第4話 再会


 ここに送られてくるのはほぼ全員、殺人犯だった。そのため武器は人を殺めた凶器である。この男の場合はノコギリだった。幅広のタイプのものが好みだったのだろう、それが忽然と手に現れた。


 おそらくは、その用途から死体の解体に使ったものであろう。ところがそれを、男はすぐに捨てた。


刑罰から逃れるつもりはないとの意思表示であろうが、モズにとっては関係ない。男の前まで行くと前脚を大きく上げ、立ち上がって男を威嚇した。男はというと、やはり驚いた。後退あとずさって尻もちを付く。 


 モズは、男に覆い被さるように倒れていき、ドンと左前脚で男の胸を押さえつけた。男は、やはりモズにやりたいようにさせるつもりだったようだ。まったく抵抗するそぶりを見せていない。だが、モズが男の左腕を食いちぎると、男は豹変した。


 右手には千枚通しが握られていた。小さな穴を開ける文具であるが、男はそれを何に使ったというのだろうか、逆手に持ってガツガツとモズの頭を突きさした。


モズはというと左前脚で男を地面に押さえつけたままで落ち着き払っている。鱗の防護でまったくダメージがないようで、別段慌てる様子もなく、男の左肩口をかみついたかと思うと、地面から男を引っ張り上げ、二、三度首を振って男を投げた。


 落下したところが砂山で、男はダメージが少なかったようだ。地面に打ち付けられてもすぐに立ち上がって身構える。その手には、大出刃の包丁が握られていた。真っ向勝負を挑むか、と思ったら何のことはない。男はモズに背を向け、走り出した。


 足元は砂地で、しかも左手を失っている。どうもバランスが上手く取れないようだった。いや、元々がそれだけの走りだったのかもしれない。動きの割にはまったく速度が出ていないのだ。


 すぐに足を失った。そもそもモズは、先ずは足を狙う。動けないようにして獲物をいたぶるのだが、やっと本来の仕事が出来るとあって生き生きしているように見える。地面でむやみやたらに包丁を振り回し、泣き叫ぶ男を眺め、周囲を悠々と円を描いて歩いている。


 ふと、僕は、男の名前を思い出した。サイモン・ギャレ。ああ、そうだったと思った。


胸のつっかえが取れたような気がした。これ以上は眺めていても仕方がなかった。そもそも助ける気持ちは毛頭なかった。刑を受け入れたように見せても、やはり彼の性根は全く変わらなかったのだ。


 パンテオン風の柱の陰を伝って、僕はその場を離れた。目指すはタイムズ・スクエアである。中央郵便局の裏手に回って9thアベニューを走り、ウエスト42ndストリートを右に折れ、7thアベニューを北に向かう。


 エンパイアー・ステートビルやトップ オブ ザ ロックが、ビル群の間からちらほら見える。荒廃したその姿はまるで丸刈りにされたプードルのようで、威厳も何もあったものじゃない。が、歴史の重みは十分に伝わって来る。前時代、人々はミッドタウンに来ると誇らしげに見上げたことであろう。


 とはいえ、サイモン・ギャレには悪いことをしたと思う。だが、本人が望んだことだし、モズにやられているのと同じことを自分は若い女の子にやっていた。言うなれば自業自得。僕は、自分の腰にあるレイガンに手を当てた。


 まだしっかりと、レイガンはあった。サイモン・ギャレのおかげで愛用のレイガンが腰に戻って来たのだ。彼がモズに襲われた時、傍観していた僕も恐怖を感じていたのだろう、腰にホルスター付きで現れた。そのレイガンを引き抜き、僕は振り返って引き金を引いた。


 モズがいた。サイモン・ギャレをくわえ、国連ビルに行く途中であったのだろう、ウエスト42ndストリートに入った時に匂いか足跡かで、僕の存在を察知した。あるいは、中央郵便局ですでに僕の存在を知っていたのかもしれない。


 おそらくモズは、鱗のあの形状からして銃弾なら貫通させなかったに違いない。弾いて後ろに受け流してしまうのだろう。当然、ゲームマスターのAIはそれを想定していた。レイガンは軍にしかないのだ。


 果たしてレイザーは、モズの脳天を貫いた。瀕死のサイモン・ギャレを口から離し、モズはばたりと砂煙を上げて横に倒れた。


 僕は一刻を争っていた。どうしても、マオ・レイに会わなくてはいけない。サイモン・ギャレなぞに構ってられなかった。会えるとすれば、タイムズ・スクエアだ。


 パイリダエーザにもそれを模したストリートがある。やはりそこもY字交差点で、周辺もタイムズ・スクエアと同じように劇場街だった。ビルボードとネオンが見渡す限りビルの壁に飾ってあって、僕とマオはそこで、年越しを祝った。付き合って間もない頃のことだった。


 Y字交差点の三角地に立つビルのモニター。カウントダウンの数字がどんどん小さくなっていく。十万人の人々が一斉に「ハッピーニューイヤー!」と叫ぶ。花火が花開きと紙吹雪が舞う。


「知ってる? アズマ君。本物のタイムズ・スクエアには世界中から百万もの人が集まったのよ。ほとんどが恋人たちで、新年を迎えたらキスするの。最愛の人とそうすれば良い年明けになるって、氷点下の極寒で十時間も場所取りしたそうよ」


「そりゃ大変だ。けど、僕もマオのためなら極寒だろうと灼熱だろうと関係ないよ」


「言ったわね」


 そう言うとマオは笑った。嬉しいのもあったろうが、僕にそんなこと出来っこないという笑みでもあった。


 マオがそれを覚えていたら、落ち合う場所はタイムズ・スクエアしかない。彼女も僕が待っていると思ってそこに行くはずだ。


彼女はビームライフルを愛用していた。きっとそれが役立っている。道中、モズに襲われたとしても必ずタイムズ・スクエアに来てくれる。


 だが、マオが死刑を受け入れたとしたら。いや、それはない。そもそも彼女の方が僕に言い寄って来たんだ。「あなたは他と違う」と言って。初めてベッドをともにした時も、「本当のあなたを見せて」と言った。


 彼女を満足させることが出来たかどうかは分からない。「どうだった?」と聞いたが、笑顔が返ってきただけ。それから察するに、思った感じと違ったようだ。けど、マオはなぜか、こんな僕をずっと特別な人だと思ってくれている。運命の人というのだろうか。彼女は少し思い込みが激しいところがあった。


 そんなマオが僕に会わずして先にくことはなかろう。彼女は僕以上に、僕を信じている。


 目的地のタイムズ・スクエアは、前時代の巨大な墓標となっていた。広場には銅像が二体あり、手前が文化人で、奥が聖職者。その先には、多くの人が腰掛けられるほどの赤い階段があり、そして、タイムズ・スクエアがある。


僕は警戒しつつ身を低くして手前の文化人の銅像に張り付いた。さらには、聖職者の方へ渡ろうか、と思ったその時である。


 聖職者の像は、墓標のような、限りなくIの字に近い十字架を背にしていた。その向こう、赤い階段に人影が見えた。ビームライフルを膝に置き、女が座っていた。


 マオだった。彼女もすぐに僕の存在に気付いたようだ。僕らは駆け寄って抱きしめ合った。そして、キスをし、また、抱きしめ合った。どれくらいそうしていたのか、マオは僕を、ゆっくりと引き離した。


「覚えてる? 死体がロボットから五十メートルも離れていたの。わたしたちが死体を見つけるまでの短い間に、きっと誰かが死体を移動させた。それが出来た者が犯人。そいつは、空から人が落ちて来た理由も知っているし、防護服無しで外を歩ける秘密も知っている」


「ああ、僕らは死ねない。ドームに帰ってそいつを見つけなければ」


「ええ。二人で」


「ああ。僕ら二人で」


「約束よ」


「ああ。約束だ」


 僕らは、約束のキスをした。そして抱き合い、温もりを感じ合う。唐突にマオが、僕らの思い出を話し出す。一緒に食べたアイスクリームが美味しかったとか、あの映画が泣けたとか、総じて、何でもないことばかりだった。


 おそらくは、自分の精神が崩壊しないように、自分自身を確かめる必要があった。それは僕のためでもある。ふと、マオは話を止めた。マオの体から緊張感が伝わって来る。僕は言った。


「来たのか?」


「ええ」

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