第6話 ドームの管理者


 僕は、目覚めた。そこは真っ暗な狭い空間で、まるで棺の中のようである。死者を弔うがごとくに入れられた黒いボックスだった。


 僕らはここで肉体を失い、仮想現実の世界に旅立った。そのボックスの蓋がスライドした。飛び込んでくる光。僕は思わず、目を手で覆った。


 何年ぶりの目覚めであろう。アズマ・リョーとして眠っていたのはたった半日ほどだが、スウィートハーツとしてはあまりにも長かった。だから、忘れていた。日の光はこんな刺激的だったと。


 手で影を造りながら、ドームを見上げる。あれは四人のフライング・ヒューマノイドたちが造った檻。人間が生息域を増やさないよう、閉じ込めて置くのが目的でもあろうが、その原因は間違いなく、この僕にある。


 身を起こすと、並んでいた幾つもの棺が全て開いていた。そこから、仮想現実に送られた人たちが這出ようとしていた。


 マオ・アオイもその一人だった。振り返ると巨大なモニター。そして、それを見ようと集まった観衆。収容人員三万人のアリーナが一杯だった。


 僕らがいたぶられるのを大勢が楽しんでいた。公開処刑であったが、実際は見世物だった。僕らは、そのショーの出演者としてここに連れて来られた。


 語弊があってはいけないので敢えて言っておくが、基本的にこれは被害者への配慮だった。だが、スポーツや音楽と同じく、このデスゲームにも熱烈なファンがいたのはいなめない。毎回楽しみにしていて今回も、チケットの売り上げは好調だった。


 その観衆が、僕らを静かに見守っていた。いや、固唾を飲んでいたに違いない。恐ろしい映像を目の当たりにしたんだ。僕の一挙手一投足が気になるのだろう。僕が、怒り出しでもすれば、このドームは終わりだ。


 けど、繰り返すが僕は、彼らに対し怒りをぶつけられる立場ではない。むしろ、このドームに閉じ込められた原因が僕であることを謝りたいぐらいだ。檻の中ではストレスが溜まり、うっぷん晴らしもしたくなろう。そんな彼らに危害を加える気持ちなんて毛頭ない。


 黒い棺から抜け出したマオは、僕に気付いたようだった。駆け寄ってくる。僕もマオに向かった。


 が、突然、マオが消えた。多くの悲鳴から、アリーナ席にマオが飛び込んでいったのが分かった。


 さっきは間違いなくマオは、僕の方に向かって走って来ていた。それがまるっきり明後日な方へ飛び、今まさにアリーナ席の中を突き進んでいる。それはまるでウインチに引っ張られているようで、まったく止まる気配を見せない。


 観客をなぎ倒し、並べられたパイプ椅子を吹っ飛ばしていく。それがようやく止まった。ぐったりとしているマオ。その髪を掴んで立たせたのはスーツ姿のカッシーニ・ジタン。


 僕と同じフライング・ヒューマノイドだった。やつの本当の名は、“グリード”。強欲という意味だ。


 引き寄せることがやつの能力なのだが、重力を操っているわけじゃぁない。意志の力だけで物体を自在に動かす、いわゆるサイコキネシスであるが、やつの場合、引き寄せることしか出来ない。


 その能力が馬鹿の一つ覚えのようで、しかも、何でもかんでも引き寄せる様から“グリード”と呼ばれていた。


 グリードは、壇上にいる警官の腰から銃を引き寄せた。そして、ほとんど伸びているマオの喉元にその銃口を突き立てた。

 

 引き寄せる能力者。つまりはそういうことなのだ。パトリック・ローランドは、たまたまこのドームの上空を通りがかり、たまたまこのグリードがドームの管理者だった。


 面倒なことになった。観客としてまさかグリードもここに来ていて、死刑囚が苦しむ様を楽しんでいたとは。


「アーマー転送たのむ」


 光子が集まってくると瞬く間に、僕の体は強化スーツにまとわれた。


「おおっ、その姿! 素晴らしい。まさしく、スウィートハーツ」


 そう言うとグリードは仰仰ぎょうぎょうしく、全時代の貴族風に礼をした。


「これはこれは、御光臨を賜りまして、嬉しい限り」


 騎士か、王族のつもりか? 


「腹にもないことを」


「いいや、心からそう思っていますよ。だってねぇ、あなたを倒せば、このおれは一挙に四神と肩を並べられる」


「僕を倒す? まぁ、おまえがそう思うのは勝手だが、おまえのその勝手、ザンゲが許すと思っているのか」


「さぁな。だが、四神はあなたを恐れていた。そのあなたを倒せば四神は、おれを認めざるを得ない。忘れたか? おれたちにとって力が全てなんだ」


「強欲とはよく言ったものだ、グリード。神の地位を欲したか。だがおまえ、それでは身を亡ぼすぞ」


「ご心配なく」


 グリードがそう言った瞬間、壇上にいた死刑囚ら全てがグリードへ向けて飛んで行った。


 人質に取ろうというのだろう。スタンドもアリーナ席も観衆は、パニック状態に陥った。人を押しのけ、我先にと逃げ惑う。果たして、残ったのはグリードと何百人もの観客だけだった。


 彼らは動けないでいた。逃げようものなら、グリードに引き寄せられる。グリードとマオがいて、五メートルほどの距離を置き、数百の人々が円を描いて立っている。


 舞台から降りて、僕は言った。


「人の壁と言うわけか? グリード」


「いや、もっと楽しいものだ」


 突然、背中から、バスケットボールほどのコンクリートが飛んできた。


 アーマーのディスプレイは三百六十度カバーしている。反射的に、そのコンクリートから逃れた。しかし、僕は忘れていた。避けたコンクリート片はグリードに向かっている。それは何を意味するか。


 グリードを取り巻く人々の中に、深く突き刺さっていった。断末魔の叫びと、それを目の当たりにした観衆の悲鳴。


 だが、観衆は逃げようにも動くことができない。かといって向かって行こうにも、グリードの手には銃がある。


「スウィートハーツ、気を抜くな」


 五つほどのコンクリート片が飛んできていた。グリードと僕を結んだまっすぐ後ろ、その直線上の軌道だった。


 一見、重力を操っているかのようである。だが、人の壁や僕を引き寄せることもなく、その向こう、コンクリート片だけを引き寄せた。やはりグリードは念動力者。しかも、相当偏った。


 僕が避ければ被害が出る。だが、この程度で僕を倒そうというのか? 


 こんなの、避けるまでもない。これで十分と僕はこぶしで次々と迎撃していった。果たしてどのコンクリート片も、粉々に砕け散った。


「スウィートハーツは人間がお好き。噂は本当だったようだ」


 グリードは声を上げて笑った。そして、今度は巨大なコンクリートの塊、スタンド席を土台からまるごとである。それが、モニターと舞台を破壊してこっちに向かって来ていた。


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