レベル付与の適合者たち~レベル・ランクという脅威が生まれた世界でイジメられていた底辺高校生がスキル《時間操作》に目覚めて英雄と呼ばれるまでのお話~

ある中管理職@会心威力【書籍化感謝】

第1話 レベル付与を行いますか?

「――うぐっ!」

「これは制裁だ! お前が約束通り金を用意できなかったから、当然の罰だ!」


 体育館裏。

 こうして制裁を受けるのはもう何回目になるだろう。


 病気がちな母さんを心配させないためにバイトして金を用意して……こいつ、金山が学校にいると分かってても毎日登校。


 俺がいじめられていることは誰もが知っている。

 だけど誰も助けてくれない。


 俺に関われば面倒ごとが増えるだけだって知っているから。


 その証拠に――


「今日も、か……。ほんと元気だね、学生は」


 いつも同じ時間に煙草を吸いに来る1人の女性教師。

 いじめの現場に気づきながら決して俺や金山とは目を合わさず1本吸い終わるころに何食わぬ顔で消えていく。


 この世界は狂ってる。

 俺に都合の悪いことしか起きないようになっている。


 父さんが死んで、妹が死んで、引きこもるのも許してもらえなくて……。


 それどころかひっそり教室の隅で無難に3年を過ごす。それさえさせてもらえなくて……。


 金山が悪い、というよりこの世界が悪い気がしてならない。


 痛いのも辛いのも全部全部……この世界ごと滅べばいいのに。


……。なんて、こんな風に考えるようになったのはいつ頃だったっけ?


 卑屈な自分になったのっていつからだっけ?昔の俺はこんなじゃなかった……。あれ? こんなじゃなかったよな――


「――ちょっとあなた! 何やってるの!」

「あぁ?」

「い、委員長?」

「大丈夫……じゃないわね。小路君、なんでこうなってること教えてくれないのよ」


 お節介な委員長。

 確か名前は長谷川さん、だったと思う。


 どうせ正義面してるだけの偽善者だと思ってたけど……いるんだな、こういう人も。

 でも……。


「いいから」

「え? 何言ってるの! こんなにボロボロになるまで殴られて……」

「いいから俺に構うな! いいんだよ! これで! あんたみたいな人まで、こっちに来る必要ないんだよ! う、うせろよ! 目障りなんだよ!」

「……。あははははははははははははは! よくわかってるじゃねえか! そういうことだ! ただ……その無駄に肉月のいい身体を弄ばれたいってことなら俺は受け入れてやってもいいけどな」

「あなた……。今先生を――」

「委員長の元カレは確か……今中、だったか? あいつ、相当変態だったからな。委員長のふしだらな写真の1枚くらいは当然持ってるはずだな」

「……」


 真顔で黙ってしまう委員長。

 

 ほら、俺に関わるとろくなことがない。

 母さんも、父さんも妹の彩佳も、近所の幼馴染さえ……。


「あっはっはっはっはっはっはっはっは! 気の強い女がそんな顔する瞬間はいつ見てもたまらないな! 決めたぞ! お前は俺の――」


『――参加者全員に告ぐ。瘴気は満ちた。これで【触媒】さえあれば完全なものとなることができる。我々は人間の生み出した兵器を遙かに凌ぐその力でこの世を牛耳るのだ。ともあれまずは【触媒】を見つけ、不要な人間やモンスター共を殺し、食い、レベルを上げ……時には同胞を蹴落とし新世界の王として君臨することも面白いだろう。……これにて我の務めは終わった。今度こそ魔族の繁栄を、理想郷を……』


 瘴気、魔族、世界征服宣言。


 あり得ない言葉の数々をアナウンスは平然と言ってのけ、そしてそれは俺の脳に直接届く。

 信じられないが、何もしていないのに高級なイヤホンを付けているのかと一瞬錯覚してしまったことがご丁寧に裏付けになってくれる。


 高鳴る鼓動、荒れる息。

 驚きと共に俺の心は高揚していく。


「喜んでるのか、俺? はは。まったく最悪な人間だよ、俺ってやつは」

「ふふふ……」


 最悪の状況。

 普通なら絶望の瞬間のはずなのに、委員長は俺よりも嬉しそうに、そして不敵に笑い始めた。


 あのアナウンスを聞いてしまったからなのか、それともこれから金山によって自分に起きる出来事を想像して壊れてしまったのか……。


「お前、なに笑ってやがる」

「ん? あらごめんなさい。思ってたよりも『早かったから』つい、ね」

「あ? 何言ってんだお前? まぁいいや。とにかくそうと決まれば早速連絡を――」


 ドサッ。


 アナウンスは聞こえなかったのか、そ金山それに言及することなく不思議そうな顔を見せた後ポケットからスマホを取り出そうとした。


 その瞬間だった。


「あ、で?」

「え? あ……。うわあああああああああああああああああああああ!」


 金山の頭は宙を舞い、そして落ちた。


 噴き出す血に染められる地面。


 俺は人の頭が身体から離れた瞬間を始めて目撃、恐怖からか驚きからか、いつの間にか叫び声を上げていた。


「あははははははははははは! やっと……。やっと戻った! この姿が! あんたみたいなクズがこの私を脅そうなんて100年、いいえ、1000年早いのよ!」。


 高笑いする様子も、その荒々しい口調も、俺の知っている委員長のものとは思えないものに……それに、いつの間にかその姿は委員長、それどころか人と呼べるものではなくなっていた。


 爬虫類特有の黒く細い瞳孔、そしてカラコンでは不可能なレベルの真っ赤な角膜。


 口に収まりきらない牙、極めつけは……金山の首を刎ねた長く鋭い爪。


「委員長……。もしかして人、じゃないのか?」

「ん? あははは! ええそうよ! 私は誇り高き魔族! それより見てよ! 小路君! こいつ情けない顔で死んでるわ! もしかして死んだってことにも気付いてないのかもね! あはははは! あー爽快。爽快だね、小路君!」


 いつもの真面目な様子ではなく、あどけなさを見せながら俺に同意を求める委員長。


 確かに金山は嫌な奴だったし、あのアナウンスに高揚もした。


 でも流石に人の死を目の当たりにして首を縦に振ることはなかなかできない。


「どうしたの? こういうときくらいは思い切り笑えばいいのに」

「え? あの、その……」

「……。私ね、実は小路君のことずっと気にしてたんだ。だってね、その負のオーラは異常、普通じゃないから。ふふふ、瘴気はそういう人間を好み、奥深くまで入り込み、住み着き、膨れてね。私たちのレベル、スキルの根元……魔力となるのよ!」


 気持ちを沈み込ませていると、どろっとしたなにかが胸の内で広がり、溢れでる感覚が襲った。


 痛みはなかったが、一瞬焦燥感や不安感、そんなものが急速に積もり汗が吹き出た。


「これ、は?」


 気持ちが少し落ち着くと、身体からは黒く揺らめくなにかが流れ出ていた。

 

 もしかしてこれが委員長の言う……魔力?


 アニメとか漫画とか、俺が知ってるそれとは全然違う、違いすぎる。

 なんだよ、この禍々しさは。


「あはは! 凄い! 予想以上だよ! 小路君! これはあなたの『才能』よ! 元々人間は瘴気に適応するために魔力を生成、保管できるように進化してきた生き物……でもまさかここまでのものを練り、しかも顕現させるだなんて! うふふふ。『触媒』になる資格を持つ人間って少ないのに、私ってばラッキー! ……ねぇ小路君? その魔力、魔力の器である小路君を『触媒』にさせてくれないかしら? それで私は再び……レベルという概念を身に付けてね……そうだ!『触媒』になってくれたら小路君の嫌いな人全員殺してあげる。どう? 悪くないでしょ?」


 委員長は俺に顔を近づけて交渉を求めてきた。


 理由はなんとなく分かったが、この『触媒』というものになることで委員長は力を得られるが、俺はどうなる。


 あくまで『触媒』でしかないから魔力を吸われたり、生命力を奪われるということはないのだろうけど、それでもこれを受け入れるのはあまりにリスキー。


 そもそも俺は自分、それ以上に周りの人が不幸な目に遇うのが気に食わないだけで、別に人を殺したいなんて……。


「人殺しに興味はなしか……。でもでも、力は全ての理不尽を捩じ伏せられる。いじめも、詐欺も、事故や病気でさえ、私と『一緒』になれば怖くない。私は魔族の中でも特別なの」

「そんなの、信じられない」

「小路君のお母さん、ご病気なんでしょ?証拠としてそれ、治してあげるわ」

「なんでそのこと……」

「『触媒』になれる人間を事前にリサーチしてたから。学校っていう組織も委員長って立場もこの上なく便利だったわ。先生たちって私が愛想よく振る舞うだけでボロボロ情報くれるの。まぁ一部例外? 変なのもいたけど」

「……。本当に、母さんの身体を良くしてあげられるのか?」

「勿論。多分精神的にまいってるんだと思うけど、それも私のスキルがあれば問題なしよ。あ、当然『触媒』になるからって死んだりしないわ」


 屈託のない笑顔での誘い。


 そんな笑顔と甘い言葉に釣られた俺の口は、とっくにその紐をほどいていた。


「……。『触媒』になる。いや、させてくれ」

「……。あは、あははは! そうそう、そういうもの分かりがいい人の方が素敵よ、小路君。さ、目を瞑って。私に身を委ねて」


 俺の目元を優しく隠す委員長。

 微かに温かみを感じるその手に促された俺は言葉通り目を瞑る。


 一緒に……もしかして契約のためのキス、とかされるのか?

 

 そういうパターンって割と定番だからあり得なくはないけど……流石に照れ――



 ――バキ。



「くっぁああああぁあああぁあああああああああああああああああああ!」


 突然、受け入れる体勢になっていた俺の鼓膜が委員長の絶叫で揺れた。


 何事かと思った俺はその目を開き、そのまま見開く。


「先、生?」

「『触媒』になるってのはね、こいつの腹の中に閉じ込められるってこと。当然出れないし、意識もなくなる。ただただ魔力を生み出して魔族どもの力を引き出す言葉通り『触媒』としてだけの存在になる。何を言われたか分からないけど、あんた危なかったんだよ」


 いたのはさっき俺を無視した女性の先生。


 地面に倒れのたうち回る委員長の牙が折れているのは……先生がやったんだよな?


「くっ! 人間が! 人間如きが! この私の牙を! 牙をおおおおぉぉぉおおぉぉぉおお! 殺す。殺してやる!」

「それが本性かい? 優等生のいい子だったのに……残念だよ」


 牙を折られて激昂する委員長は目を血走らせながら一歩踏み込んだ。


 すると先生との間合いは一気に詰り、鋭く長い爪が首を落とそうとする。


「危な――」

「スキル『部分硬化』」

「なっ! スキルだと!? なんで人間が!」


 金山同様頭が吹き飛ぶかと思いきや、委員長のその鋭い爪は肉を抉るどころか折れて曲がっていた。


 それを見た委員長は大きく後退。


 先生はといえば、その首を黒く変色させ、薄ら笑いながら口を開く。


「単純なことだよ。私はね、あんたら魔族と同じでレベルという概念を持っている。いや、正確には『影響を受けている』って言った方がいいな。ま、私みたいなギリギリ『触媒』になれる程度じゃ、それも限界はあるけど」

「レベルを持っている? ふざけるな! 人間が私と同じなんてありえない! 私たちの道具でしかないお前らが! くそっ! 小路! 早くこっちに来い!」


 焦る俺を呼ぶ委員長。

 もう『君』はついていない。

 さらに人間を馬鹿にするような言い草、道具という言葉、それが俺の脚を止めた。


「へぇ。こんな状況だってのに、案外冷静に判断ができるじゃないか」

「小路! お前裏切るのか! 母親はどうする! 『触媒』になれば助けてやるんだぞ! 私のスキルで!」

「それは……」

「回復スキル? 私の知る限りそんなもの存在しないはずだけど。似たようなものできるとすれば魔族の特性で、自分の発する瘴気で病気にした人の病状を変化させること、くらいじゃないか」

「貴様……そんなことまで知って――」

「委員長。その反応は……図星、なんだな?」

「あっ……。ち、違う! 今のは違くて! この人間のいうことは全部嘘で! その、あの、えっと……。……。……。いーや。もう面倒。あーあ折角苦労して準備したのに。はぁ、仕方ないかぁ。これじゃあ『触媒』として体内に取り込めないもんね」


 委員長は必死な形相から一変、諦めその瞳に影を落とした。


 信じたくないが委員長は俺を『触媒』にするために母さんを病気に、その体調をコントロールしていた。


 もしかすると、俺以外の『触媒』になれる可能性の人間も同様に……。


 それにそんなことができるのであれば委員長かどうかは分からないが、今までの俺の不幸は、俺の周りの不幸だって魔族が影響している可能性も……。


「でも……その身体は食べさせてもらうわ。そうすれば先生、そこの女くらいはどうにかできるで、しょ!」

「させない!」


 再び一歩踏み込んだ委員長。


 俺にはその姿が消えたように見えるが、先生にははっきりと移動している様子が見えているようで移動ルートだろう場所に立ち塞がり、その手に握っていたライターの蓋を開いた。


「私が『受けることができた影響』の主は『強化』の魔族。そして取得できた強化スキルにはライターの火でさえ武器にするものもある。スキル『硬化:形状【剣】』」


 スキル名を呟いた先生。

 

 するとライターの火は長く伸び、不思議とその揺らめきを止めた。

 

 その火はまるで……1本の剣のように。


「く、ああああああぁぁぁぁあぁぁぁ!」

「委員長なのにお馬鹿だね。また私に切られるなんて」


 それを避けようとしたのか、委員長はスピードを緩め、俺でも残像が見える程度になった。


 しかし避けようとする委員長の動きに合わせて先生はその火の剣を振り、今度はその左腕を切り落とした。


 噴き出す血。

 いくら魔族と言えど、このダメージではもう――


「これで……ちょっと軽くなった、わね」

「なに? こいつ、止まらない!? それどころか……。くそ! 逃げろ、小路和刻!(こうじかずとき)」


 緩まったと思ったその移動速度は再び上昇。

 大きく開いた委員長の口はあっという間に俺の目の前に迫った。


 動きがスローに見える。これ、死ぬ間際のやつだ。

 それに俺の中の魔力が危機を感じて逃げ出そうとしてるのか、腹の中を暴れてる。


 ……はは。にしてもいつまでも思考できるや。

 といっても今更何を考えても無駄だよな。はは。


 ――かちっ。


 ……ん? 何か聞こえる。 なんだあれ? 先生の上着のポケット、光って――


『伝達可能確認終了。適合魔力、適合者として認識完了。適合者に告ぐ、レベルの付与を行いますか?』

「……はい」


 死に際の俺の脳に流れる女性のアナウンス。


 俺はそんなアナウンスにできるだけ早く、食われてしまう前に言い終われるよう、ただ一言呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る