼さも感じられる。
前までの金山はもっと苛ついていて、府のオーラがあるような感じがあったんだが……。
もしかして金山があんな風になったのも、瘴気が影響してたってことか?
死んだ妹の思いみたいなものも忘れていたようだし……瘴気の、魔族のせいでこうなっただけで、金山って実はそんなに悪い奴じゃないんじゃ?
だとすれば、俺が思っている以上にこの世界の悪い部分はあいつらが影響しているってことで、俺は俺の理想のために委員長だけじゃなく、あいつら魔族を……殺したいって思える、かも。
「はぁはぁはぁはぁ、大分……こっちは敵が少ねえな。よっしゃ! 全力で疾走で校舎入るぞ! こっちは裏口だから扉は小さいし、簡単に閉められる! 追って来てる奴らはそれで振り切れるはずだ!」
息を切らしながら金山はその脚を速め、体育館から一番近い校舎への入口へ向かう。
コボルトたちの数は金山の言うように、校舎に近いほどその数が減っている。
だが気になることが1つ。
それは校舎に近づけば近づくほど頭上の英字が【F】のコボルトが増えているということ。
嫌な予感がする。
だけど、回復のためには校舎に入るしかない。
金山や先生の頑張りややる気を削ぐわけにもいかない。
だから俺は自分がそんな嫌な予感を、コボルトの変化に気づいたことを胸の内に隠し願う。
俺の考えなんかただの杞憂であってくれ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。