第6話 証言者松岡

 その日の捜査会議はそこで終わったが、この事件がニュースとなり、新聞やテレビで報道されるようになると、さっそく、証言が飛び出してきたのだ。それは、捜査の段階で捜査員がもたらした情報ではなく、一人の若者が、わざわざK警察署に訪問してきたことによって分かったことだった。

 その若者というのは、他ならない、

「クーパーイーツ」

 の配達員である、松岡君だったのだ。

 彼は、食事をするのに入った料理屋でニュースを見て、

「A市にあります、プラザコートの一室にて、昨夜の夕方、一人の男性の死体が発見されました。被害者は、このマンションの元住民、山岸隆文さんと判明。警察は殺人事件として、捜査を続けています」

 ということであった。

「プラザコートといえば、俺も夕方に配達に行ったじゃないか。しかも、住民は留守だったし」

 ということで、何か気持ち悪いものを感じ、警察に話に来たのだ。

「もし黙っていて、後で何か自分とのかかわりが見つかったなどと言って警察がくれば、警察のことだから、どうせ、自分を犯人として疑うに決まっているんだ

 と松岡君は感じた。

 それなら、先手を打って、自分から話に行った方が印象もいいし、何か事件解決に自分の証言が役に立つかも知れないと思うと、

「今行くと行かないとで、天と地ほどの差があるではないか」

 と考えたのだ。

 そもそも、彼は警察組織というものを信頼もしていないし、毛嫌いしている、子供の頃からテレビが好きだったこともあり、よく刑事ドラマなどを見ていると、真面目な熱血漢の刑事が、キャリア組の管理官や警視正などに目を付けられ、うまく捜査できなかったり、所轄のいわゆる、

「縄張り争い」

 という低俗な、まるで、子供の喧嘩のような無様な姿を見ていると、

「警察なんて、まるで子供だ」

 と感じたほどだった。

 それに、松岡君は、中学時代から少しグレテいた。何度か、警察で補導された経験もあった。

 最初の頃は少年課もまだ優しかったが、刑事に顔を覚えられるようになると、態度が一変、最初は子ども扱いだったが、次第に、大人並みの扱いを受ける。

 罵声を浴びせられることもしょっちゅうで、泣き脅しも通用しない。

「お前らはどうせ、更生なんかしないんだろう」

 と言われ、

「いずれ少年院にぶち込んでやる」

 と息巻いていた刑事もいたくらいだ。

 このままいけば、反社会組織に入るか、どこかの組員まっしぐらというところであったが、定年間近の刑事に出会ったおかげで、今は改心し、真面目に働いていた。

 その刑事というのは、かつての桜井刑事の上司で、ある事件を追っていた時、松岡君が、犯人連中の手助けを、何も知らずにやっていたのだ。

 事件が解決して犯人は逮捕。操られていた少年たちは解放されることになったが、その中に、当時高校一年生だった松岡がいたのだ。

 少年課の刑事は、

「やっぱりお前はロクな大人になんかなれやしないんだ」

 と言われ、蔑まれたが、その老年刑事は、

「そんなこというもんじゃない。彼は俺たち警察に協力してくれたんだ」

 と言って、その刑事を諭してくれた。

 実際には警察に協力などしたわけではなかったが、その刑事は、

「君の中で、正義感というのを感じたんだよ。君は何かおかしいと思って行動していたんだろう? その気持ちに我々は気づいて、彼らの検挙に繋がったんだ。君のこれからについては、私も全面的に協力しよう」

 と言って、少年課の刑事と連携し、いろいろ世話を焼いてくれた。

 ちなみに、例の目の敵にしていた極悪な刑事は、やくざとの癒着が露呈して、懲戒免職を食らい、さらに警察に逮捕され、今は服役していた。

 少年たちにきつく当たっていたのは、暴力団との癒着をごまかすためと、いずれ、更生できない少年たちを、やくざの世界に引きずり込むという役目を持っていたからだった。

 もちろん、松岡君はそんなことは知らないが、それを知っているのは、警察でもごく一部の人たちだけだった。

「あんなひどいやつが警察官だったなんて。しかも少年課。そんな警察の汚点を、世間が知ったら、警察の威信はがた落ちになってしまう」

 と上層部は言っていた。

 松岡君は、それでも、何とか立ち直りはしたが、あの時のクズ刑事のトラウマから、いくら老年刑事に優しくしてもらったからと言って、警察自体をなかなか信用できるものではなかった。

 警察に出頭してきた松岡君を見て、桜井警部補は、

「あれ? 松岡君じゃないか?」

 と、言って懐かしんだが、例の松岡君が知らず知らずに手助けさせられていたという事件、老年刑事と一緒に捜査していたのが、桜井警部補だったのだ。

 松岡君も覚えていて、

「これは、桜井刑事さんではありませんか、こちらの署に転属されたんですか?」

 と、懐かしそうに話しかける。

「ああ、昨年、警部補になったので、それを機にこちらに転属ということになったんだよ」

「それはおめでとうございます」

 と、お互いに、懐かしさを爆発させていた。

 特に、松岡君の方としては、不安があった警察に出頭してきたところに、以前お世話になった刑事、いや、今は警部補か。その人がいるということで、ホッと一安心という感じであった。

「ところでどうしたんだい? 君が警察に来るなんて」

 と、桜井警部補は聞いた。

「実は、昨日のニュースで見たんですが、プラザコートで殺人事件があったということなんですが、今自分、クーパーイーツで配達員をしているんですけどね。ちょうど事件があったと言われている時間くらいに、僕もあのマンションに配達に行ったんですよ」

 というではないか?

「えっ、じゃあ、あのマンションに事件当時いたということ?」

 と聞かれて、

「ええ、僕は508号室に配達に行ったのですが、ちょうど、お客さんは留守だったので、表に保温ケースに入れて置いておいたんですが」

 ということを聞いた桜井警部補はびっくりした。

 それでも、冷静さを維持したまま、

「ほう、君はあの時間、508号室に配達に行ったんだね? その時に何か、物音か何か聞かなかったかい?」

 と、桜井警部補が聞くので、

「はい、それが物音というかですね。猫の声が聞こえたんです。何か少し変だったんですが、誰かに追いかけられているのか、キャインキャインという声が聞こえたんですよ。もし中に誰かがいるのであれば、呼び鈴は聞こえるはずですからね」

 と松岡君は言った。

「それもそうだね。それに、注文しておいて、出てこないというのも、失礼な話だ。そういう留守だった場合はどうするんだい?」

 と桜井警部補に聞かれた松岡君は、

「はい、そういう時のために、一応保温バッグに入れて、玄関先に置いておくんです。ひょっとすると、注文したもの以外で飲み物がなかったことに気づいたお客さんとか、配達の間に、コンビニにドリンクを買いに行ったりするお客さんもいるので、僕たちも、2、3回はベルを鳴らすんですが、すぐに諦めて、そのまま置いてきます」

「すぐに諦めるというわりには、2,3回ベルを押すんだね?」

「ええ、保温バッグを置いてくることになりますからね。今度わざわざ、これだけのためにまた取りにこないといけないし、それにお客さんが皆、保温バックを返してくれるという保証はないですからね。留守宅に置いてくるということは、そういうリスクも伴うことになるんですよ」

 という松岡君の顔を見て、

「彼も成長したんだな」

 という気持ちになり、胸に熱いものがこみあげてくるのを感じた。

「なるほど、それは大変だね。保温バッグというのは、クーパーイーツから支給されるのかい?」

「ええ、ただし、最初だけですけどね。いくつかは支給されるんですが、数に限りがあるので、もしなくなったら、自分で購入です」

「どうやって?」

「クーパーイーツの製品は、皆会社のロゴが入っていますので、特注なんです。だから、ネットで、クーパーイーツのサイトに入って、そこで注文するという形です。もちろん、自腹ですね。でも、そうでもしないと、配達員ができずに、給料自体が入りませんからね。正直、僕らは、クーパーイーツの言いなり、半分、奴隷のようなものですよ」

 と言って、手を横に広げ、持ち上げる形で、

「やれやれ」

 と表現したのだった。

「なるほど、それで結局君は、猫の声を何か怪しいとは思ったけど、他の配達もあったので、その場を離れたということかな?」

 と言われて、

「まあ、そんなところですね」

 と、お茶を濁したのは、本当は他の配達が入っているわけではなかったからだ。

 お世話になった桜井警部補に、しょうがないとはいえ、ウソをつくのは忍びない。しかし、桜井警部補が知りたいのはそんなことではないというのが分かっているので、それ以上のニュアンスを感じさせるようなことはしなかった。

「それにしても、猫がうるさかったというのは、妙だね? まるで誰かがいるような雰囲気だったんだろう?」

「ええ、そうですね。あのマンションは、ペット可なので、ペットがいるのは何となく分かっていたんですが、猫が飼い主のいない時に変な鳴き方をするというのもおかしな気がします。誰かに叩かれているような声だったからですね」

 と松岡君がいうと、桜井警部補は少し考え込んでしまった。

「山崎君を読んできてくれるかな?」

 と一人の刑事にいうと、少しして山崎刑事が駆けつけてきた。

「桜井警部補。何でしょうか?」

 と、桜井刑事を見ながら、隣に座っている、松岡君を横目に見た。

「君は、確か、グラスコートを調べていたと思うんだけど、508号室は、ペットを飼っていたかね?」

「ええ、猫を飼っているようです」

「今はどうしてる?」

「飼い主がいなくなったので、とりあえず、管理人さんに預けています」

「そういえば、あの部屋の住人がいなくなったのはいつからなんだい?」

 と桜井刑事が聞くと、

「えっ、いなくなったんですか?」

 と、松岡君が今度はビックリして訊ねた。

「ああ、そうだよ。君が配達に行った時には、誰もいなかったんだよね?」

「ええ、そうです。何度も呼び鈴を押しましたからね。それでも出てきませんでした」

 というと、

「ということは、君は注文を受けた時に、相手の声を聞いているわけではないんだね?」

「ええ、そうです。そもそもクーパーイーツというのはネット注文で、注文するサイトに入って、そこからメニューを選んで注文する形なんです。会員制ですから、住所なども最初から登録されているので、僕たちは、それを誘導数形で本部から、ネットで指示がくるんです。だから、その通りに行動するだけです」

「じゃあ、お客さんと接する機会は、配達に行った時だけなんだね?」

「ええ、そういうことになります。だから、僕は今回。この人とは会っていないんですよ」

 というと、

「今までに配達に行ったという覚えは?」

「ありません。たぶん僕にとっては、初めてのお客さんだと思います」

「なるほど、だったら、あの部屋の住人が行方不明になったのは、注文をした後とは限らないわけだ。まったく面識もなく、声も聴かずに注文ができるのであれば、誰かが注文しておいて、それで配達させるということもできるわけだからね。まあ、もっとも、注文も電話だとしても、声だけでは、本当に本人かどうか分からないでしょうからね。それに電話だって、公衆電話からすればいい」

「そうですね。ネットからでも、パスワードさえ知っていればいくらでもできますからね。そういう意味で、もし、本人が注文したのではないとすれば、よほど親しい人だったのかも知れないですね」

「どうしてなんだい?」

 だって、注文するには、下手に他の人が嫌がらせなどで注文できないように、会員番号だけではなく、パスワードが必要なんですよ。普通だったら、教えたりはしないけど、同棲している彼氏だったり、家族だったりなら、教えることもあるでしょうね。そういう意味で、簡単に本人がパスワードを教えるだけの親しい間柄ということになるんじゃないでしょうか?」

 と、松岡君は言った。

「なるほど、私などは、あまりそういうシステムを使うことはないので、本当に疎いんだが、松岡君に教えてもらえると心強いよ。後、もし他に思い出したことや気づいたことがあれば教えてくれると嬉しいな」

 と、桜井警部補は、わざわざ嫌いな警察を訪ねてきてくれた松岡君に、敬意を表していた。

 松岡君は、そこでしばらく桜井警部補と昔話をしていたが、その間に、山崎刑事は、今の情報をもとに、裏取りと、もう一度、今度は証言を踏まえた状態で、捜査をしてみることにしたのだ。

 松岡君の話を聞いている限り、508号室の住人は、クーパーイーツに注文をして、配達させたが、部屋には誰もいなかった。そしてその時に、猫の少し異常な声が聞こえたという。

 そして、留守だったので、松岡君は保温バックを表に置いて、そのまま帰ったという。その時はまだ、状況として、こんなことになっているなど思ってもいなかったので、そのままマンションを出たということであろう。

 時間的には、そのあと、30分くらいの間に、救急車が到着したということになる。その時は日も暮れていて、救急隊員が急いで部屋に入ると、そこには、もう絶命した被害者がいたので、

「警察に連絡を入れてください」

 ということで、110番からの、警察がやってくるということだったようだ。

 それにしても、殺害された人が前に住んでいた部屋の今の住人が、行方不明になっていて、その行方不明になったのがいつからなのか分からないが、偶然なのか、ほぼ同じくらいの時間に、デリバリーを頼んでいる。

 しかも、いつもこのあたりを回る配送員としては、初めての注文だったという。

「これは、本当にただの偶然なのだろうか?」

 と。山崎刑事は考えていた。

 とにかく、一刻も早く行方不明の、川崎明美を探す必要がある。それは、先ほどの松岡君の証言が物語っているということではないか。

 山崎刑事は、まず、もう一度管理人に話を聞いてみるしかないと思った。マンション全体のことを分かっていて、一番今事件に関わりのある人の一人だからである。

 さっそく、山崎刑事は、管理人の杉本のところに行き、松岡君の証言を話した。

「なるほど、クーパーを雇っていたんですね?」

「ええ、そうなんです。何か気になることありますか?」

 と聞かれた管理人が一言言ったのが、

「このマンションは、このあたりの土地の特徴で、法地になっているのはご存じですか?」

「というと?」

「法地というのは、ここの川の土手や、山の麓や裾野に見られるマンションなどの建て方に特徴があるんですが、要するに斜めになった土地に建っているということなんですね」

「ええ」

 と、山崎刑事は、管理人が何をいいたいのか、正直よく分からないと思いながら聴いていた。

「つまり、このマンションの場合は、私がいるロビー階が、いわゆる正面玄関なんですが、ここが一階ではないんです。ここは、3階部分になるんですよ。だから、実際の住居は四回部分から、最上階の8階までで、正味、1階部分がロビー階として考えると、6階建てのマンションと変わらない構造なんです」

 と管理人は説明した。

「じゃあ、1階と2階部分は何になるんですか・」

 と山崎刑事が聞くと、

「1階部分は、主に車の駐車場になります。そして2階部分は、ボイラー室と、ちょっとした集会場のようなところと、自転車や自動二輪の駐車場になりますね」

「集会場というと?」

「公民館のようなもので、このマンションが一つの区のようなものになっているので、公民館が満室な時などは、たまにここで、区の集会が行われることがあるんです。地下室のようで、あまり雰囲気はよくないので、最近はほとんど使用していませんけどね」

 と、管理員は説明した。

「じゃあ、このマンションの一階部分は表から入れるんですか?」

 と山崎刑事が聞くと、

「ええ、土手と反対側の部分から、入れます。ただ、こちらは、土手側の正面玄関を3階とし、ロビー階にしたものですから、1階部分というのは、正直、平地よりも少し低い位置にあって、少し穴を掘った形に作られています。そこも一つのこのマンションの特徴ですね」

「よく分かりにくい建物なんですね?」

「1階部分が、少し低い位置にあるので、あちらはそんなに目立ちません。駐車場も軽いスロープになったところを降りていくので、まるで、地下駐車場を思わせますし、通路に入るにも、表からだと、少し短いですが階段になっているので、見つけにくくなっていますね。一般家庭の勝手口よりも見つけにくいという感じでしょうか?」

 という管理人に、

「じゃあ、階上に上がるには、どうすればいいんですか? この間事件の時に使ったエレベーターは、ロビー階が一番下だったようですが」

 と山崎刑事は聞いた。

「ええ、その通りです。気温的には非常階段だけしか一般の方は使えませんね。でも、集会場の奥が倉庫になっているので、そこに搬入するために、1階から3階まで、業者が使用する、荷物専用のエレベーターが存在します」

「じゃあ、業者と管理人さんしか使用しないのですね?」

「そういうことになります」

「管理人に黙って、そこを使用するというようなことは?」

「それはできないようになっています。普段は、移動できないようになっているんですよ。私がロックを解除しない限り、エレベーターは扉すら開きません」

「なるほど、そういうことだったんですね。少し分かってきた気がします。ところで、このマンションには、防犯カメラはどれだけついていますか?」

 と聞かれた管理人は、

「そうですね。各階のエレベータの前と、ロビー階のロビー部分を映した映像ですね。基本的にはそれくらいでしょうか?」

「じゃあ、非常階段などは?」

「非常階段には防犯カメラはありません。基本的に。表からは開けられないようになっていて。住民が表に出る時くらいしか使いませんからね。もっとも、階下に近いところで、配達員などが、ロビーを通らずに出ようとして、非常階段を使う業者もいるにはいるようですね」

「でも、カギを開けて出ていくのだから、カギが開いたままでは?」

「いいえ、非常階段だけは、自動ロックになっているんですよ。基本的に自動ロックがかかっても、問題ありませんからね。でも、マンションのお部屋は自動ロックにしてしまうと、カギを持たずに出かけてしまった時に、カギを閉じ込めてしまうことになるので、そのリスクを考えれば、表から施錠するのが一番いいと考えていたんですよ。でも、それも昔から言われていることとして、カギをかけ忘れた時の、泥棒のリスクを考えれば、それも怖いかも知れないという話もあって、今は結構賛否両論というところですね。この問題はうちだけではなく、他のマンションでもありえることなのかも知れないと思っているんですよ。防犯と便利性というジレンマのようなものですね」

 と管理人はいうのだった。

「なるほど、それじゃあ、非常階段は一度表に出てしまうと、もう一度階段に戻ることはできないということですね?」

「ええ、ただし、それはあくまでも、ロビー階から上の話です。1階と2階部分の非常階段は、ロビー階まで進むための唯一の通路になりますからね。ここでは、カギはついていますが、オートロックでもなければ、施錠することもない。いつでも開放している状態です」

「ということは、住宅部分のメインの移動手段はエレベータであり、非常階段は、あくまでも補助のような状態で、逆にロビー階から下は、荷物専用のエレベータはあるけど、あくまでも移動手段は、開放式の非常階段になるというわけですね?」

「そういうことになります」

「分かりました。じゃあ、お願いがあるんですが、捜査のために、こちらの防犯カメラの映像をお借りすることはできますか?」

 と山崎刑事は言って、

「ええ、いいですよ。その時の映像は残っているはずです。基本的に、10日間を周期に録画していて、10日すぎると、また頭からの録画ということになっているので、数日前なら残っているんですよ」

 と管理人がいうので、

「ありがとうございます。早速警察の方で、見させてもらいます」

「お願いします。もし、「また何かあれば、こちらからもお話させていただきますね」

 と言って、管理人は映像を渡してくれた。

 ところで、このマンションは、今、708号室の殺害現場はもちろんのこと、被害者が元住んでいた部屋にいた508号室も立ち入り禁止になっている。仰々しい雰囲気に包まれたマンションは、どこか緊張から冷たさだけが感じられるので、管理人からすれば、早く警察が事件を解決してくれることを願うばかりだろう。

 だからこそ、管理人も、警察への協力は惜しまないようにしようと思っている。

 山崎刑事が、捜査資料を預かって、署に戻ると、桜井警部補が待ち受けていた。

「やあ、ご苦労さん。何か分かったかい?」

 と聞かれた山崎刑事は、先ほど聞きこんできた法地に関しての話題を再位警部補に話した。

「なるほど、あそこは法地構造になっているのは分かっていたけど、実際に移動手段などの詳しいことや、ロビー階から下に関してはあまり意識をしていなかっただけに、それを調べてきてくれたのは実にありがたいことだと思う」

 と言って、山崎刑事をねぎらっていた。

 そんな話をしている時、桜井刑事に電話が入っていると連絡があり、電話に出てみると、その声には聞き覚えがあった。

「僕、松岡です。先ほどは失礼しました」

 と、すっかり大人になった挨拶をする松岡に桜井刑事は思わずほほえましい気分になったが、わざわざ嫌いな警察に電話をしてきてくれるということは、何かを思い出したということかと思った桜井警部補は、すっと気持ちを引き締めていた。

「どうしたんだい? 何かを思い出したのかな・」

 と、やわらかく聞くと、

「ええ、どうでもいいことなのかも知れないんですが、ちょっと気になることがあったんです」

「というのは?」

「はい、あの日私は5階に配達するのに、エレベータを使って、ロビー階から5階まで来て、留守だったので、少しの間、確認のために、そこにとどまっていたんですが、モノの1分くらいだったと思うんですよ。それで不在だと判断したことで、私はすぐにエレベーターまで戻って、下行きのボタンを押したんですが、ちょうどその時、エレベーターが8階にいたんですよね?」

 と松岡君がいうではないか。

「何がいいたいのかな?」

「僕がそのエレベータで、1分前に5階に来たわけですよ。それが8階まで行っているということは、誰かが、エレベータに乗って8階まで行ったのか、それとも、8階で誰かがエレベータを呼んだのか? ということですよね? でも、8階から降りてきたエレベーターには誰も乗っていなかった。普通に考えれば、8階まで誰かが行ったということですよね? 僕が5階に降りてからのことだから、ロビーに一度降りるだけの時間はないし。ましてや、もう一基がロビー階にいるわけだから、考えられるのは、6階か7階の人が乗り込んで、8階で降りたということではないかと思うんです。そして、僕が5階で時間を費やしているちょうどその頃に、7階で殺人事件があったんですよね? 何か関係があるのではないかと思ったんですが、どうでしょうか?」

 と松岡君がいうのを聞いて、思わず、

「うむ」

 と唸ってしまった桜井警部補であった。

 この間まで、手が付けられないとまで言われた不良少年の松岡君が、実はここまで鋭い感覚を持っているということに感心したのだ。

「これはもう、感覚というよりも、感性なのかも知れないな」

 と思ったほどだった。

 それを思うと、嬉しさを隠せない桜井警部補であった。

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