第2話 いわれのない罪


 あの日は、僕とマオ・アオイ准尉は二人で、清掃ロボットの動きをコントロールで監視していた。


 僕らの部隊は清掃ロボットの運用が仕事で、担当区画はドーム南面。三百台の動きをモニターし、問題があったらドームの外に出て対処するというものだった。


 クリスマスイブでもあった。古くよりの慣習で多くの人達はどこかに集まって飲んで騒ぐ。恋人たちは愛を語り合い、恋人がいない者はロマンスを探す。


 僕は志願して、この日の宿直当番となった。上官のマオ・アオイ准尉も任務につくという。僕らはいわゆる、恋人同士であった。


 だが、それは公然の秘密である。これだけは言っておきたい。僕らはいつも職場でイチャイチャしていたわけではない。よそよそしすぎて他の隊員に、別れてしまうんじゃないかと心配されるほどだった。


 だから、僕が宿直を志願するのは彼らにとって嬉しいことであり、織り込み済みのことでもある。彼らは気兼ねなくイブのスケジュールを入れることが出来たし、僕らはというと、やはりイブの夜を楽しんでいた。清掃ロボットを示す赤いライトをモニターしつつ、音楽を聴き、シャンペンを開け、ダンスをし、キスをした。

 

 たったそれだけだった。それ以上はお互い気が引けた。モヤモヤというか、悶々とする感情を押さえつけ、何とか明け方まで過ごすことが出来た。それでも、交代を待ちきれずに、僕らはソワソワしていた。そんな折である。モニターが警告表示を出した。


 三百台の内、一台が故障したらしい。システムを詳しくチェックすると、清掃ロボットはドームの表面にはなく、地表に落ちているようだった。アオイ准尉は状況を確かめるべく、ドローンを飛ばした。


 結果がどうであれ、状況を掴めば、後は交代に任せるつもりであった。僕らはモヤモヤした気分を早く解消しなければならなかった。三百台の内の一台だった。一分一秒争うことはない。いや、むしろ、僕らの方が一分一秒争っていた。


 幸運にも、すぐに清掃ロボットの状態を知ることが出来た。映像には、砂漠に転がる清掃ロボットが一体。平面の丸型で、その円周に沿ってブラシあり、手が四本ある。


 胴体の下には吸盤があり、それを使って掃除ロボットはドーム表面を移動する。先ずは手のワイパーブレードがこびり付いた砂を落とし、胴に着いたブラシが回転しアクリル壁を磨く。あとはアクリル壁を吸着し、移動するという仕組みだった。


 マオ・アオイ准尉が言った。


「アズマ君、あれ」


 ドローンから送られた映像には不可解なものが映っていた。ドームのアクリル壁に赤い線が引かれているのだ。


 ロボットが落ちたのと関係しているかもしれない。アオイ准尉はその線に沿ってドローンを上昇させて行く。途切れ途切れだったが、七百メートルの地点までその線が確認できた。


「上の方がひどくない?」


 確かに上に行けば行くほど赤い線は濃く、幅を広げていた。だがそれが、何を意味しているのか分からない。外は防護服を着ないと出られないし、ドーム表面はツルツルで傾斜がきつい。


 掃除用ロボットにしたって、アクリルに張り付いている如何なる異物も排除せんとせわしなく動き回っていた。


 当然、悪戯なんて考えられないし、あの時もいつもと変わらずロボットはせわしなく動き回っていた。掃除ロボットが稼働しているからには、映像で見たそれより上の赤い線は、すでに拭き取られたとも考えられる。それどころか、今ある赤い線は、この数十分内で全て消えて失せてしまう。


 僕は言った。


「ロボットを止めましょうか?」


「いいえ。ロボット一台位ではね。止めるなら何か他に材料が必要よ。ロボットの周りを調べてみましょ。なにか分かるかもしれない」


 マオ・アオイ准尉はドローンを降下させ、落ちた掃除ロボットの周囲を旋回させた。


 風が強くなってきたのか、砂煙が舞っている。早く何かを見つけないと赤い線は清掃用ロボットに全部消されてしまう。地表にあるかもしれない何らかの証拠も、砂に埋もれてしまう可能性だってあり得る。


 事の次第によっては最悪、ドームの外に出なければならない。果たして僕らは、新たな事実を見つけることが出来た。


 掃除ロボットから五十メートルほど離れた地表に、人のような形の物がある。横たわっていて、防護服を着ていない様子からアンドロイドか、人型ロボットなのだろう。


 原因はそれか、と言いたいところだがやはり、僕らは釈然としなかった。


 ドームに着いた赤い線といい、何でアンドロイドが横たわっているのか、正直腑に落ちなかった。僕らは赤い線が何か、アンドロイドとそれがどういう関係なのか、それを確かめなければならなかった。


 結局、防護服を着込み、生命維持装置を背負ってドームから出た。


 僕らは砂漠をドームに沿って歩いて行く。先ずは赤い線のサンプルを取り、それから地表の状況を確認するべく、横たわっている人の形をした物へ向かう。


 行ってみるとそれが何かすぐに分かった。驚くことにそれはアンドロイドでもなく、人型ロボットでもない。僕らは顔を見合わせた。ぐちゃぐちゃになった遺体。れっきとした生身の人間だった。


 ドームに付いた赤い線は、おそらくは血。遺体の血と照合すれば赤い線の正体はすぐにでも分かるだろう。


 マオは死体が砂に埋もれないよう目印に、愛用のビームライフルを遺体の傍に刺した。それからドームに帰還すると僕らは、サンプルの提出とその一部始終を上官に報告した。


 だが、思いもよらないことに、その場で僕らは拘束、連行された。別々に監禁され、軍事法廷にかけられて、仲間殺しの罪で死刑の宣告を受けた。僕らは、見てはいけないものを見てしまったんだ。





 僕は今、ニューヨークのミッドタウンにいる。おそらくここは、中央郵便局だろうと思う。建物と同じ幅ほどの、広々とした階段を上ると、ローマの寝殿を模した巨大な柱が横一列に並んでいた。


 正面はマディソン・スクエア・ガーデン。壁になっていたガラスは全て割れているために、左側半分は砂に侵入され、埋もれてしまっている。確かペンシルヴェニア駅と併設されていたはずだ。


 とすると、その向こうにはエンパイアー・ステートビルがあり、左手前方にはロックフェラー・センターがあり、トップ オブ ザ ロックがある。


 エンパイアー・ステートビルは、クリスマスとか記念日になるとイルミネーションされたというし、トップ オブ ザ ロックはニューヨークの中央にあるからマンハッタン島全域をほぼ一望できるという。


 歴史の時間に習ったことが今になって役立ったわけだが、皮肉なものだ。僕はというと防護服も生命維持装置もなしにニューヨークに放置されている。


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