第7話 パーティーピーポーとマザー 


 性懲しょうこりもない。力の差を見せつけてやるか。


 アーマーをアルティメットフォームに変形させた。背中のボックスには、触手のようなアームが六本、そして、触覚のような短い突起が二本折りたたまれている。それが起動した。まるで僕は、昆虫を背負っているかのようである。


 触覚のような突起の双方から肩の上からエネルギー弾を各々一つ発射した。巨大なコンクリートは爆発音を上げ、飛び散った。さらには、六つの触手の先からレイザーが際限なく放ち続けられる。


 瞬く間に、巨大なコンクリートは消え失せた。砂煙が辺りを覆う。僕は言った。


「まだやるか?」


「なるほど、流石は四神と並ぶだけはある。確かにこのままでは勝ち目はないな。ハンディキャップを頂くとするか。そのスーツ、脱いでくれ」


 グリードはマオの喉元に銃口を強く押し込んだ。マオはというと、僕のために死ぬ気だ。目で訴えていた。抵抗を試みると。


「待て。動くな、マオ」


 マオを失うわけにはいかない。僕はアーマーを解除した。光に包まれるとアーマーは消えた。グリードは高笑いだった。勝利を確信した笑いだった。


「やはり、スウィートハーツは人間がお好き。特にこの女は飛び切りのお気に入り」


 グリードはご満悦である。また、声高に笑った。


 そのグリードに、突然二十人が一斉に向かう。逃れられないようグリードが引っ張っている状態なのでグリードに向かう速度は速かった。


 突進する彼らは、今日のショーに参加させられた者たちだった。当然、殺人鬼のサイモン・ギャレもいた。人の壁に点在していた彼らは、息を合したようにグリードに走り寄る。


 慌てたのはグリードだった。一人、二人と銃で撃ったが、到底間に合わない。咄嗟に人の壁全員、数百人ごと彼らを一斉に引き寄せる。そして自らは、マオと一緒に空中に逃げ、足元に向かって手りゅう弾を落とした。


 爆音とともに、団子になった人々は飛び散った。運よく助かった者もうめき声上げている。


 その光景をグリードは見下ろしていた。憮然ぶぜんとしている。今いいところだったのに二十人に邪魔された。そして、僕はというと、アーマーを装着していた。


「マオに手を出したら終わりだと思え、グリード」


 次なる手を考えているのか、それとも自分に諦めを付けさせようとしているのか。グリードは少しを持って、言った。


「もうちょっと遊んでいたかったが、分かった。負けだ、手を引くとしよう。ただし、おれの安全が確保出来るまで、この女は預かっておく。言っとくが、追ってくるな。追ってきたらこの女を殺す」


 果たしてグリードは、空中を一直線に、ドームの中心へと向かった。行先は、ドームの頂点まで届く白亜の塔。パイリダエーザのランドマークにして、政治、経済の中心。そこはまるでドームを支える柱のようで、どこにいてもその姿は見えていた。


 パイリダエーザは『楽園』と言っても、百万もの人が住む都市である。貧者もいたし、富める者もいた。


 狭い空間に何世代にも渡って暮らしていれば、住むところで自ずと階級が分けられていく。白亜の塔はまさに、権力者、統治者の住むところ、力の象徴でもあった。


 その塔の中心に、天に向かって一直線に伸びる空間があった。フライング・ヒューマノイドだけが知る天へ通じる回廊だった。グリードはそこを使ったに違いない。


 アーマーのディスプレイに映し出されていた。アクリル壁の向こう、その空に浮かぶ二人の姿を。


 おそらくマオは、驚いていることだろう。防護服も生命維持装置も必要としない。殺人的な紫外線も、汚染された空気もない。地球はすでに生命を育むだけの環境を得ていた。僕は言った。


「パーティーピーポー、聞こえるか。返事してくれ」


 パーティーピーポーは偵察衛星だった。自分を造った国家がなくなった今、存分に自由を謳歌している。


『………』


「ああ、わりぃ、ご無沙汰だった。ちょっと頼みたいことがあるんだがいいかな? 急ぎなんだ」


『………』


「まぁまぁ、機嫌直して」


『………』


「文句は後で聞くからさぁ、僕が見えるか?」


『………』


「女の子を抱えたフライング・ヒューマノイドは?」


『………』


「絶好調じゃんよ。頼む、その二人から目を離さないでくれ」


 と、その時、僕は引っ張られた。グングン上昇し、ドームのアクリル壁にぶつかるとそこで磔にされた。


 壁を挟んで真上には、グリードとマオがいる。グリードはせせら笑っていた。それが、マオとともに西に飛び立つ。


 瞬く間に見えなくなった。それでも僕は、解放されてはいない。いまだアクリル壁で磔にされている。


 どうやら僕は当分、この能力を解いてもらえないようだ。グリードが離れれば離れるほど、それに合わせて磔の僕は、アクリル壁の表面を滑って移動していく。徐々に、ドームの上部から裾の方へと下っていった。


 僕に念動力を掛けていることによって、グリードは僕が追ってくるかどうかを確認している。アクリル壁の外は、いつもと変わらず掃除ロボットがせわしなく働いていた。


『………』


「ん? 緊急! マザー、どうしたんだい?」


 マザーからの連絡だった。彼女は、宇宙ステーションだった。縦が四百メートル、横が三百十メートル、重さが二千トンの巨体で、地上から四百キロメートル離れた上空に浮かんでいる。


『………』


「え? 固体物質が向かっている? こっちへか? 五分後? 大気圏に突入!」


『………』


 宇宙に漂う天体が、ディスプレイに映し出されていた。


 陽の光に照らされて、暗黒にポツンと浮かび上がっている。五万トンと推定質量が表示された。


 もし、これだけのものが形をとどめ地表に到達したとするならどうなるか。過去の例から言うと、少なくとも地表には、直径が一キロメートル前後、深さは百メートルを優に超えるクレーターが出来上がる。それがこっちに向かって来ている。


 時速四万キロメートル。無限の宇宙に浮かぶ岩石は速度を感じられる対象物がなく、まるで止まっているかのようである。ライフル弾の発射速度は時速三千キロメートルであるから、その十倍以上の速度だ。それが五万トンの質量を持って地球と討ち抜こうとしている。敢えて言うが、落ちて来るのではない。クレーターの大きさもそうだが、その破壊力は想像を絶する。


 いくらスウィートハーツでも隕石には敵わない。グリードは、だから勝算があった。人の壁は単なる時間稼ぎ。初めからこれを狙っていた。


 星のかけらを地球の、それもこのパイリダエーザにぶつける軌道に乗せ、自分は退散し、僕はというとドームに磔だ。


 まさに計画通り。グリードは、こうなることを想定していた。念じたものは何でもとは聞いていたが、それにしてもまさかな、星を引っ張ってくるとは。


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