終幕
01
大きな木製のドアを開き、窓一つ無いその部屋に、一真達四人は足を踏み入れた。
こうしてこの部屋にはいるのは、一真とユンファは二度目になる。一度目と同じように大きな机の向こう側で、入ってきた四人に背を向けるようにして座っているのは、キサラギインダストリィ社長、如月風華だ。
ここまでの案内を担当した黒服が部屋を去り、木製のドアがゆっくりと閉まるのを待ってから、風華がくるりと椅子を回転させ改めてその風貌を四人へと晒した。
「来たわね。座ってちょうだい」
入ってきた四人、それぞれが無言のまま体が沈み込むような柔らかいソファーに腰をおろすと、当たり前の用の各自の前に紅茶が差し出された。
しかし、誰ひとりとしてそのティーカップに手を伸ばすことはなく、じっと、この張り詰めた空気に耐えているかのようだ。
しばしの無言が続いた後、まず声を上げたのは風華だった。
「先の依頼、ご苦労様。多少想定外の事があったけれど、依頼は達成されたものと判断するわ。報酬を受け取ってちょうだい」
風華の隣で控えていた執事の中年男性がすっと革張りの記帳を一真へと差し出した。
「こちらが明細になります。ご確認をお願い致します」
一真は無言のままその記帳を受け取り、そして中身を見ること無くそのままテーブルの上に放り投げた。一真の所業に一瞬眉を潜めた風華だったが、しかしそれも当然か、とばかりに小さくため息をついた。
「俺たちが色々と聞きたいことがあるのは、風華もわかっているだろう?」
「えぇ、そうね。私としても隠しておくつもりはないわ」
諦めたように吐息を一つ吐き出す風華に牽制を兼ねた軽い問を投げかける。
「……ディオの様子はどうだ?」
「芳しくないわね」
キサラギのタイプX、ディオと戦い、そして村岡と望まぬ再会をしたあの日から、三日が経っている。
ディオの機装を行動不能にした後、強引にこじ開けたコックピットには頭部にケーブルをさしたまま虚ろな目をしたディオが座っていた。その後駆けつけたキサラギの私設部隊インペリアルクロスがディオの機装ごと回収している。キサラギ直下の医療施設で治療に当たっているという話は事前に聞いているが、その後の経過については今まで連絡は入ってきていなかった。
「幸い…といっていいのか迷うところだけれど、彼は生きているわ。自発呼吸もしっかりとしているし、内臓機能にも異常は見られないそうよ。ただ…彼が意識を取り戻す事はもう、ないでしょうね」
「植物状態…ということか」
村岡が必要としていたのは生体パーツとしてのヒトであり、一人の人間としての人は必要なかった。そのために人間が人間である証である意思、感情、人格…そういったものを全て排除したのだろう。
今のディオは文字通り、ヒトという器を持った、ただの部品となってしまっている。
「彼の治療はキサラギが責任を持って続けさせてもらうわ。せめてもの償い…いえ、ただの自己満足だと笑ってくれても結構よ」
そう告げる風華の言葉には間違いなく、後悔の念がにじみ出ていた。それはつまり、彼に対して罪悪感を感じているという現れでもある。ということはつまり…
「ディオの言っていた話は事実なのか?」
あの時ディオは、キサラギに赴いたが自分たちは無かったものだとして扱われた、と話していた。確かに【鋼の子供達】は人道的に認められるものではなく、それを主導していたキサラギが計画の存在自体を隠蔽したいと考えるのも当然だ。
だが、風華はゆっくりと頭を振る。そして机に両肘を立ててると、口元を隠すように手を組んだ。
「真実ではないわ。けど、事実でもある。あの日、あの事故の後、私は直ぐに実験施設へと救助隊を派遣したわ。結果、生存者は無かった。死体の損傷が激しいものも多くて、死者の正確な把握はできなかったのよ」
あの場に居た一真、そしてウィルもその状況は理解できる。建物は完全に崩壊し、辺りは瓦礫の山となっていたのだから。それが生存者無し、という判断になることは十分に理解できる。だがそれだけでは状況の説明としては不十分だ。
「門前払いについては?」
「……正直に言うわ。私には彼らが本社を訪ねて来た事が伝わっていなかったわ。あの男の死亡が確認されてから私が社長に就任するまでの間、相当ごちゃごちゃしていたし…情報伝達の不備があっても仕方無いわね。【鋼の子供達】は社内でも極秘扱いされていたから、事情を知らない社員が対応をすれば当然、追い返される事になるでしょう。…今更言い訳にすらならないけれど」
風華の言い分には一応の筋が通っている。確かに源一郎が死亡してから、キサラギの相続に関しては多少のいざこざがあった。その間様々な機能は停止していただろうから、情報が入って来なかったというのも頷ける事ではある。だが、それに納得をしていない人物もいる。
「フウのいうこともまぁわかるっちゃわかるがよ。あんだけの事故があった後だ、ある程度落ち着いたら情報収集くらいすんだろ?」
「もちろん、私が社長に就任した直後、あの事故の関係者全員についての情報を集めたわ。その際に、貴方達三人が生きている事を知った時は本当に安心したものよ」
対面している四人は、そう告げる風華のまとう空気が一瞬和らいだように感じていた。
だが、その空気を打ち消すように、ウィルの苛立ちを含んだ声が続く。
「そいつはありがたい事で。でもよ、そーじゃねぇだろ?お利口さんなフウなら俺の言いたいこと、わかんだろ?話逸らさねぇでくれねぇか」
「…関係者全員、と言ったはずよ。その中には無論、村岡や被験体だった彼らも含まれていたわ。けれど…彼らの情報を入手する事は出来なかったのよ。彼らの足取りを掴むことができていれば、今回の様な状況にはなっていないわ」
「へっ、そうかい」
ウィルに向け真っ直ぐな視線を向ける風華につまらなそうに鼻で笑う。ずりずりとソファーに浅く腰掛ける様に体を落とし、背もたれに頭を載せて天井を仰ぐ。もはや風華を見ようとすらしない。
「で?シャッチョーサンはこれからどうするつもりなんでございましょうか?」
そんなウィルの挑発するような発言に対しても眉をピクリと動かす事もなく、風華は淡々と告げる。
「勿論、村岡の行方は追うわ。けれどキサラギとしてはその後は何もできない可能性も否定できないことは伝えておくわ」
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