第6話 招待・前編
盗賊の夜襲と、時を置かずやってきたルクリシア男爵家お抱えの騎士団。突然の出来事の連続だった事もあり、未だに外の人間に俺の力やその産物を見せたくなかったのだが、色々あって俺の力の事を騎士団の人らに話すことに。幸い騎士団は盗賊の連中を捕まえるとすぐに村を去ったのだが……。騎士団をまとめていた女隊長さんは、『恐らく近いうちにまた来る』みたいな事を言い残し、帰って行った。
盗賊の襲撃と騎士団がやってきた日から早数日。あれから俺は、騎士団の人らが戻って来る、もっと言えば俺を迎えに来る、という前提で色々準備を進めていた。
もし俺が数日にわたって村を離れるとなると、パワードスーツの起動システムに俺以外の人物を登録するしかない。なので親父と村長の2人に、一時的にマスター権限を付与。同時に、起動に必要な2人の指紋も登録。それと一応、コマンドウォッチも新しい物を作って2人に渡したり、ガードロボットの呼び出し方法やらバッテリーの交換方法やら、教える事は山積みだった。おかげでここ数日はバタバタしていた。
というか、2人に色々教えても覚えられない可能性もあるから、念のために『アシスタント』みたいなのを生み出しておいた。親父と村長には、分からない事があったら彼に聞いて、と言ってある。
で、そんな感じでいつ迎えが来ても良いように準備をして、それが一通り終わったある日の事だった。
「お~いっ!騎士団だぁっ!この前の騎士団がまた来たぞ~!」
「ッ」
ある日の昼下がり、俺は親父たちと一緒に収穫を終えた畑を耕していた時。村の入り口の方から走って来るおっちゃんの声に思わず息を飲み、同時に『やっぱり来たか』、と思った。
「ニクス、もしかしてこれって……」
「あぁ。多分、俺を迎えに来たんだろうなぁ」
傍に居た兄貴の言葉に俺は頷きながらも、息をついた。心のどこかでは、領主様は部下の報告を信じず、絵空事だと一蹴して俺に興味なんて持たなかったら。なんて未来を夢想していたが、ダメだったか。
あまり俺の力を外の人間に知られたくないんだが、今となっては後の祭り。いい加減受け入れた方が良いんだろうが、俺の力を狙って俺や俺の家族、この村が狙われる可能性を考えれば、簡単に受け入れられないのも事実だ。
とはいえ、来ちまった物は仕方ない。とりあえず俺たちは農具を片付け、村の入り口の方へと向かった。
案の定、村の入り口には大勢の人たちが集まっていた。そしてその前では村長が例の女隊長さんと向かい合っていた。何だろう?と思いつつ、それを外野の人たちに混じって見守る。
「この度は、この村の村民たちの活躍によって盗賊団を捉える事が出来たっ。よって領主様よりこの村に報奨金を贈呈する。おいっ」
「はっ!」
女隊長さんに声を掛けられた、袋を持った兵士の1人が、村長の傍に居たおっちゃんに袋を差し出した。
「あ、あぁ、えっと、ど、どう、もっ!?」
おっちゃんは袋を受け取った直後、それを落としかけた。
「お、おいっ!大丈夫かっ!?」
すぐさま村長が声を掛けた。何だ?
「だ、大丈夫でさぁ。これが、思ったよりも重くて。一体どれだけ入って……」
どうやら袋が予想外に重かったらしい。しかしおっちゃん。受け取った直後に開けて中を見るのはマナー悪いだろ。と、思って居ると。
「な、なんじゃこりゃっ!?こ、こんな大金ッ!?」
「何っ!?見せて見ろっ!」
ん?どうやら、袋には相当な大金が入ってるみたいだな。すぐに村長や、その傍に居たおっちゃんらが袋を覗き込んでいる。
「領主であるルクリシア男爵様は、皆さんの働きを大いに評価しています。連中を野放しにしていては、更なる被害を被っていたでしょう。そのお金は、そんな被害を未然に防ぐ活躍をしたこの村の皆さんへの褒美にとルクリシア男爵様が用意されたものです。どうぞ、村のお金としてお納めください」
「あ、ありがとうございますっ!」
皆、領主である男爵家からの報酬の話を聞いて嬉しそうに笑みを浮かべていた。村長や袋を受け取ったおっちゃんの反応からして、相当な額を貰ったみたいだけど。けど、これは多分領主様なりの人心掌握術、もっと言えば飴と鞭の飴だ。正しい成果に報酬と言う名の飴を与え、自らを信頼させるのが目的なのかもしれない。現に……。
「やったなっ、俺たち殆ど何もしてないけど、お金貰えたぞっ」
「あぁっ、領主様は俺たちの働きを見てくれてるんだなぁっ!」
おっちゃん達は大喜びで、しかも領主様に好意的な言葉を述べている。成程、少なくとも人の心の掴み方は分かってる人のようだ。俺たちの領主様は。
と、そんな事を考えていると……。
「実は、報奨金をお渡しするのとは別に我々に与えられた任務がありまして」
「は、はい。何でしょうか?」
「実は、領主であるルクリシア男爵様は今回の盗賊団捕縛の立役者でもある、あちらの少年とぜひお話がしたい、と。そのために彼を屋敷にお連れしてほしい、と」
「えっ!?に、ニクスをですかっ!?」
あちらの少年、と言って女隊長さんは俺の方に目を向ける。気づいてたのか。
「どうかねっ?少年。我々の、いや。領主であるルクリシア男爵様の招待に応じる気はないかっ」
女隊長さんは俺に向かって声を上げた。すると、周囲にいた人たちが皆俺の方を向いた。皆俺の方を見つめ、何も言わない。何人かは俺と女隊長さんを交互に見つめている。……ここはとりあえず。
「両親や兄弟と話をさせてください。まだ子供ですし、一人では決めかねますので。少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「あぁ。構わないよ。ならば我々はこの辺りで待たせてもらうとしよう。どうするか、決まったらまたここへ来てくれ」
「分かりました」
これでとりあえず、この場はOK。なので俺はすぐさま家に戻るべく踵を返して歩き出した。それに付いてくる兄貴たち。
「お、おいっ、良いのかよニクスッ。あの場で即答しなくてさっ!」
「大丈夫だよ兄貴。それに、俺は何も間違った事言ってないだろ?どうせ領主様の屋敷がある町まで行って、話をして帰ってくるなんて何日かかるか分からないし。大体、行くにしても着替えとかの荷物も無しには行けないじゃん」
「た、確かに」
「なので、早く戻って親父たちにも話さないとさ」
「そう、だな。急いで戻るかっ!」
俺は兄貴たちと一緒に足早に家へと戻り、そして親父と母さんに、領主の屋敷に来ないかと、ついさっき誘われた事を話した。
「やっぱり来たか。ニクスから『来るかもしれない』、とは聞いていたが」
「あなた。もし仮にニクスが領主様の所に行ったとして、大丈夫でしょうか?ニクスの力は凄いですが、それを気味悪がって処刑、なんて事は……」
難しい顔をする親父と、怖い可能性を想像し顔色が悪い母さん。
「大丈夫だよ母さん。いざとなったら、俺の力を使って何とか逃げるなり。力の有用性を力説して処刑されないように上手く立ち回るからさ」
「ニクス」
母さんは心配そうに俺を見つめている。
俺としても、母さんの心配は分かる。それに力、『
「それでニクス。ニクスはどうするつもりなんだ?俺としては、お前の判断を尊重しようと思うんだが?」
親父は、そう言って俺に判断を一任した。
「う~ん。判断、と言われてもねぇ。俺としては、行くしかないかなぁ、って思ってるんだけど」
「そりゃまたなんで?」
俺の言葉にニックの兄貴が反応する。
「まぁ、簡単に言えば領主様にお願いしておきたいんだよ。『俺の力を部外者に広めないでください』って」
「そりゃぁ、なんでだ?」
今度は親父が小首をかしげている。
「単純に、俺がまだ村の外の人に俺の力の事を知られたくないんだよ」
そう言って俺は自分の掌に視線を落とした。
「俺が持つ力は凄い。けど、だからこそ変な奴らに目を付けられて狙われるかもしれない。その危険を少しでも減らすために、この村にはこんな力を持ったこんな少年が居る、って情報が村の外に広まるのを少しでも阻止したいんだ」
「だから、領主様に会って、力の事を人に話さないようお願いしてくる、って事?」
「うん」
俺は母さんの問いかけに頷いた。
それからしばらく、2人は無言だったけど。
「……分かった。ニクス、お前自身が行くべきだと判断したのなら、俺は何も言わない」
「あなたっ!あなたはっ、それで良いの?領主様の事だって良く分からないのよ?下手をすればニクスの身に何が起こるか……ッ!」
「それは、分かっている。だが、だからと言って領主様の招待だぞ?ちゃんと断る理由が無ければ、逆に領主様を怒らせかねないぞ。そうなれば、今度は騎士団に命じて、強引に村に攻め入ってニクスを捕らえに来る可能性だって……」
「そ、それは……」
母さんも、そんな最悪な未来を否定する事は出来ないようだ。しかし親父の言う通り、その可能性も決して0ではない。となると、やっぱり俺が自分の意思で出向くしかない、か。
「母さん、俺行くよ」
「ニクス」
母さんは心配そうな顔で俺を見つめる。
「親父の言う、最悪の可能性も0じゃないしさ。俺自身、領主様にさっきの件をお願いしたいし。いざとなったら、命乞いでも何でもして、生きて帰ってくるからさ」
俺はおどけるように笑みを浮かべる。すると母さんは、うっすらと目に涙を浮かべながら席を立ち、俺の所まで来ると、優しく俺を抱きしめた。
「絶対、無事に帰ってくるのよ?絶対に」
「うん、分かってるよ、母さん」
俺は母さんを安心させるべく、その体を優しく抱き返した。
その後、俺は荷物の準備を始めた。例の女隊長さんの所には、親父に向かってもらった。招待に応じる事と、今荷物を準備している事を伝えてもらう為だ。
とりあえず、着替えの服と下着をリュックに詰め込む。荷物をリュックに詰め終えた俺は、最後に木製のクローゼットの中から『ある物』を取り出した。
「……こいつの出番は、無いと良いんだが」
今、俺の手にあるそれは、『銃』だった。見た目は一般的なオートマチックの拳銃だ。とはいえ、これは殺傷目的の銃じゃない。
前世の世界において、ペッパーガン、と呼ばれる護身用の武器があった。ガン、と言うが見た目が銃なだけで打ち出す物は銃弾じゃない。ペッパーガンが撃ち出すのは球形のボールだ。そしてその中には唐辛子や胡椒などをベースとした刺激物の粉が入っている。発射されたボールは人か物に当たった時点で破裂し、中にある粉状の刺激物を周囲に散布する。もしこれが目や鼻から人体に侵入すれば、相手は鼻水やら涙や咳、喉や胸の痛みで動けなくなる。
要は小型の催涙弾だ。グレネードで発射する催涙弾ほど広範囲に効果をまき散らす事は無いが、拳銃サイズなら持ち運びも容易だ。弾を撃ち出すのも火薬ではなく、ガスガンなどで使われるCO2のガスだ。
マガジンには最大で7発、球形の弾、ペッパーボールを装填出来る。ガスのカートリッジもマガジンにセットして使う。
俺はこれを、『ノンリーサルガン』、つまり非殺傷性銃の頭文字を取って『NLG』と名付けた。このNLGなら、最悪相手を殺さずに無力化。もしくは行動を制限し、俺が逃げるだけの時間を稼ぐ事が出来るはずだ。
とはいえ、その確証も無いのは事実だ。こいつは、盗賊の夜襲事件の後に、念のためにと作ったものだ。実戦テストだっておいそれと出来ないからやってない。こいつが対人戦で有効かどうかはぶっつけ本番、出たとこ勝負だ。
というか、もしこいつの出番があったとしても、肝心のNLGでどうにかなる状況かどうかも分からないんだよなぁ。
「ハァ。……まぁ、無いよりマシ、か」
何もない、よりかは心強い。使わないで済むのならそれに越した事は無い。一先ずは、そう考えて『使えるのか?』『大丈夫なのか?』という不安をとりあず心の奥底に押し込む。
俺は、ベルト一体型のホルスターを腰に巻いて、右側のホルスターに、既にマガジンをセット済みのNLGを装着。既にペッパーボールとガスカートリッジをセットした、予備のマガジン3本もカバンに詰め込む。
さて、これで準備は一通り出来たが……。いい加減覚悟を決めないとな。なんて考えていた時。
『コンコンッ』
「ん?は~い。どうぞ~」
部屋のドアがノックされた。誰だろう?と思いつつ声を掛けた。
『失礼します』
ドア越しに聞こえて来たのは、人の物とは少し異なる抑揚の無い声だった。しかしその『声の主』を俺は知っていた。そしてドアを開けて入って来たそれは、『人ではなかった』。
「あぁ、なんだ『デウス』か」
しかし俺は驚かない。なぜなら、入って来た相手もまた、ライガーやガードロボット達と同じ、『俺の子』の1人、『デウス』だったから。
デウスは、俺が村を離れるに当たって、今まで俺が行って来た事を代行してもらうために生み出したアンドロイドだ。全身が真っ白で、流線形のボディが特徴的だ。顔は黒いディスプレイとなっており、そこに様々な顔文字を表示して感情表現を行う。
動力源はガードロボットの同型のバッテリー+内蔵されているサブバッテリーだ。ボディもライガー程ではないが、強固にしてある。合成音声を用いた人との会話も可能で、主な役割はマスター権限を一時的に付与した親父や村長の補佐とガードロボットの管理だ。親父と村長だけじゃ、分からない事も出てくるかもしれないからな。
『準備の程はいかがでしょうか?先ほど、マスターの御父上が戻られましたが?』
「あぁ大丈夫だ。問題ない」
俺は荷物を入れたリュックを背中に背負う。そして改めて、ホルスターに触れてNLGの感触を少しだけ確かめる。……何もない。ただ領主様に会いに行くだけだ。
緊張と不安はある。だが、俺の力の事が広がらないよう、領主様にはくぎを刺しておかないといけない。となれば、行くしかない。
「ふぅ。……デウス」
俺は息をついてからデウスに声を掛けた。
『はい。何でしょうか?』
「俺が留守の間、ライガーやガードロボット達と一緒に、村を守ってくれ。頼むぞ」
『はい。仰せのままに、マスター』
デウスは俺に向かって甲斐甲斐しく礼をした。それを確認すると、俺は部屋を出た。そして母さんと親父、兄貴たち、ライガーに『行ってきます』と挨拶をして家を出た。
家を出て、村の入り口の方へ向かう。緊張で足が重い。今すぐにでも引き返したい思いに駆られる。だが、ここまで来たんだ。もう引き返せない。
そして、入り口の前に集まっている騎士団の人らの前にたどり着く。周囲には、今も村の人らが集まり、遠目に俺を見守っていた。
「来たな、少年」
やってきた俺を女隊長さんが出迎える。
「お待たせしました。準備は、出来ました」
「少年の父親より聞いているが、領主たるルクリシア男爵様の招待を受ける、という事で良いのだな?」
「……えぇ」
もう、返事をしてしまった。いよいよ引き返せない所まで来た。でも行くしかない。俺は不安を押し殺すように、静かにリュックの肩ひもを強く握りしめた。
「そうか。ではあちらの馬車の荷台に乗ってくれ」
女隊長さんはそう言って馬車の一つを指さす。
「分かりました」
俺は促されるまま、幌張りの馬車の荷台へと乗り込んだ。するとそこに村長らが集まって来る。
「ニクス。気を付けていってくるんじゃぞ」
「気を付けてな、ニクス」
「うん。皆ありがとう」
見送りに来てくれたみんなに、俺は笑顔で答えた。
「よしっ、それでは出発するぞっ!」
女隊長さんの号令が聞こえ、数秒の間を置き馬車がゆっくりと動き出した。ガタゴトと揺れる馬車の荷台から、俺は皆の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
やがて馬車は村を出て、森の中を進んでいく。しばらく進んだ先にはY字状の分岐がある。そこから右に進めば、育てた野菜を売りに行く小さな町があるが、馬車は左へと進んだ。ここから先の道は、俺も知らない。
「……領主様か。どんな人なんだろうな」
初めて村を出た事や、初めて貴族の人と出会う事、まして相手の事は地位とか以外は殆ど知らない事だらけと来た。
失礼の無いように気を付けなければ、とか。万が一怒らせたらどうしよう?どうなるんだろう?という不安が頭の中を駆け巡る。
そして不安から来る緊張で早鐘を打つ心臓。その心臓の早鐘を少しでも宥めようと外の景色に目を向けた。だが、緑豊かな森を見ても、一向に緊張感や不安は消えない。
『何もなければ、良いんだけど』
俺はただ、そんな事を祈りながら馬車に揺られている事しか、出来なかった。
第6話 END
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