02
「どうしてさ?まさかアンタは別にあいつの事はどうでもいいとかいうつもり?」
ウィルの苛立ちに影響されたかのようにユンファの語気も荒い。ユンファは今回の件では唯一関係者ではなく蚊帳の外だったが、逆に部外者だったからこそ客観的に見る事ができていた。
過去にあったことはユンファにはよくわかっていない。けれど、人をまるで道具にしか思っていないような村岡の発言には嫌悪感と、それ以上の強い怒りを感じている。
「手前味噌になってしまうけれど、キサラギはこの国でも指折りの強力な力を持っているわ。その力はもはや個人の感情だけで動かすことはできないのよ」
「そういっても、あの男はキサラギの人間だったんでしょ?キサラギが責任を取るのが筋ってもんじゃないのさ」
「貴方のいいたいことも分かるわ。でも話はそう簡単じゃないの」
「風華も、その可能性を考えていたのか」
風華とユンファの会話に割りこむように、一真がつぶやく。更に詰め寄ろうとしていたユンファが出鼻をくじかれたかのように言葉を飲み込み、それに呼応するように、風華が切れ長の目を更にスッと細めた。
「えぇ、恐らく村岡は何処かのメーカーに囲われているわね」
今回ディオの乗っていた機装は、現在ロールアウトされている全ての機体のいずれかでもなかった。完全なワンオフ、もしくはまだ発表されていない新型の機装だ。
そして機装は一個人がやすやすと作れるようなシロモノではない。
つまり、村岡にあの機装を提供した企業が存在しているということ。
「今回の話でインペリアルクロスを動かせなかった理由と同じだって言いたいのさ?」
以前ユンファと一真がこの場所を訪れた時に話したキサラギが動けない理由。それは企業間抗争を起こさせないというものだった。しかしそれはあくまでビゼンとキサラギ、その二つの企業間の話。更に言えば、起きる可能性を出来るだけ作らない、というレベルの話だった。しかし、今度の話はその程度では収まらない。
風華がゆっくりと首を横にふり、鮮やかな赤を彩る瞳を閉じる代わりに口を開けた。
「…今や機装メーカーはそれ自体が小さな国とも言えるほどに力を持っているわ。私達キサラギやビゼンが筆頭だけれど、他のメーカーも独自の戦力を保有している状況はたとえるならば古の戦国時代に近いものがある」
廃都に本社を構えているキサラギはいうなれば廃都を本拠点とした一つの国だとも言える。その国の持つ部隊は既に軍と行っても過言ではない。そんな軍が目的を持って他の企業へと…国へと攻撃を仕掛けると言う事はつまり、
「勿論、お互いに実力行使にならぬようにしているけれど、その拮抗も危ういもの。もし此処で、その筆頭であるキサラギが他メーカーに対し実力行使に出れば、ほぼ間違いなく各地で争いが起きるでしょう」
今まではお互いに戦力を持っていたとしても、あくまで自衛の為の戦力という名目だった。お互いがお互いを牽制しあい、暗黙の不戦協定を結んでいたような状況だ。古い時代、冷戦時代と呼ばれた時期にも似ている。
例えばその拮抗を崩すのが小さなメーカー…国であれば、キサラギ他有力な国が制圧に向かえばそれで終わるだろう。だが、筆頭とも言える戦力を持つキサラギがその拮抗を崩せばどうなるのか。
「皆が自分よりも力を持つ者を恐れ、そして自分たちも力を持つべく他人のそれを奪おうとする」
それは暗黙の協定が無意味なものへと変わる瞬間であり、そして力を持つモノが全てを得る世界の始まり、
「乱世の始まりになるわ」
ゆっくりと瞼を上げた風華の赤い瞳がまるでその乱世を表しているかのようであり、その印象を現実のものと突きつけた風華の言葉に、ユンファも思わず口をつぐんでしまう。
ヴァルチャー同士の小さないざこざであれば日常茶飯事の今の世の中だが、それは逆に適度なガス抜きとなっていたのかもしれない。少なくともユンファの記憶の中では大きな争い、戦争や紛争といった出来事が起こったという事実は無い。
キサラギの判断次第ではその争いが起きる可能性が高い、そう風華から聞かされたところで実感は無いだろう。
しかし、彼女も理解している。
今、こうして荒れ果てた大地にしがみつくようにして生活をせざるを得なくなったのは、200年も昔に起きた大きな争いが原因なのだと。
そうして理解してしまえば、もうユンファはキサラギに対して熱くなる事など出来るはずもない。上げかけていた腰をボスッとソファーにおろし、頭を抱えるようにして俯いてしまった。
「キサラギがどう考えているのかは分かった。それだけで十分だ」
ユンファが黙ったことで発生したわずかな沈黙を打ち破ったのは一真のそんな一言だった。自ら放り投げた記帳を手に取り、中身を一瞥する。
「報酬は貰っておく」
そう呟く一真に、風華がわずかに相好を崩した。
「そう、良かったわ。受け取ってもらえないかと思っていたのだけれど」
「情けない話だけどな、金がなければ何もできない。人も、組織も、そういうものだ」
一真がなんとは無しに答えたその言葉はなんでもない極々一般論だ。しかしそれを一真が、風華に向けて言う事に意味がある。
風華もそれに気づいたのか、微笑み掛けた頬を再び引き締めて、
「…そうね」
と一言だけ返した。
それを合図にするように一真が席を立ち、続くようにウィル以下【桜花】のクルーたちも席を立つ。
綺麗に敷き詰められた柔らかな絨毯の上を歩く極々僅かな足音だけが響く窓の無い空間から一人、二人と消えていき、最後の一人、一真が扉の前へと歩みを進めた時、
「…一真」
そう、彼の者を引き止める声が静寂に包まれた冷たい空間にこだまする。
「貴方はこれからどうするの?」
決して綺羅びやかではないが、如月の社長という肩書に見合うだけの威厳を持つ重厚な机の向こうからの声に、一真は背を向けたままはっきりとした声で答えた。
「俺達は俺達で村岡を追う。そもそも、俺とウィルの活動目的はあの事故の真相を探る事だしな」
「それはあの子…玲の為、かしら?」
「……」
風華の問に対する一真の答えは無言。
しかし否定ではないという事が風華の推測が的を射ているという証拠でもある。
「あの子、前はもっと活発な子だったはずよね?すっかり大人しくなってしまったのはあの事故が原因だと考えているのね」
当時現場の責任者でもあった村岡やウィル、雪華程ではないが、総責任者の補佐という位置にいた風華も度々現場へと顔を出している。
特に玲に関しては【プロジェクトMMM】の頃からの付き合いになるため、接触する機会はそれなりにあった。
「玲本人の性格が変わったわけじゃない。ただ…あの事故以来、感情の表現が難しくなってしまっている。その原因と元に戻す方法を模索していたんだがな…今回の事で目星がついたよ」
「ディオの件ね」
「あぁ、玲が感情を表現しづらくなった原因は間違いなく、あの村岡のシステムだろう。奴を捕縛できれば元に戻す方法にたどり着くかもしれない」
「分かったわ。キサラギでも出来る限りの協力を―」
「必要ない。また妙な発信機でも付けられる訳にはいかないし何より、OSに不具合を紛れ込ませて暴走でもさせられたら困るからな」
「…また物騒な話ね」
「…そうだな」
一言答えたまま沈黙する風華に呆れたかのように小さく息を吐き、幼子をあやすかのようにゆっくりとした口調で、一真が続ける。
「玲が口にしたD.F.C.Sの起動パスコードと、起動時のシステム音声」
「…え?」
「その意味をよく考えておくんだな」
それだけを告げ、改めて一真が歩を進める。
ぎぃと、大きさの割には目立たない音を立てて木製の扉を開いたところで、一真の背後から再びの問い。
「一真…私は貴方の妹になれたのかしら…?」
「……」
この場所に二人以外の音源が存在していたら決して聞こえなかったであろう小さな呻きにも似たそれに、一真は応えることもなく扉の向こうへと消え、厚く大きな扉が二人の間をゆっくりと隔てていった。
一真が去った後も暫く、その扉をじっと見つめていた風華だったが、まるで崩れ落ちるかのように両手で顔を覆いながら机に突っ伏す。
「そんなつもりじゃなかった…なかったの…私はただ…一真と……私……どうすればいいの?」
「教えてよ…おねえちゃん…」
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