ザ・スウィートハーツ ~死刑がVRMMOで執行される世界~

悟房 勢

第1話 死刑宣告


「主文。被告人を死刑に処す」


 僕は耳を疑った。カッシーニ・ジタンは判決理由を読み上げる。内容は全く頭に入って来なかった。体から血の気だけが引いていくのが分かった。


「極刑は慎重にされなければならないことを十分に勘案してみても、被告人に対し、極刑をもってのぞむことはやむを得ない」


 カッシーニ・ジタンはそう結んだ。法廷は静まり返っていた。僕と目を合わせようとする者は誰もいない。められた。判決は初めっから決まっていた。


 僕は、死刑になる。引いていった血の気が逆流した。


「うそだ!」


 大声を張り上げていた。証言台で身を乗り出して裁判の無効を訴えているところを、多くの警備兵に抑え付けられた。カッシーニ・ジタンはガベルを二回叩いた。そして、本法廷はこれをもって閉廷する、と決まり文句を一言言い放って、何もなかったように法壇から引き揚げていった。






 高層ビルのほとんどが倒壊していた。ストリートは砂に埋もれ、風向きによってだが、時折その姿を覗かせる。


 辛うじて姿が残されたのは、ミッドタウンのビル群だった。それでも砂を含む風はまるで表面加工のサンドブラストのようで、コンクリート壁や鉄筋を執拗しつように研磨していく。


 砂塵はいずれはミッドタウンのビル群ごと地表から削り取ってしまうだろう。世界都市ニューヨーク。そこはもはやゴーストタウンを通り越し、忘れられた遺物と化していた。


 劇的なる天候の変化、殺人的な紫外線、大火山の爆発、太陽風、放射能汚染。選ばれた者らはどこかの地下深くで冷凍睡眠し、地球の環境が改善するのを待っている。


 そうでない僕らはというと、地表を歩くにしろ、街を眺めるにしろ、防護服に生命維持装置を背負うという姿を余儀なくされる。


 一度崩れた環境バランスは僕が生きている間に回復する見込みはなく、おそらくは千年、二千年を要するだろう。


 といっても、不自由しているわけではない。この時代に生まれた僕にとってはこれが当たり前なわけで、防護服を着ないで外を歩くなんて考えられない。


 ―――パイリダエーザ。それはアクリル壁で都市を覆った巨大ドームで、内部面積は約百八十平方キロ、直径は十五キロメートルもあった。


 居住人口は約百万で当然、生命を維持する施設は完備され、そのエネルギー源はアクリル壁に埋め込まれた太陽光パネルから集められた。


 世界が崩壊し、逃げ惑う人々を救ったのが、このドームであった。優れていると認められた人達はすでに地下に逃れ、名も無い者たちは死を待つだけだった。そんな時、このドームの存在が人々の間で知れ渡った。


 誰が作ったのか分からない。最初にその存在に気付いた者も誰かは分からない。ラジオの短波で延々と繰り返される緯度経度とパイリダエーザという単語。パラダイス、パラディース、パラディ、パラディゾ、どれもが『楽園』を表すヨーロッパ言語であったが、その全てが古代ペルシア語のパイリダエーザに由来する。


 地表に取り残された人々にとって、この『楽園』は希望となった。大都市を捨て、農場を捨て、漁港を捨て、人々はそこに向かうのである。一説には、このようなドームは世界に四十個ほどあるとされている。


 しかし、不思議である。誰が何のために作ったのか全く分からないのだ。植物の種を地中で保管するように優秀な人材は今もどこかの地中で眠っている。


 彼らはさよならを言わず、人知れず、姿を消していったのだ。良心のかけらもない彼らが、名も無いか弱き者のために置き土産をしたとは思えない。


 それ以前に噂はあった。地球の環境が劇的に変化したのは二酸化炭素の排出が原因でもないし、地軸の傾きにズレが生じたわけでもない。もちろん惑星直列や太陽フレアでもない。どこからともなく聞こえてきた話によると神々が戦っていたのだという。


 科学が発達し、進化の秘密が解き明かされようとしていた時だった。ほとんどの者が、自分たちが神の創造物でないことを知っていた。だが、巨大なドームを目の当たりにして思うのである。本当にそうだったのかもしれないと。


 まことしやかに語られた話によると神々は、そもそも六柱だったらしい。未だ信仰を怠らないカソリックらは六大天使と呼んでいるようだが、その六柱の内、二柱が結託し戦いを始めた。彼らの主張は人類を滅ぼせであり、一方がその主張に反対した。


 二柱が始めた戦いは、人類に甚大な被害を及ぼした。ドームはというと、残り四柱が人類を守るために造ったとされている。


 伝説では、一柱が造ったドームは十個。四十あると言われるのはそこにある。僕の住むパイリダエーザの人々は四柱の内おおむね、ほむらの剣を持つザンゲを信じていた。一つ付け加えるなら、地下に逃れた人々は、人類を滅ぼせと言い出した二柱に葬られた。 


 信仰の自由は保障されていた。キリスト教徒もいたし、仏教徒もいた。ただ、どの宗教も独自の解釈でザンゲを信仰に組み込んでいた。このドームはザンゲの所有物で、その恩恵にあずかっているのだとパイリダエーザの人々は信じて疑わなかったのだ。


 自由は宗教だけではない。パイリダエーザは民主主義国家であった。選挙が行われたし、三権分立もなされていた。


 マスメディアもあり、公共、医療、社会インフラなどの行政サービスも整備されていた。ドームは前時代の人類のいとなみを保障してくれていた。


 軍隊もあった。といっても、ほとんど名ばかりであり、マスメディアはというと、そのまわしさを絶えず民衆に訴えていた。


 まぁ、それも仕方がないことである。もし戦うとなれば、別のドームということになる。古い記録によると、一番近いドームで四百七十キロメートルもの距離があった。


 百年以上前に、短波で緯度経度が発信された。その時、幾つかのパイリダエーザの場所を書き留めた人がいた。歴史博物館に行けばガラスケースの中にそのノートを見ることが出来る。


 ともかく、戦争をしないのに軍隊とはおかしい。もちろん、こちらから仕掛けることはない。憲法でそれはハッキリと明記されている。専守防衛をむねとし、その職務は救出活動や雑用だった。


 ただし、その全てはドームの外で行われる。火事や災害は消防の仕事だったし、犯罪者や反社会組織などの対処は警察の仕事だった。


 人々の軍隊に対するイメージはドームの外に出れる人、そんな程度のものであったろう。だから、マスコミは解散というよりも、その名称の変更にこだわった。


 軍隊というからには、兵士は武器を携帯していた。腰に下げている銃はレイガンだったし、重ブラスターを背負うことだってある。マスコミはそれを奪い取りたいのかもしれない。


 確かに、武器を使ったという事例は聞いたことがない。ドームの外は見渡すかぎり砂ばかりで、襲って来る者どころか、生物という生物はおそらく死滅している。


 少し前に、ドームの外でネズミのようでネズミじゃない、尾が毛でフサフサの小動物を見たと言ったやつがいた。上に報告したようだが、その後で精神鑑定を受けたようだった。まぁ、まかり間違って生物がいたとしてもその程度だ。やはり、レイガンなぞ必要としない。


 統合幕僚長にカッシーニ・ジタンという人物がいる。もう六十五歳とされるが四十年ほどその地位にいる。マスコミはこの人物も辞めさせたいようだった。いや、実のところ、彼を辞めさせたいのがマスコミの本音なのかもしれない。


 軍は弱小組織であり、隊員は三百人ほどだったこともある。予算は他の省庁と比べて格段に低額だった。


 時の政府に影響を与えるほどの存在ではない。だが如何せん、カッシーニ・ジタンの在位期間が長すぎた。ただ飯食いは税金の無駄遣いというわけだ。


 彼はほとんど、マスコミの前に姿を現さなかった。それは身うちにも変わりない。僕が初めて彼を見たのは数週間前、軍事法廷の場であった。金髪で、青い眼。パイリダエーザでは見かけないので人の目を引く。ドームの大多数がスパニッシュや黒人、そして、アジアンばかりであった。


 その見た目がいけなかったのだろう。マスコミは金髪碧眼を、我々を捨てて行った人々の典型例に挙げていた。


 ちょっと驚いたのは年恰好としかっこうである。マスメディアやネット界隈でちょくちょくその画像を目にしていた。てっきり若い時の写真だと思っていたが、軍事法廷に現れた彼の姿は写真とそのまんま、驚いたことに四十歳前後だった。


 別に辞めさせるとか、僕にはどうでも良かった。噂だとカッシーニ・ジタンは六十六となる来年の四月に退官すると言われていた。後任も決まっているという。別組織からやってくるそうだが、誰なのかは全く分からない。


 当然、下級兵士の僕にはあずかり知らないことだったし、知ってどうなるというものでもなかった。そもそもカッシーニ・ジタンになんて興味がない。僕の頭はもっぱら恋人のマオ・アオイのことでいっぱいだった。


 彼女は黒髪で黒い瞳の、小柄で引き締まった筋肉質の、例えるなら体操の選手のような体つきの女性だった。もし、まかり間違ってカッシーニ・ジタンに、「ご苦労様」と声を掛けられたとしたって、以前の僕だったらどの上官にもするように敬礼をするだけ。何の感慨もくことはなかった。


 けど、僕は、カッシーニ・ジタンに怒りを覚えた。彼は軍事法廷で、何もしていないこの僕に死刑宣告をした。


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