第8話 交渉

 騎士団の人らに連れられ、俺はルクリシア領の中心、ルクリシア男爵家がある町ナテアへとやってきた。そしてそこで俺は領主様と対面したのだが、何と相手は俺とそう歳が変わらないであろう見た目の若い女の子だった。そのことに戸惑いながらも、領主様と話始め、俺の力についての説明をした。が、直後に領主、アイリーン様は本題と言い、俺に土木作業用のロボットを作って欲しいと依頼してきた。



「俺、は……」

 俺は正直、答えに迷っていた。その理由は、『ロボットの危険性』だ。


 土木作業用のロボットって言ったって、作るとなれば大きさは人間の数倍。力に至っては人間の数十倍だ。そうなれば土木作業用と銘打っては居ても、『容易に兵器として転用できる』。


 俺の前世の重機だって、使い方を間違えれば容易く人を殺す事が出来る代物だ。そしてそれは、俺が生み出す土木作業用ロボットも同じ。それを考えれば、未だに信頼しきれていないこの人にロボットを渡すのはリスクでしかない。俺としては、俺の子供たちと言ってもいいロボット達を人殺しの兵器にする気は、サラサラ無い。


 だが、どうする?断るにしても、どうやって断る?いや、それ以上に機嫌を損ねたら村に何をされるか。と、その時。


「ふふ、ニクスさん。顔がずいぶんと怖いですよ?」

「ッ、申し訳ありませんっ」

 余裕に満ちた表情のアイリーン様に指摘され、俺は思わず体を震わせた。不味い、顔に出てたか。下手をすれば、それだけでこちらの考えを読まれるかもしれない。どうにかしないと。でもどうする?最悪、ロボットのシステムにバックドアや極秘に外部からの信号で強制停止するシステムを仕掛けるという手もあるが……。などと考えていた時だった。


「ニクスさん。今も仰いましたが、これは交渉ですよ?」

「え?」

 不意に聞こえた声に、俺は思わず声を漏らしてしまった。これが、交渉?どういう事だ?俺は内心首を傾げた。

「私は、ニクスさんにロボットなる存在の提供を命令している訳ではありません。これは言わば、商人同士の交渉なのです。ですから、どんどん私に質問なさっても、或いは何か、提供に際しての条件などを提示しても構いませんよ?さぁ、どうです?」

 そう言ってアイリーン様は余裕の表情を見せているが、なぜ交渉なんだ?


「あの、そもそも根本的な質問なのですが、なぜ『交渉』なのですか?……大変失礼だとは思いますが、アイリーン様ならば領主として俺に提出を『命令』するだけで良いはずです。それを、なぜわざわざ?」

「先ほども言った通りですが。ニクスさんの力は、はっきりいって『驚異的』と評価せざるを得ません」

 俺が問いかけると、アイリーン様は今までの微笑とは打って変わって、警戒するような鋭い目で俺を見つめて来た。


「ッ」

 そのどこか冷たい目に、俺は思わず息を飲んだ。それほどまでに、俺を警戒しているのか。いや、無理もない。この人から見れば、俺は得体のしれない力を持った謎の人物なんだ。だからここまで警戒されても可笑しくない。最初の反応が穏やかだったから、つい勘違いしちまった。

「リスクや対価無しに自立的に動き戦える存在を生み出せるニクスさんは、下手をすれば各国のパワーバランスさせ崩しかねないだろうと私は考えています。そんなあなたを、一領主が敵に回せば、領地を滅ぼされる可能性があります」

「滅ぼすってっ!?俺にそんなつもりはっ!」

「えぇ。もちろん、ニクスさんもそんな考えを持つ悪漢ではないと重々承知しています」

 俺にそんなつもりは無いっ、それを証明しようと俺が声を荒らげると、アイリーン様は俺を宥めるように優しい声色で答えながら頷いてくれた。


「しかし、だからと言ってニクスさんの逆鱗に触れてしまった場合、少なくともニクスさんにはこのルクリシア領を亡ぼすだけの力がある事も事実。故に、領主としてニクスさんを怒らせるような事態は避けたいのです」

「だから、命令ではなく交渉を?」

「えぇ。それもありますが、単純に命令では人と人の信頼関係を築くことは出来ません。ニクスさんの力は強大で、あなたを怒らせる事は危険な事でもあります。しかし同時に、この世界の常識の外側にあるニクスさんの力は、我々の予測を超えた『何か』をもたらしてくれると私は考えます。故にこそ、私はニクスさん。あなたとの信頼関係を築きたいのです」

「そうですか」


 それが、アイリーン様が交渉と言った理由か。要は俺の力を恐れ、警戒しているんだ。でも同時に、俺の力に可能性を感じてる。って、そうか。この人にとっても、俺は初対面の相手なんだよな。だからお互い、まだ手探りの段階なんだ。お互い、信用に足ると判断出来ないんだ。


 けど、アイリーン様は信頼関係を築きたいと、そのための交渉だと言ってくれたんだ。なら、俺も答えたい。


「アイリーン様。もし差し支えなければ、土木作業用ロボットを求める理由をお聞かせください。もちろん、お話しできる範囲で構いません。俺は、あなた様がロボットに何を求めているのかを知りたいのです」

「……分かりました」


 俺が真っすぐ彼女を見つめながら声を上げると、アイリーン様も真剣な様子で静かに頷いた。

「私がロボットを求める理由は、物流のための新たな道を作りたいからです」

「道を?」

「えぇ」

 アイリーン様は頷くと、座ったまま窓の方へと目を向けた。まるでその先にある、町に目を向けているようだった。


「物や人が通る道は、経済や商売のために切っても切れない程に大切な存在です。その道を整備し、人や物の流れを強化したいのです」

「しかし、単純に道を整備すると言ってもそれだけで経済や物流が発展するわけでは、無いのでは?」

「……」

 ん?あれ?俺おかしなこと言ったかな?何やら一瞬、アイリーン様が目を見開いたような。


「んんっ、そうですね」

 しかしアイリーン様はすぐに咳払いをした。何だったんだろう?と思いつつ、俺は彼女の言葉の続きを待った。

「実は、私たちのルクリシア領に隣接する、とある領地には大きな鉱山があります。そこで取られた鉄などはまた別の場所に運ばれ、武器などに加工されます。しかし鉱山から別の場所に運ぶためにはかなりの距離を馬車で移動する羽目になっています。ですが、鉱山から我々ルクリシア領を経由すれば、その移動のための日数を減らす事が出来るのです。そうなれば、ルクリシア領は鉱山と加工を行う町の中継地として多くの人が訪れることになるでしょう。鉄を買い付けに行く商人やその護衛の冒険者たちなど。そしてそこで彼らは宿を取り食事をし、町に金を落とす事になります」

「それがアイリーン様の狙い、なのですね?」

「えぇ。……私の今の最重要課題は、ルクリシア領の発展です。しかしそのためにはお金が居る。そしてお金を集める為には、領地の経済を発展させるしかない。そのために今、私たちは道を作る必要があるのです」


 アイリーン様は、真っすぐ俺を見つめながらそう語った。その眼は真っすぐで、とても嘘を言っているようには見えなかった。この人は、純粋に領地の事を考えているんじゃないか?と、俺は素直に思った。もちろん、俺にロボットを提供させるための演技、という可能性も捨てきれない。……ただ俺は、今のこの人の真剣な表情を見て、『信じても良いんじゃないか?』と素直に思えた。


「成程。アイリーン様が土木作業用ロボットの提供を望まれる理由は分かりました。では次に、ロボットに求める能力をお教え下さい」

「能力、ですか?」

「はい。単に土木作業、と言っても求められる能力は様々です。例えば道を切り開く為に木々を伐採する能力や、大地を耕し整地する能力など、ですかね。それに、ロボットも目的によって出来る事は様々です。今あげた能力などを全て持たせ、汎用性を重視するのか。或いは何か一つの能力に特化したロボットを複数台用意して運用するのかなどなど。考える事は多いんです」

「成程」


 考える事が多い、という俺の言葉にアイリーン様は顎に手を当て、しばし考えこんだ様子だった。

「ならば、まず私が求める能力についてご説明しましょう。現在予定されている道路の整備計画ですが、その道中には森林地帯があり、森林を切り開きながらの道路整備がこの計画の一番の難所になっています」

「となると、木々の伐採や根っこを掘り起こしたりする能力は必要、ですね。それに道路を整備する以上、整地能力も必要、ですかね?」

「えぇ。ですがそれ以上に、もう一つだけ欲しい能力があります」

「と、言うと?」

「……魔物による襲撃を想定した対応力、いえ。自衛力と言うべきでしょうか」

「自衛力、ですか」

 少しばかり硬い表情で語るアイリーン様。対して俺は、小さく眉を顰めた。いや、森で活動するのなら魔物、例えばゴブリンなんかの襲撃は想定せざるを得ない。それは分かっているのだが、『戦闘能力を持つ事』は『兵器に転用しやすい』という事と=になる。


 土木作業用を想定するとなると、万が一倒木が自身の機体に向かって倒れて来た時なんかを想定して、機動性を犠牲に装甲を強化。木を切り倒す事なんかも考えると、パワーも必要だろうし。……そう考えると武装しなくても今の構想の段階で十分兵器になりえるんだよなぁ。


 なんて事を考えていると……。

「如何ですか?ニクスさん。ロボットに自衛力を持たせる事は、出来ますか?」

 しばし考えこんでいた俺を気にしてか、アイリーン様が声をかけて来た。それについて俺は少しだけ考えを巡らせてから、口を開いた。


「自衛力を持たせる事自体は、可能です。というより、土木作業は危険を伴いますから、ロボット本体を守るために防御力は高めに設定する予定です。加えて、重量物の運搬の可能性もあるためパワーに関しても人の数十倍になるでしょうから、この時点で魔物に対処するだけの力はあると考えます。自衛目的なら、これだけでも十分かと考えます」

「成程」

 俺の話を聞いたアイリーン様は小さく頷いた。けれど、これは交渉だって言ってたんだ。なら俺から条件を提示させてもらう。


「アイリーン様。私は正直、土木作業用のロボットを開発、提供しても良いと考えています」

「ッ、本当ですか?」

 俺の言葉に、アイリーン様は一瞬だけ目を見開きつつ、すぐに平静を装った。けど。

「ですが提供するに当たって、いくつか条件があります」

「条件、ですか?それは一体どのような?」

 アイリーン様は小さく眉を顰めた。……俺の出す条件について警戒しているのか、或いは俺がどんな無茶ぶりを言ってくるのか警戒しているのか。


 まぁ、俺が提示する条件はと言うと……。

「条件はいくつかありますが、まず一つ目。それは『ロボットの軍事目的や戦闘目的の転用の禁止』です」

「成程。しかしなぜそんな条件を?」

「俺が作るのは、あくまでも土木作業用のロボット。言わば、人々の生活をより良くするためのロボットです。そして俺が生み出したロボット達は、言わば俺にとって子供のような存在です。……誰だって、自分の子供が人殺しになって喜ぶはずがありません」

「成程」


 俺が生み出したロボット達は、俺にとっては子供みたいなもんだ。……俺だって、転生した当初は、戦闘用ロボットを作る事も考えた。そう言うのに乗る憧れだってあった。……でも、ライガーやガードロボットを作ったころから、ロボット達が自分の子供のように思えて、そんなあいつらが血に汚れる事は、子供に人殺しをさせようとしているみたいで忌諱感を覚えるようになったんだ。


「……自衛程度の戦闘なら仕方ないと言えますが、兵器として積極的に運用する事は禁止させていただきます。もちろん、この条件が破られたと分かった時点で俺はアイリーン様。あなた様への今後一切の協力を拒否させていただきます」

 俺はアイリーン様を真っすぐ見つめながら語った。これだけは、絶対に譲れない。俺の作り出すロボットは、人々を助け、人々を支える存在だ。人殺しの道具にする気はさらさら無い。


「……分かりました。先ほどもこちらから話した通り、私はニクスさんの力に可能性を感じていますし、あなたを敵に回す愚かさも分かっているつもりです。ですので、その第1の条件を飲みましょう。こちらも、戦闘兵器を欲している訳ではありませんし」

「ありがとうございます」

 俺はアイリーン様に頭を下げた。

「それで、他に条件はありますか?」

「はい」

 頭を上げながら俺は頷き、更なる条件を提示した。

「二つ目は、そのロボットの生みの親が俺であるという情報、もっと言えば俺に≪鋼鉄の工房アイアン・ファクトリー≫の力がある事を、可能な限り秘匿し、それを知る人物も出来るだけ最小限にする事です」

「成程。つまりニクス様は、ご自身の力の事などを隠したいと?」

「えぇ」


 俺は少し、気だるげに息をつきながら話し始めた。

「俺の力は、アイリーン様のご指摘通り、時間さえあれば軍隊を揃える事も可能です。そして俺にそんな力があると邪な考えを持つ連中に知られれば、俺は間違いなく狙われるでしょう」

 リスクや対価無しで軍隊を造れる力があると知られれば、俺が狙われるのは火を見るより明らかだ。国軍はもちろん、各地の貴族は愚か、平民からだって狙われかねない。


「それに、下手をすれば俺の家族や故郷の村まで巻き込まれかねません。ですから出来るだけ他人には、『俺には特殊な力がある事』、『俺がロボットの生みの親である事』、これらを出来るだけ知られたくないんです」

「ごもっともですね。ニクスさんの力の凄まじさを考えれば、ニクスさん自身が火種になりかねない。故に自分の存在を可能な限り秘匿したい。それはこちらも分かりますので、その点も同意いたします。それで、他に条件は?」

「いえ。とりあえず、こちらが提示したい条件はその二つだけです。今後、状況の変化で追加する可能性も0ではないと思いますが。当面はその二つだけ守って頂ければ問題ありません」

「分かりました。では、ここで改めて状況を簡単に整理しましょう」

「は、はいっ」


 アイリーン様はそう言って一度お茶を飲んでから改めて口を開いた。

「私、アイリーン・ルクリシアとしましては、領地発展のための道路整備、そのための労働力としてニクスさんに土木作業用のロボットを提供していただきたいと考えています」

 そう言ってアイリーン様は簡潔に自分の要望をまとめた。確かに、こうする事でお互いの要望が分かりやすくなってる。……もしかして、農村育ちで学が無い、って事になってる俺に気を使ってくれたのか?まぁそれはありがたいが。


「ニクスさんの方は、如何ですか?」

 っと、そうだ俺の番だ。え~っと、俺の意見を簡潔に纏めると……。

「お、俺、じゃない。自分としましては道路整備のために土木作業用ロボットを提供しても良いと考えています。ただし、条件として先ほど言ったように、土木作業用ロボットの戦闘目的の転用の禁止。製造元でもある俺の名前や素性を可能な限り秘匿する。この二つが守られている限りは私はアイリーン様に協力いたします。と、こんな感じですかね」

「えぇ、そうですね。では、その条件で契約を結ぶという事でよろしいですか?」

「は、はい」


 契約?突然聞こえた重々しい単語に思わず返事を返しちまったが。

「分かりました。では……」

 そう言って俺の向かいのソファに座っていたアイリーン様は立ち上がり、執事さんを呼んだ時の鈴を再び鳴らした。


「お呼びでしょうか?お嬢様」

「えぇ。ニクスさんと話がまとまったので、契約を行います。念のため内容を書面で残したいので、紙とペン、それと印章の用意を」

「かしこまりました。失礼いたします」


 執事さんは一礼をするとすぐに部屋を出ていった。にしても、書面で内容を残すなんて、まるで現代社会の契約話みたいだ。

「あの、書面で内容を残すと仰っていましたが、そこまでされるのですか?」

 俺は思わず、そのことが気になってしまいアイリーン様に問いかけた。


「もちろんです。もし、口頭での契約だけではどちらかが契約違反などをしても『そんな契約はしていない』と、延々と口論になってしまう可能性があります。その点、正式に書面で残してあれば、『双方同意の上で契約をした』という証拠が残ります。更に契約書類があれば、ただの口約束よりは安心できますでしょう?貴族の中には、簡単に過去の発言や約束事に対して知らない、言っていないという輩も居ます。そういう意味では、こうして正式な書面で契約を結ぶ事は、『私たちはそんな信用ならない貴族とは違います』、という意思表示でもあります」

「な、成程」


 アイリーン様の説明を聞いて納得した。確かにちゃんとした契約書があれば、片方が後から『そんな契約はしてない』、なんていう事も出来ない。口約束だと、後から『言った/言わない』の応酬になりかねない。それに、正式な物があれば口約束に比べて安心も出来るな。そして契約書がある以上、『知らぬ存ぜぬは通じない』と、そうならないための物か。しっかりしてるなぁアイリーン様は。


 まぁ、契約書がある限り、知らぬ存ぜぬが出来ないのは俺も同じなんだが。契約書がある以上、お互いにそう言った事は出来ない。確かに口約束だけで後から掌をクルクルと翻すような、悪徳貴族みたいな連中よりかは、こうして正式な書類で契約を結んでくれるアイリーン様は信用できる。

 しかし、まだこの人とは出会ったばかりだ。腹の下で何を考えているのか分からない以上、油断はしない。


 何てことを考えていると、執事さんが紙やペン、それに判子らしきものを持って戻って来た。アイリーン様は執務机に座ると、ペンを取りサラサラと2枚の紙に何かを書いていった。

「出来ました」

 アイリーン様は何かを書き終えると、執事さんに目配せを行った。執事さんはそれを確認すると、2枚の紙を手に取り、俺の前に置いた。何を?と思って居ると。


「ニクスさん」

「あ、はい」

「ニクスさんは字は読めますか?」

「字、ですか?一応、出来ますが」

 この世界の文字については村の長老に一通り教わっている。農民である以上、読み書きの機会なんてほとんどないが。

「では、その2枚の契約書に書かれている事が同一である事を確認してください」

「それは構いませんが、なぜ私が?」

「それは私が、契約書を不正に利用して、例えばニクスさんに不利な契約をしようとしていない事を証明するためですので、お願いします」

「成程。分かりました」


 言われて納得した俺は2枚の契約書を確認した。……書かれている事は、どっちも同じだな。特に変な記述も無い。


「はい、確認できました。どちらも違いなどはありませんし、俺に不利になる内容もありません」

「ありがとうございます。では……」

「はい、お嬢様」

 俺の確認を取ると、執事の方が契約書の1枚を手に取った。


「では、僭越ながら私がこの場で行われた契約の最終確認をさせていただきます。お嬢様、それとニクス様。双方共によろしいですか?」

「えぇ、お願い」

「は、はいっ、大丈夫です」

 突然の様付けに戸惑ったが、即座に頷いた。


「では、この場で行われた契約内容の確認をさせていただきます。『1、アイリーン・ルクリシア男爵より領民ニクスに対する土木作業用ロボットの提供を依頼』。『2、領民ニクスはそれを条件付きで同意。その条件とは『土木作業用ロボットの兵器としての転用の禁止』及び『領民ニクスに特異な力があるという情報を可能な限り秘匿する事』』。『3、第二項の条件が守られなかったと領民ニクスが判断した場合、土木作業用ロボットの提供、および今後ルクリシア男爵家への協力を停止する』。双方、以上の内容でよろしいですかな?」

「えぇ」

「はい」

 

 一先ずは、俺としては提示する条件はそれでいいと思って居る。それに、アイリーン様には悪いが念のために製造する機体の全てにバックドアを仕掛けさせてもらう。バックドアの概念が無いこの世界の住人なら、気づかない、とは思うが。とにかく、取れる手、打てる手は使わせてもらう。俺の子供たちを人殺しの道具にする訳には、行かないからな。


「では、アイリーン様はこちらの2枚の契約書に押印を。ニクス様は、如何いたしましょう?署名でよろしいですかな?」

「えぇ。それで構いません」

「あ、はいっ」

「では……」

 執事さんは、まず2枚の紙をアイリーン様が座る執務机の上に置いた。アイリーン様は傍にあった判子を2枚の契約書に押した。


「確認いたしました。では次に、ニクス様」

 ついで、判子が押された事を確認した執事さんが2枚の契約書とペンを、俺のテーブルの前に置いた。

「こちらの、お嬢様が押された判の隣にご署名をお願いします」

「わ、分かりました」

 そう言えば転生してからこっち、ペンなんて使った事無かったな。転生前だったら筆記用具もノートも普通に買えて使えたんだが。こっちの世界じゃそうもいかない。


 俺は慣れない手つきで何とか書類にニクス、と自分の名前を書いた。若干よれたりしているが、そこは目をつぶってくれるとありがたいなぁ。

「出来ました」

「はい。失礼いたします」


 俺がペンを置くと、執事さんが2枚それぞれを確認する。

「はい。確認いたしました。よって、こちらの契約書は現時点を持って正式な書類となりました事を双方にお伝えいたします」

「えぇ」

「は、はいっ」


 これで正式に俺とアイリーン様の契約は成立か。その後、契約書の1枚は、封筒に収められ、更にルクリシア男爵家の家紋が彫られた判子と赤い蝋で封蝋が成された。

「こちらはニクス様がお持ちください。契約書は、契約を行われましたアイリーンお嬢様とニクス様が一枚ずつお持ちいただく事になります。無くさぬよう、お気を付けください」

「は、はいっ」


 マジで重要書類だな、こりゃ。無くさないように気を付けないと。……村に戻ったら金庫でも作るか。なんて考えながら封筒を見ていた時。

「さて、これで正式に私たちとニクスさんは協力関係になりました」

 ふと聞こえた声に視線を上げると、アイリーン様は座っていた執務机の椅子から立ち上がり、俺の傍に立った。


「改めて、これからよろしくお願いします、ニクスさん」

「……あっ!」

 傍に立ったアイリーン様が俺に向かって右手を差し出した。その意味を理解するのに数秒だけ要した俺は、その意味に気づくと慌てて立ち上がった。


 握手のために手を差し出された事に気づいた俺は、右手を出した直後にその手を止めた。あれ?俺平民だし、貴族の方に直に触れるのってOKだったっけ?と思い俺が握手を躊躇していると、アイリーン様の方から俺の手を取ってくれた。


「あっ」

「そう畏まらないでください。これから私たちは協力者になるのです。どうか、ルクリシア領発展のためにぜひ、あなたのお力をお貸しください、ニクスさん」

 そう言って、アイリーン様は優しく俺に微笑んでくれた。


「よ、よろしくお願いします」

 対して俺は、前世で彼女なんか居なかったから、目の前のその、美少女の微笑みに驚き顔が赤くなるのを自覚しながら、震える声で返事を返す事しか出来なかった。



 そうして俺は、その日アイリーン様の道路整備計画に協力するため、ロボットを提供するという契約を彼女と交わしたのだった。


     第8話 END

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異世界メカニカル~~メカオタク少年、ファンタジー世界で最強メカ軍団を作る~~ @yuuki009

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