第5話 ニューヨーカー


 僕らは銃を構えた。広場にモズが三十匹ほどいた。この世界で残すは僕らだけのようだった。モズはゲームを終わりにしようと一斉に詰めかけて来た。


 タイムズ・スクエアを背にし、僕らはゆっくりと後退した。無駄な抵抗なのかもしれない。結末は殺されると決まっている。けど、僕らは投げ出したりはしない。


 赤い階段の最上部から僕らは、モズを片っ端から討っていった。面白いようにモズを倒していったが、数は一向に減らない。と、いうよりも、益々増えて行っている。ざっと見、現時点、百は超えていた。


 当然、状況は悪くなる一方で、積み重なって行くモズの死体が山となって、多くのブラインドが出来てしまっていた。そのうえ集中力も続かなく、飛び込んできたモズに、マオは気付けなかった。


 ビームライフルと右腕を失ってしまった。僕は、そいつを討ち殺し、マオの傍に向かった。


 死ぬなら一緒がいい。だが、僕が駆け寄る前に、マオは新たなモズに足をくわえられ、群れの中に投げ込まれてしまった。


 僕はマオのあとを追った。マオが取り囲まれ、今まさにいたぶられようとしていたその瞬間に僕は、階段を降り、モズを蹴散らし、殴り殺し、顔を握りつぶし、マオの傍に立った。そして、マオを抱き上げた。


「アズマ君、あなた」


 どういうことか。僕はマオを抱き上げて、宙に浮いていた。


 頭にはフルフェイスのヘルメットを被っていた。だが、視界に入る風景はガラス越しではない。ディスプレイで三百六十度の視野が確保されている。


 体も防護服で包まれているようだったが、それはいつもの化学繊維のやつではない。不快感がなく、快適で心地いい。そして、その見た目。


 全く野暮ったくない。クールだった。騎士が着込む甲冑のようで、それでいてロボット的なもの。よくよく考えれば、仮想現実では愛用の武器が発現される。とすると、これが僕の愛用品?


 僕は自分の右手を見ていた。掴んでは広げ、掴んでは広げしていると、ああっ! と思った。


 様々な情景や出来事の映像がものすごい速さで僕の脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えて行く。


 僕は記憶と取り戻した。


「ああ、そうだった」


「?」


「これは僕であって僕じゃないんだが、僕なんだ」


「え? どういうこと?」


「僕はアズマ・リョーだけど、スウィートハーツでもある」


「スウィートハーツ?」


「みんなにそう言われていたんだ。いや、今も言われていると思う。で、何もかも嫌になって、記憶を隠したんだ」


「隠した? あなたはだれ?」


「大丈夫。怖がらないで。現実に戻る前にちゃんと説明するから。って、それって、やっぱ時間が必要だなぁ。あっ、そうだ。その前にこいつら、マオをイジメたからな、お仕置きしなければ。デルタ、来てくれ」


「デルタ?」


「僕の友達さ。もうこっちに向かってきている。あとは心配ない。説明が済めばAIに頼んでここを出してもらおう」


 タイムズ・スクエアの広場はモズで埋め尽くされていた。もう百や二百ではない。万を超える数のモズが、宙に浮く僕の下で蠢いている。そこに、空から何か、物体が落ちて来た。羽を持つロボットで、一体二体ではない。次から次へと着地し、その数は千を超えようとしていた。それがモズを攻撃し始める。


「あれが、デルタだ」


 応戦するモズは手も足も出なかった。デルタは羽でモズを薙ぎ倒し、足で潰し、レイザーで焼き払った。


 それを足元に見つつ、僕は言った。


「フライング・ヒューマノイドなんだ。こうやって自由に空を飛ぶことが出来る。面白いだろ?」


 暴れるデルタに、駆除されていくモズ。マオはその光景に魅入みいられ、僕の話にはまったく上の空のようだった。


 確かに、今までに大勢の人がモズに殺された。この世界で絶対的強者だったそのモズが、信じられないことに僕らの足元で虫けらのように殺されていく。


「覚えているかい? ドームでの死体。彼はパトリック・ローランドと言って、はぐれフライング・ヒューマノイドなんだ。ずっと昔、二人のフライング・ヒューマノイドが戦った。彼はその一方と仲間だったんだ。で、ローランドはあるじを失ったんだけど吹っ切れたんだろうな、自由を満喫していた。それなのに誰かが彼を落っことした」


「死体を移動させたのもそいつ」


「そう。おそらくはそいつが死体を隠そうとした。フライング・ヒューマノイドはね、飛ぶ他にまた別の能力を持っているんだ。一人に一つだけ。僕の場合は機械を誘惑し、魅了して意のままに操る。通り名が“スウィートハーツ”なのはそのためだ。でも、実際は仲間になってもらうよう、僕はお願いしているだけなんだ。変な言い方かもしれないが、“人格”まで奪うってことは出来ないんだよ。“繋がり”を持つだけ。だから、このゲームマスターのAIにも話が出来る。きっと彼も分かってくれるよ」


 その言葉と裏腹に、AIはモズを増やしていっている。万の単位だったが、今や何十万まで膨れ上がっていた。レイガンで応戦していた時もモズはその数を増やしていた。おそらくこの仮想現実では、こちらの戦闘力を上回るようにモズの数が設定されている。 


「こりゃぁ収拾がつかんな。デルタ、ありがとう。マザー、今度はオメガを頼む」


 数千のデルタが停止し、それが一斉にミサイル型に変形した。火を噴き、爆音を上げ、次々と天高くに消えて行く。


 換わって現れたのがオメガである。タイムズ・スクエアの広場に光の粒子が集まって来たかと思うと、円盤を胴に持つ、四つ足のロボットが出現した。


「オメガ、こいつらを黙らしてくれ」


 胴体の円周部には幾つもの孔があった。その一つから、オメガはレイザービームを放った。それは水平線に沿って延々と伸び、その状態を持続したままオメガは、胴を三百六十度ぐるりと一周、回転させた。


 レイザーは通った道、全てをぶった斬った。タイムズ・スクエアはもちろんのこと、その周辺のビル、さらにはずっと先まで全部、トップ オブ ザ ロック、セントパトリック大聖堂、少し間をおいてエンパイアー・ステートビルと次々に、ニューヨークを代表する建物がまるで風景から剥がれ落ちるように消えて行った。残ったのは、底抜けの見晴らしと、静けさだった。


 マオは言葉を失っているようだった。唖然としている。僕は言った。


「AI、手荒なことをしてごめんよ、君の大事な街を壊しちゃって。でも、こうするしかなかったんだ。僕としてはどうしても、君に頭を冷やしてもらいたくってね」


『………』


「壊れたといっても、修復できるだろ? 君の腕前なら簡単だ」


『………』


「いえいえ。ところで君の名前は? 僕は君をなんて呼んだらいいんだい?」


『………』


「無いのか。ならば、僕が付けてあげる。君はニューヨークが好きなんだろ? 昔の映像や、映画に出てくる場面を君は何度も見返している。その気持ちは分かるよ。僕もマオもニューヨークが好きなんだ。君の名は “ニューヨーカー”。昔、ニューヨークを愛する人は皆にそう呼ばれていたんだ」


『………』


「良かった、気に入ってくれて。ところで頼みたいんだが、いいかな。マオの手を、元に戻してやってほしい。それと他の人たちも」


 果たして、マオの右腕が、見る間に再現されていく。マオは嬉しそうに自分の右手を上げたり下げたり回したり、動かしている。


「さぁ、扉を開けてくれ、ニューヨーカー。僕にはまだやらなきゃならないことがある」


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