塔のある家 眞人とアオサギ(男)

 「主人公と〇〇の関係」を軸に語っていくのだと「はじめに」に書いた通り、まずは眞人と、彼を塔の世界に導く案内者、アオサギ(アオサギ男)の関係について話を始める。関係とはここでは、最終的には「許容」ないしは「受容」に至るまでの関係性と言っていい。この物語は少年が他者を受け入れられるようになるまでの成長譚なのだから。そして、その一人目がアオサギであるのだから。


 結論から先に書くと、作中を通して、眞人とアオサギ男は同一、または対となる存在だと思われる。例えば、それは以下のように描写される。


 ・眞人が家に来たことで初めてアオサギが屋根の下へと侵入する。


 ・両者とも普段は「美しく力強い」姿を保とうとしている。


 ・アオサギ男は後の場面で眞人との言い争いについて「これは喧嘩ではない」と発言する。



 また、同時にアオサギ男は、以下のように眞人の「悪意に近い部分」を象徴する存在である。


 ・帰宅した父親とナツコのキスシーンを(故意ではないにしろ)覗いてしまう眞人の寝間着は「覗き屋のアオサギ」同様の青色である。


 ・眞人は大人からの注意について、素直な返事はするもののそれを守ることはほとんどない(塔に近づいてはいけない、何があったのか正直に答えなさい、無理しないで寝ていなさい、人形に触ってはいけない、石を拾ってはいけない……)。



 眞人は基本的には礼儀正しく、外見も「綺麗」であるし、他人の感情の機微にも(ある程度、年齢相応には)気が回る善良な少年である。しかし、一方で彼には大人の言うことを聞かず、バレないように自分のしたいことをしたり、嘘で誤魔化したり、ナツコの部屋から勝手に持ち出した煙草で使用人の老爺を買収したりといった、目的のために手段を選ばない面もある。


 また、同年代の複数人との喧嘩では対等以上に渡り合うなど(父譲りであろう)気性の強さも持ち合わせている(※1)。この気性については自省の意味で頭につけた傷と、それに対する自己言及によってもはっきりと「悪意の現れ」であることが示される。


 眞人にとってそのような自分の悪意、狡さや強さは決して好ましいものではない。

 だから、彼ははじめからアオサギ男に対していい印象がない。

 木刀を向け、刃を向け、弓矢を向ける。言い争いも絶えない。


 一方のアオサギ男も、眞人を塔の世界に呼び込むにおいて手段を選ばなかった。母親が生きていると嘯き、騙して連れ込み、偽物の母親を用意して気を引き、眞人を「食っちまおう」とした。この「手段の選ばなさ」自体を、だと言うこともできるだろう。その険悪な関係性に変化が現れるのは「呪われた海」で再会した後、アオサギの嘴に自らが空けた穴を塞いでやる場面になってからだ。かつてアオサギ男に向けられた肥後守の刃は、ここでは彼の嘴を治す道具に反転する。アオサギ男の側もそれに応じるように、インコに食われてしまった鍛冶屋の家においては眞人のために危険を犯してインコを「騙して気を引く」。かつて眞人にそうしたように。これは結果としては徒労に終わったのだが、アオサギ男はその後も眞人の命の危機を何度となく救う存在として現れる。言い換えれば、


 眞人自身の悪意を代行するアオサギ男は、眞人にとって最も近しい他者である。だから、まずはアオサギ男をいかに好意的に受け入れられるか、というところから眞人の成長譚はスタートしていると言っていい。


 その一方で、眞人がアオサギ男のことを(あるいはアオサギ男が眞人のことを)真に認めるのは終盤になってから、「友だちを作ります。アオサギのような」とはっきり口にする段になってからだ(アオサギ男側はその段に至ってなお、意外そうにしている)。これについては、自身のうちにある悪意、愚かさ、醜さ――変身が解けたアオサギ男は実際問題、相当に醜い――を認めるのはそれだけ容易なことではない、と読み取ることもできるだろう。


 アオサギ男との和解は、眞人にとってはスタートであり、ゴールでもあった。そもそも、この映画のメインビジュアルは「アオサギ」である。






 ※1

「同年代の複数人との喧嘩では対等以上に渡り合う(父譲りであろう)獰猛さ」についてはTwitterで見た以下のような解釈が一番納得いくものであったので、前提にしてしまいたい。


 ・眞人は同級生(田舎の欠食児童……)相手であれば、相手が複数人だろうと勝ち切ってしまっている。

 ・その際に、相手方に相当な怪我を負わせたものと思われる。その贖罪として彼は自分の頭を石で殴りつけるが、このときの出血量(ちょっと異様に多い)は相手方に流した血と釣り合うものなのではないか。

 ・父親が「三百円寄付してやった」と誇らしげに語る場面がそれを補強する。ここには、息子がただ単に他前に無勢で負けたわけではなかった、対等以上に渡り合ったということへの肯定が見える。




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