第3話 上位コボルト
「――ちっ。もう後ろ来てんのかよ……。くそ、飛び込め!」
「言われなくて、もっ!」
勢いに乗って上げていたスピードだったが、流石に長くは続かず、裏口に近づくにつれて下降の一途を辿った。
そして1度距離を離すことに成功したコボルトたち、それに新規で俺たちに気づいたコボルトたちが一気に押し寄せ、残り十数歩というところまで迫れ、金山も先生も必死の形相。
手早く金山が扉を開くと、2人は飛び込みながら校舎に侵入。
同時に俺も金山の背中から離れ校舎内で転がった。
金山はそんな俺を気にすることなく、扉に手を掛けようとするコボルトを弾き返しながら扉を閉めた。
そして俺たちは閉められた扉を押さえるようにもたれ掛かる。
――ドンドンドンドン! ドンッ!……。……。
扉を叩く音、振動は恐怖心を煽ったが、扉が見た目以上に厚く頑丈だったおかげで、コボルトたちは早々に俺たちを追うこと、扉を攻撃することを止め、その気配を消していった。
「はぁはぉはぁはぁ……。ふぅ……。なんとか撒いたな。はは、足が笑ってらあ」
「でもまだ気は抜かない方がいい。モンスターの発生は瘴気があればどこでも、だからな」
「モンスターねぇ……。マジでゲームの世界なんだよな、これ。だとしたら俺も魔法だとかスキルだとかそんなので戦わせろっての」
「……。残念だけど『触媒』としての素質がない。魔力を保有できる器としては容量が少ない。それに瘴気から魔力を生み出せる量が少ない。極端にではなくあと少し足りない感じ。それに向いた性格じゃないんだろうな、お前は。まぁ、ある意味で吹っ切れやすいタイプというか、性格としては前向き傾向なんだろうけど」
「誉めてんのか貶してんのかどっちなんだよ」
「……。俺からすればそれはかなりの誉め言葉だと思うけど。それよりその、容量とか瘴気から魔力を生み出せる量が多いとか、なんでそれが分かるんですか?」
危機が去り、話す余裕ができた2人。
俺も少し体が回復してきたのか、視界がくっきりと映り始め気だるさが緩和されたから思いきって話しに混ざる。
よくよく考えると金山と先生っていう組み合わせは俺にとって気楽に話せる対象じゃなかったのだが、状況が状況なこともあって案外普通に口は開いてくれた。
「さっきみたいに魔力が吹き出してる状態は勿論、レベルが上がるとそれを視認できるようになる。これはスキルというカテゴリーじゃなくて、人間の『特性』扱いになる。ただこれは『ギフター』が活きていないと利用できない機能だが」
「『ギフター』? それって――」
「私のはこれで……小路和刻、お前の分はそれになる」
先生は自分の左親指にはめられていた鎖がモチーフになっているであろ指輪を見せつけてくると、その次に俺の持っていた懐中時計を指差した。
指輪と時計、スキルを扱えるようになったりレベルを付与したりできるこれ、『ギフター』は複数あって、しかもそれぞれその形状は異なるらしい。
「因みに魔族は直感としてある程度の素質は分かるらしくてね、もっと言えば魔族は瘴気を送り込むことでその反応を伺うこともある。そこに正確な判別を加えようとすると、今みたいな瘴気で満ちた状況が必要らしい。あとあいつらはその『送り込み』を使って人間を『触媒』として覚醒させることができる場合もある。私の『世界』ではそうして『触媒』を量産しようとしていた。瘴気が薄い頃から現時点までのこの世界でも可能性のある人間を見つけてはそういった仕掛けをしていたのかもしれない。……。小路、金山、お前たちや家族に変化があったりはしなかったか? 瘴気はその心身や記憶にも影響を及ぼすのだが」
家族に変化……当然心当たりはある。
やっぱり委員長が母さんを……。
それにもしかしたら父さんたちや、俺自身にも……。
「それは……あったかもしれないけどよ。教師らしく説明が長ったらしいな。授業みてえでちょっと拒否反応が……」
「こんなところで不良生徒だすとか……生粋かよ」
「う、うるせえよ小路! 授業嫌いなんて学生なら普通だろ! にしても瘴気ってのが影響を及ぼすとしても人間はそれを魔力に変換できるんだろ? それなら免疫力みたいなもんで、影響ってのも勝手に治るんじゃないのか?」
「おそらくその効果や時間は瘴気の質と魔族が送り込むというところが関係しているんだろう……ただ如何せん私も完璧な詳報を持ってるわけじゃな――」
「――が、あ……」
「気になる話だがそれはまた後だ。そろそろ走れるか、小路?」
「あ、ああ。なんとか」
「そんじゃ職員室目指して突っ走るぞ。鳴き声的に……こっちからの方がいいか」
「すまんな。私が戦える状態なら遠回りせずに済んだのに」
「また……。まぁいいや。お前らの分もこの俺が存分に戦ってやらあ!」
どこからか呻き声が聞こえ、俺たちはこの校舎にも既にコボルトが蔓延っていることを認識。
重い足をなんとか動かして職員室を目指す。
そんな最中、先陣を切る金山に俺は俺をいじめている時とはまるで別人の……心強ささえ感じていた。
案外この状態の金山なら友人になってもいいかも。
きっと瘴気や魔族、きっとそういったものが金山という存在の性根を変えていたのだろうな。
それと金山が今の状態に戻った原因だが……俺のスキルで肉体を戻した際にそういった影響はもとに戻らず、クリーンな金山に戻ったってことか?
戻せないもの、止められるもの、《時間操作》にはまだ俺の知らない情報が隠されてるらしい。
そうだ、今のうちにあのアナウンスに質問でもして色々と情報の拡充を――
「――にしても……。おかしくねえか?」
「え?」
「『え?』って……。小路、お前は何にも思わないのかよ。今日は平日。学校には普通に生徒がいる時間なのに、俺たちはまだ誰とも出会ってねえ。それだけじゃないぞ。コボルトに食われた死体もねえ」
走りながら思考を巡らせていると金山が現状の違和感を言葉にした。
多分金山も感じたんだろうな、この嵐の前の静けさのような嫌な予感を。
ただ、そんなものはすぐにどうにかできるわけじゃない。気を逸らして目的達成に集中しないと。
特に今金山がそんなものに気をとられてまた死ぬなんてことになれば……ゲームオーバーだ。
「確かに、人がいないとは思っていたが……いないって言うことは何とか逃げ出せたってことじゃないのか? とにかくあまり気にしない方がい――」
「――きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
階段を登っていると2階の教室からか、女性の悲鳴が聞こえた。
誰かが、コボルトに襲われている。
「ちっ。おい小路! ちょっとだけ寄り道すんぞ!」
「金山! それはあまりにリスキー……」
「だったらお前らだけで職員室に向かってくれ! さっきも言ったが、今度の命は有意義に使わせてもらう! それにさっきから頭ん中でいろんな思いで? が湧き上がって……。俺はもう後悔したくねえ! そんでもって本当の意味で強くなりてえ!」
「お、おい!」
「青春を出す場面じゃないけど……。教師としてそれを見守る義務はある、か。ただ……。金山! 本当にヤバかったら直ぐに逃げるからな!」
女性の悲鳴に誘われて一旦目的地を2階の教室に変更。
やれやれといった表情の先生の後ろについて俺も金山を追う。
大人的に割り切って行動ができないあたり、俺も先生も自分が思うよりお人好しな性格だったのかもしれな――。
――ぺちゃ。
それにしても2階はやけに床に水気があるな。
水拭き、それにワックスを塗ったみたいにてらてらしてる。
とにかくあんまり気持ちのいい踏み応えじゃないし、変な匂いが――
「悲鳴はあそこの教室か? ちっ! やけに床が濡れてるが……。おいっ! 大丈夫か!」
「ぐえっぷ! ふぅ……。がぁ?」
勢いよく女性がいるであろう教室に踏み入った金山。
俺と先生もそれに続いたのだが……俺はすぐさま教室から出たくなり、入ったことを、金山を追ってきたことを後悔する。
『E+』
そこにいたコボルトに『似た』モンスターの頭上には今までのコボルトよりも上位だと一目でわかる英字が浮かんでいたのだ。
だらしないげっぷも巨体でたるんだ腹もその場に腰を下ろす態度も頭の王冠も……そのどれもが俺たちには大きな圧となって圧し掛かってくる。
このモンスター、間違いなく強い。
「あ……。か、金山、君? た、助けて! 先生たちも由佳理ちゃんたちもみんなみんなこいつに食べられて……。私、死にたくない!」
「がぁ……」
「は、ははは……。でけえから一瞬ビビったが……。安心しろ! こんなメタボ爺みたいな風体の奴に俺様が負けるはずねえだろ!」
太い右腕で女性の身体を抱きしめながら、だらしなく大きな舌を垂らすモンスター。
金山はそんなモンスターに怯むことなく、教室の椅子を振り上げて突っ込んでいく。
先生はそんな金山をいつでもサポートできるようにか、腰を低く落とし構えをとる。
格闘技でもしていたのかなかなか様になってはいるが……その荒い呼吸と額の汗が無理していることを物語る。
「離せよっ! その子をっ!」
思い切り振り下ろされた椅子。
それはモンスターを直撃、はせずその大きな舌で受け止められてしまう。
どうやらこいつはその舌を手のように操って戦うタイプのモンスターのようだ。
見た目は違うがポ●モンにこんな風にデカい舌で戦う奴とかいた気がするな。
「器用だな。だけどよ、思った通り鈍いな! その長い舌とっ捕まえて引っこ抜いてや――」
「直接触っちゃ駄目!」
「は?」
「がぁ……」
攻撃によって一瞬止まったその舌をそのまま金山が掴もうとすると、女性が声を荒げた。
それに反応して一歩引く金山。
モンスターはそんな動きを見せる金山が気に食わなかったのか低く唸りつつ、椅子を巻き込んで舌先をくるんと自分の下に戻す。
相手を苛つかせる判断動き、躊躇ない攻撃、これなら勝て――
――しゅぅ。
「あ、はは……。なんだよ、あれ?」
「溶解液? これじゃあ金山が近づけない」
「……。これがこのモンスターの『ハングリーコボルト』の特性、か。まったく、厄介なモンスターに当たったものだ」
氷が解けていくように無色透明な液体へと変わる椅子。
あの舌に触れた物質はこうして『食べやすい』ように溶かされていくってわけか。
『E+』っていう全体で見たらまだまだ高いランクじゃないはずのモンスターにしては特性が強すぎないか?
「がぁ……」
「いやぁっ!」
そんな舌で先生曰く『ハングリーコボルト』は女性の顔を舐めた。
直ぐには溶けない様子を見るに、人間にはそれに対する耐性が少なからずあるのだろう。
とはいえ女性の注意といい、濡れていた床といい……舐められ過ぎれば間違いなく溶かされる。
校舎にいた全員が溶かされた訳ではないと思うが、その大半はこれにやられたのだろう。
先生の仲間、サポーターが職員室に籠っている原因はこれに見つからないためか?
でもこいつの動き、そこまで早くはないはず……。
逃げ出す隙ならいくらでも――
「がぁ!」
「ん? こいつ、一体どうしたってんだ?」
「あっ……。また……」
唐突に俺たちから視線を外して廊下側を見て吠えた『ハングリーコボルト』。
するとすぐさま1匹のコボルトがやってきて、そして急いでその場を去った。
上位存在ということもあって『ハングリーコボルト』は通常のコボルトを指揮命令しているらしい。
「こいつ、鈴音で索敵して……仲間に人間を探させてるの」
濡れた床、それにはそういった意味もあったわけか。
ということは俺たちが万が一ここをスルーしていてもいつかは他のコボルトたち、場合によってはこいつ自体が出向いていたか。
なるほど、これじゃあ簡単に動けないな。
「へぇ。この校舎はもうこいつの腹の中、みたいな感じってか? なら尚更こいつを倒さねえとな!」
今度は椅子を持たず、素早いフットワークを生かして攻撃を仕掛ける金山。
喧嘩慣れしているのか、その動きはさまになっている。
しかも1回舐められたくらいじゃ致命傷にならない、という事実と舌の動きの遅さという2つが金山の戦闘意欲を高めているのか、中々にいい顔つきになっている。
金山の思いもよらぬ圧に『ハングリーコボルト』は若干うろたえ、それを見逃すことなく一歩踏み込む金山。
「うらあああああああああああああああああああああああっ!」
「があ!?」
拳を振り上げて大きく振り回される舌を避けた金山。
これは、これなら攻撃が当たる!
そう思った瞬間だった。
――シュル。
『ハングリーコボルト』の舌がさらに伸び、舌先は旋回。
しかも金山の背後に回ったその舌先は今までよりも素早く動き……。
「くああああああああああっ!」
「金山君!」
「金山!」
金山の身体に巻き付いて締め上げた。
一瞬、女性と俺の声が重なり絶望の2文字が浮かび上がった、のだが。
「――ナイスだ、金山。1回。ほんの少しだけ、残りっカスの強化スキルだが……」
いつの間にか動き出していた先生は、捕まった金山を踏み台に飛び上がるとその踵を強化。
「喰らえっ!」
渾身の一撃を『ハングリーコボルト』の脳天に命中させた。
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