『八日後』

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 公暦二十六・第二十一号堕心龍──あの老龍討伐戦から八日。


 白のカーテンから覗く蒼天に、二羽の鳥が皆に朝の報せをと飛んでいる。


 公属龍撃師団八層隊専用寮棟の一室……アガルタ・テラーと書かれたネームプレートが扉に嵌め込まれた部屋にて、私は淹れたての焙煎茶に口をつける。

 堕心龍との戦いの予定が無いこの日は煩わしい戦闘服から離れ、黒の下服に白の上服と……少し着崩す格好で自室を闊歩する。


 机には数枚の書類と使い込んだペン。

 私は備え付けの椅子に座る事なくペンを取り、書類の空欄部分で走らせた。



 第二十一号堕心龍は、東国北部の辺境集落に出現。数名の死傷者が出るも、駐在していた民間龍撃旅団属三小隊が撃退に成功する。同隊より報告を受け、公属龍撃師団八層隊が派遣。二日後、両隊の合流から程なく集落から北に位置する山岳地帯で同堕心龍を発見、戦闘を開始。

 後、近辺の大洞窟へ逃げ込まれるが、当地にて討伐を完了する。

 龍撃隊に死者は無し。負傷者は別リストを参照。


(怪我人の数は、これまでの戦闘で最も少ないか……)


 その他、別の層隊員の報告書と自分が知り得る情報に齟齬が無いかを確認し終えると、私のサインを記す。そしてファイリングした所で、ふと、あの子供達の事を思い出した。



 ──妙な場所で見た妙な光景。

 龍の心臓を貪っていた蒼い髪の少女達。


 私が知る限り、蒼い髪をした人間等、龍の鬣を模して喜ぶファッション異教徒くらいしか見た事がない。龍の信仰者からしてみれば、崇め祭る存在を軽率に真似るなんて宣戦布告と同義。不穏を撒き散らすだけの猿公だ。


 嗚呼、そんな風潮もあって故か。

 あの子らは、もしかすれば不憫に想った親に隠されていただけだったのかもしれない。もしくは、手の届くモノを龍の代わりとして密かに崇めていたか……。


 もし後者だった場合は、その邪道をあの人らが黙認する筈が無い。それこそ宗教戦争の火蓋が切って落とされる。堕心龍の問題だけでも精神的に苦痛を伴う昨今なのに、勘弁願いたいモノである。

 だから私は、どうかそんな地獄絵図が描かれない事を祈り、残った焙煎茶を一気飲みするのであった。



「──アっガルタ! 入るぞぉ」


「……ブレイドか」


 ノックを知らない幼馴染みの猿公っぷりも大概か。とは言え、私と同じ白と黒の上下服に加え、抽象的に龍を象った紋章が刺繍された黒の喪装帯を右肩から垂れ下げる正装の出立は様になっている。

 龍撃のマルドク公国に属する我々の喪服姿をしっかりと着こなし、ブレイドは勝手知ったる調子で部屋の中へと入って来た。

 それと、忘れてはいけない監視鳥も連れてだ。


 ──監視鳥とは、無論私達を監視する鳥の事。龍をも制する力を持ってしまった私達が、何か良からぬ事を企まないよう、一人につき一羽から二羽付けられた監視の目だ。

 私に付いているのはよく寝る子で、朝は全く起きてこない怠け者だが、ブレイドに付いている子は真面目な様だ。現に彼の肩に乗り、長いトサカと尾が邪魔にならないようキチンと姿勢を正していて、此方も此方でとても様になっている。


 それはそうと、ブレイドは持っていた刊行誌を見せ、「この記事知ってるか?」と聞いてきた。


「……? 『対龍兵器・自走砲が龍恩祭にて初お披露目……か?』。……あぁ、上の貴族連中が大金叩いて作らせた、花火打ち上げ装置の事?」


 それがどうしたと、私が興味無さげに振る舞うや、ブレイドは刊行誌をバサバサ煽ぎながら捲し立てた。


「どうしたもこうしたも、良いのかよこの見出し! 対龍兵器とか書いてんぞ!? これが地に落ちた堕心龍を相手に想定して作られたんであれば文句はねぇけどよ、明らかに空に居る無辜の龍を射程に収められる様な砲身をしてるじゃねーか!」


「……打ち上げ花火は空に打ち上げるものだしな」


「おま……ッ、アガルタの家は龍信家系だよな。こんな反龍派の声に応えて作りました感の強い兵器の事、親御さんは何も言ってねぇのか?」


「あの人は、花火の打ち上げ装置って話で貴族達と合意してるらしい。だから、反龍派に向けて書かれた『嬉しい記事』の事なんて、微塵も気にしてないんじゃないか?」


「……アガルタは? どう思ってんだ」


「…………」


 勿論、空の龍に危害が及ぶ可能性を持つ兵器など、内心では良く思っていない。

 けれど、上の連中がそういう話で決着したと言うのなら、私がどうだこうだと騒ぐのはおかしいだろ。自身の意見を通したいならそれなりの力を持って見せろ。そうでなければ黙っていろ。

 そう自分に言い聞かせ、私はその兵器とやらを、花火の打ち上げ装置と呼ぶことにしている。

 

「龍信派にも反龍派にとっても、ルーズルーズとはならない素敵な記事じゃないか。……なる様になれ……だよ」


 言いつつ、焙煎茶が入っていた茶器を流し台に持って行く。ブレイドはと言うと、少しだけ開けていたカーテンを全開にして唸っていた。


「俺ン所は龍信家系って程じゃないが、それでもガキの頃から親に『龍様、龍様』って中途半端に刷り込まれて育った身だからよ。アガルタみてぇに割り切れねンだわ」


「なら、壊しにでも行くか?」

「是非とも……って言いてーなーソレ。でもよ、今はあくまで、祭事で使う為の催し物扱いなんだろ? 普通に器物破損でお目玉喰らうわな」

「兵器としてのアレを破壊するのも立場的にヤバイだろ」


 ブレイドは自身の無力さを嘆いたか、クソでかい溜息を吐き垂らす。気持ちはわからなくはない。でも、一介の龍撃隊員に何が出来る。私達の代わりは幾らでも居るんだ。不穏分子だと見なされれば、即時首を切られる。

 ブレイドも私も、堕心龍から人を護りたい気持ちを持ってマルドク公国に入ったのだから、滅多な事はしないに限る。なる様になれとは、それ故だ。


「──それよりも、ブレイドは例の子供達について、何か聞いてるか?」

「こどもぉ?? ……あー、蒼い髪の?」


 それに関しては何も耳にしてねぇよと、興味無さそうに返された。


「ま、龍の心臓を喰ってたんだ。とっくのとうに逝っちゃってるさ」

「私もそう思うんだが……蒼い髪って時点でな。面倒な話が出てきそうだろ」

「はー、確かに」


 この子達の存在が、何処まで認知されているかは報告書からは読み取れない。そもそも、一般人の被害情報を管理するのは私達公属ではなく、民間の仕事だ。机に乗っている書類に記載されてないのも当然。

 どうしても知りたくば、そちらへ足を運べと。


 けど、宗教絡みの話になるなら民間ではなく、公属が動く。マルドク公国の支持母体の殆どが龍信仰者であるからだ。

 なので、彼等が臭がる異教邪道を放っておける筈もない。と言う事は、その手足となって動かされるのは誰か。無論、私達だって話。


「あの山岳地帯とを往復出来得る人里全てに、調査が入るな。幾つあるか定かではないし、もしかしたら既に重要参考人は逃げている可能性もある。黒だった場合も考えると……骨が折れるぞー」


「やだぁ! ぼく、おちごとちたくにゃーい!!」


 私が考える最悪のシナリオの序章に過ぎない話だが、ブレイドはこれだけでも幼児退行して悲鳴を上げた。口調は冗談っぽいが、まあ、本心だろう。

 ──と、ここで幼児ブレイドに声を掛ける者が現れた。


「そんな事、監視鳥の前で言って良いんですかー?」

「お? ティヴ?」


 今入りましたと扉をノックして見せたのは、ティヴ・テラー。私の妹である。


「お疲れ様です、兄様。お身体の具合はいかがですか?」

「平気だよ。今回は楽をさせて貰ったから」


 ティヴは「それは何よりでした」と笑顔を作ると、救いを求めるブレイドの手を人差し指だけであしらっていた。


 ……恐らく半年振りに見る妹は、なんだか随分とお淑やかになった様に思える。それは、黒のワンピースに髪全体を覆う大きな白のヘッドレスレースを合わせた喪服姿だから……? 服装だけで人格が変わる妹ではない筈だが……それよりも、『兄様』と呼称した?


「──ティヴ、にいさまって? 前に会った時までは名前呼びだったじゃないか」

「なにを仰いますやら。わたくしも、もう成人間近なのです。そんな子供みたいな認識ではいられませんの」


 お前誰だよと言ってやりたい。

 でも、この妹が変になるのは大抵、異国の文化に感化された時なので……まぁ、いつもの事かと……。


「今度は何の影響だ……? 『さぶかる』とか言うヤツか?」

「──兄様。兄様も一度観た方が良い劇があります。その劇のタイトルは『龍王と春に寝る』なんですけど、タイトルだけ聞けば、あー……龍王と春に寝るんだろうなって思うじゃないですか。だからわたくしも展開はそんな感じでほのぼのとして緩く終わるんだと安定的な予想を立てて、まー目的の本を買う帰りに暇潰しがてら観てみましょうかみたいなノリでごめんあそばせしたんですね。で、最初こそ、まぁ、ふふって失笑を買うようなお約束展開もあったりして無難なストーリーだなぁって思ってたわけなんでーすーがー、話が中盤になった辺りですかね、あ、龍王って主人公の兄妹二人の事を差す言葉なんですけど、その二人の関係がなんか忘れたんですけど拗れるんですね。拗れて、別の登場人物が二人の橋役として出て来たと思ったらここから感情の大嵐で流石のわたくしも内心やめろやめろと無限に連呼してスッカリ入り込んじゃいまして気付けばあーもーだから言ったじゃーんて、いや別に実際には何も言ってないんですけどね、周りのお客様に迷惑かかるんで。んで、あれよあれよと心が揺さぶられてる内に二人はハッピーエンドを迎えるわけなんですようおおお春に寝たぁあっつってね。じゃあ次はこっちのメンタルケアもお願いします的な感動に浸ってしまいまして、劇が終了した後もしばらく放心状態で動けなくなっちゃったんですよコレ出来るだけネタバレしないように言ってるんですけど分かります???」


「……ぇ、あぁ、何となくだけど……つまり兄様呼びは、その劇から?」

「はい兄様!!!」


 とても気持ちのいい返事に、私が知ってる妹味を感じてとても安堵した。正直、喪服姿で何言ってるんだとも思うものの、こうして私の代わりに遊び歩き、楽しかった事を教えてくれるのは、堕心龍を討伐する仕事を担う私にとって、この上無い癒しとなってくれていた。

 そして、それはブレイドも同じらしい。


「ティヴちゃんー。その劇、俺を誘いに来てくれたんでしょ? そうでしょう??」

「あ、違いますー。わたくしが来た理由はですね……。兄様、これ……母様からお預かりして来ました」


 擦り寄って来た男を無慈悲にフり、ティヴは持っていた小物入れから封筒を取り出した。


「母……あの人から?」


 封筒には龍の模様が施されている。

 それは所謂……龍信教会のシンボルマーク。私の母親が全てを捨ててのめり込んだ場所を示すモノ。


 そんなものを差し出され、私は露骨に怪訝な顔をしていた。だが、ティヴはお構い無しに続ける。


「すぐに中を確認するように、とのことです。……変に構えなくても大丈夫だと思いますよ? 母様、ニコニコしてましたし」

「……それが一番怖いんだよな」


 言っても、コレを受け取らない選択肢など私には無い。何故なら、あの人の個人的な話に留まる内容ではないのは、このマークが付いた封筒を使っている事から明らか。


 何度か躊躇した末、私は意を決して封筒を受け取る。

 尚も無害そうに見返す妹を見、怖いもの見たさに覗き見てくるブレイドを見……生唾も飲み込めない心境のまま、封を……開ける。


 入っているのは、折り畳まれた一枚の紙。

 これを、汗ばむ指先で開いていくと……そこには、真っ赤な太い文字で──




【  来なさい  】




 とだけ……書かれ、数本の長い髪の毛が固まった赤黒いナニカで張り付いていた。




 「怖」


     「怖」


         「ヒェ」




 それを見た私達三人は、まるで心霊現象を目の当たりにしたかのように部屋の隅へと飛び退いた。


「流石お前らの母親だよなっ、ホントどういう感性してんだか、ああ憧れるぜぃ」

「こっちが知りたいんだよソレ。あの赤いのって、血か?」

「あれぇ……? 母様、すごく上機嫌でしたのに。変なの」


 大人しかったブレイドの監視鳥すら小パニックを起こす中、私はこの悍ましい呪具を握り潰して床に叩き付けると、空かさず龍剣を持ち出し──思い切り剣先を突き刺した!


「悪しきモノよ、去れッ! 去れぇ!!」

「兄様、そこまでしなくても」



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──



 ──……そんなこんなで、呪具が燃えカスとなった所で私達はようやく落ち着いた。


「はぁ……。あの人が私に何の用だ? 取り敢えず、使徒教会に行けば良いのか?」

「うん……来て欲しいみたいだしね……?」


 龍信教会への招集。初めての事ではないだけに気が重い。ましてや、あの人からの脅迫めいた呼び付けだ。

 ……これは、いよいよ本格的に入信させられるのだと考えておくべきだろうか。気がクソ重い。


「ブレイドは先に御龍葬会場に行っててくれ。私は用事を済ませてから行くから」

「お……おう。じゃあ……また会おうな」


 やめろそのしんみりした言い方。

 とにかく、ブレイドを見送った私は身なりを整える。その際に、私の監視鳥を起こしに隣部屋へ向かったティヴが、


「兄様、あたしも一緒に行くねー」


 他人ブレイドが居なくなったからか、早々に礼儀を放り投げたようだ。


「なんだよ……。怖いもの見たさか……?」

「違います。兄様さー、母様に会うと必ず喧嘩腰になるでしょ。今回は流石に、間に入る人がいないといけない気がして」


 それもそうだ。ティヴの杞憂は的を得ている。

 現に、訳の分からない呪具を寄越してきたのだから、私の腹も煮え滾っていた。あの人を前にしても声を荒立てるな──と、お上に言われたとしても約束出来そうに無い程だ。


「……兄様ぁ、目ぇが怖ーいぃ……」

「あ、……あぁ、すまん。じゃあ、私の手綱引き役を任せるよ」


 こんな状態の私ではあるが、ティヴが隣にいてくれるなら心強い。幼い頃から変わらない天真爛漫なその性格は、ささくれだった私の心を何度も癒してくれたものだから。

 故に、「お任せあれ!」と胸を張る妹には足を向けては眠れん。


 そうと決まればと、私は寝坊助の監視鳥を起こした後、ニコニコと楽しそうなティヴと一緒に部屋を出るのであった。





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