02

 サポートAI、アンジェリカの声を聞いたすぐ後の暗闇。頭の後ろに接続したケーブルから意識が吸いだされていくような感覚を感じる。

 実際はそんな事なくて、私の思考は私の中に息づいていて、その通信先が私の体じゃ無くなったということだけ。怖くなかったと言えば嘘になる。でも、カズマやユンファや、癪だけどウィルも、皆を助けるのにはこれしか方法が思いつかなかったから。

 暗闇へと意識が吸い込まれていたのは一瞬。気がついた時私の目の前には、いつものコックピット内の風景じゃなく、大きな空と遥か遠くに一直線に伸びる地平線があった。

 ジリジリと照りつける太陽の光が直接肌を焼き、なびく風が直接肌をくすぐる感覚。はっとして体へと意識を向けると普段着ている安物のジーンズとTシャツの触感は無く、まるで裸の状態。

 思わず両腕で隠そうとした時に視界に入った自分の腕を見て、初めて状況を理解することが出来た。自分の腕だと思ってみた物は、いつも見慣れている自分の腕じゃなく、ゴツゴツとした硬い、【空牙】の腕だったから。

 そうか、これが、D.F.C.Sの世界なんだ。

 状況の理解の次に来たのは水に浮いているかのような感覚。そしてそれを感じた間も無く、地に引かれる万物に適応される法則によるある種の浮遊感。

 D.F.C.Sを起動する時に重力制御装置のコントロールもしていた【クルセイド】をシャットダウンしたから、飛び続けることができなくなったんだ。どうにかして重力を操って…と思うけれど、そもそも人間にそんな器官は存在していないのだから、どうすればいいのか分からない。

 落ちる…。そう思い咄嗟に身を縮めた瞬間、衝撃。私の体は地に落ちていた。


『機体損傷チェック…ダメージ軽微。リアルボディノ損傷確認。軽微損傷ヲ確認。バイタルチェック…クリア』


 アンジェリカの声が聞こえる。いや、聞こえるというか、頭の中に響いてくるような感じ。その声が機体とリアルボディ…私本人の傷の確認を行なってくれた事を告げる。比較的低い位置にいたのが良かったのか、どうやら傷はそれほど多くないみたいだ。


『ちっ…やっぱ無理か…玲!起きてるなら返事しやがれ!』


(大丈夫)


 そう答えたつもりだったのだけれど、声が出ない。よくよく考えれば機装に口は無いのだから声がでなくて当たり前だ。ともかく、どうにかして大丈夫ってことを伝えないといけないと思い、立ち上がってみる。

 これは特に問題なく動けた。自分の体を起こすのと同じように体を動かすと、それと同じように【空牙】も動いてくれる。【桜花】に居るはずのウィルに向け、軽く手を上げてみせる。


『こりゃ…上手く行ってやがるのか…?立ち上がれたっつーことはモーションリンクは正常…俺の声に反応はしたが返事が無いところを見るとエモーションリンクのインプットに異常ありか?サクラがいりゃモニタリング出来たんだが…まぁいい、ともかくモーションリンクが正常に動いてんなら…玲!いけんぞ!』


 ウィルの言葉にうなづくように、私は左手に持っていた【水破】をゆっくりと持ち上げた。いつもと違い、自分自身がそれを持ち上げている感覚。コックピットの操縦桿越しならすぐに定まるはずの照準が中々定まらない。生身での射撃は少し苦手だ。


『火器管制機構ニクリティカルエラー確認。修復…インポッシブル。FCSリンクカット』


 またしてもアンジェリカの声が脳内に響く。どうも機装のFCSが上手く働いていないみたい。自分の腕だけで射撃すればFCSは関係ないんじゃないかって思うけど、正直に言えばそこまでの自信はない。それなら、と私は愛用していた【水破】を投げ捨てて、右手に持っていた小型のナイフを握り締める。私自身はこっちの方が得意だ。

 本当ならば重力制御で加速したい所なんだけど、重力制御の方法が分からない。仕方なく私は鋼鉄の両足を動かし、走りだした!


『走る!?本来なら飛びたい、加速したいっつーイメージだけでいいんだが…いや、そうか、エモーションリンクが不完全な所為でオートコンバートが機能してねぇのか』

『ウィル、どういうことだ?』

『D.F.C.Sで直接操作できるのは機装本体の動きくれーだ。他の機能は人間の感覚だけじゃできねぇ。通信を飛ばす、重力を制御するなんつーのは生身の人間にゃねぇ機能だからな。それをコントロールするために、声をだす、空を飛ぶ、っつーイメージを通信を飛ばす、重力を制御するっつー指令に変換するのがオートコンバートだ。今の【空牙】はイメージを読み取る機能に異常が発生してる所為でそれが機能してねぇ』

『つまり…生身の人間でできる動きしか出来ないって事なのさ?』


 なるほど、さっきFCSがエラーを起こしたのもそのせいかもしれない

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