大空の下へ

01

『させないって、どうやって?その機装のコントロールは僕が持っているんだ。L-01、君にできること何かなにもないんだよ?』


 そうだ。どれだけ口で行った所で現実として【空牙】のコントロールはディオに奪われている。玲が何かを行えるとは到底思えない。だが、そんな俺の予想に対し、玲の言葉はそれを遥かに上回っていた。


『できる。OSに頼らなければいい』

『なっ!?』


 どうやらディオもその言葉は予想外だったようだ。分かりやすく絶句している。だが、その後に来る反応は俺でも容易に想像することが出来た。


『ふふ、ハハハ!できるならやってみればいいさ!OS無しで機装を操縦できるというのならね!』


 遺憾ながら俺もディオと同じ感想を持っている。多少荒っぽい使い方をされることが多いがゆえに気づきにくい部分もあるのだが、機装はいわば超精密機器の集合体だ。人の手でその全てを正確に操作することは不可能。それ故に人とマシーンとの仲介役としてのOSが必須であり、またこのOSの性能が機装の性能を左右しているといっても過言ではない。各機装メーカーが独自のOSを開発し、それを機密扱いにしているのはそういった面もある。ビゼンのOS【オモイカネ】やキサラギの【クルセイド】等はその典型だろう。


『大丈夫。私にはせっかお姉ちゃんがついてる』

「雪華がなんで…玲、お前まさか!」


 雪華の名を聞いて、玲が何をしようとしているのかが予想できてしまった。確かに【プロジェクトMMM】にて作成されたプロトタイプゼロ…【空牙】ならそれが搭載されていても不思議ではないが、あまりにもリスクが高すぎる。


『シーケンス、モードチェンジ、タイプD』

『いくらなんでも無茶だ!玲、お前それまだ完全に出来上がってねぇんだぞ!』


 どうやらウィルもそれが何なのか見当がついたようだ。その声には焦りの色が見える。

 それはそうだ、それはかつて俺と玲が起動に失敗し、【プロジェクトMMM】を凍結させる原因となってしまったものなのだから。


『OS【クルセイド】スリープ、サポートAI【アンジェリカ】アウェイク』

『くっ…させるか!』


 そう叫び声を上げたのはディオだ。その声にまじり【猛虎】のコックピット内部にジリッと強烈なノイズが走る。恐らくは電子的な妨害の余波か。


『それはこっちのセリフだっつーんだよクソガキが!』


 それに答えるように、うちの情報担当も声を上げた。


『なっ、僕に対してカウンターアタック!?そんな!AIのサポートも無しでなんて!』

『迂闊だったなディオ!てめぇのその機装、そいつがSelAを流用してるっつーのがわかりゃ手の打ちようはいくらでもあるんだよ!大人を舐めるんじゃねぇぞクソガキ!俺を誰だと思ってやがる。元キサラギインダストリィ技術本部第一課ソフトウェア開発部門主任、ウィリアム・B・高橋だぞ!』


 ウィルの怒号に混じり猛烈な勢いで叩かれているであろうキーの音が、まるで奴の好むデスメタルのように鳴り響く。


『くそっ!この僕が防戦になるなんて…!』


 ウィルとディオとで見えない戦いを繰り広げている間、上空の玲は着実に工程を進めている。淡々と作業を続ける玲。インカム越しに聞こえる声に、玲の他に無機質な声が交じった。


『オハヨウゴザイマス。システムアンジェリカ、スタンバイ。セルフチェック開始…オールグリーン。神経パルス接続確認。コネクト…クリア。シーケンス、UTSヘ移行』


 プロトタイプゼロ…それは雪華とウィルが設計し、俺と玲が起動テストを行った、あれ。

 【プロジェクトMMM】の基幹システム、D.F.C.Sを搭載した試作機。確かにOSのサポートを必要とせず、自らの意思で機装を操作するD.F.C.Sであればディオの拘束から逃れる事ができるだろう。

 だが、事はそう上手く運ばないものらしい。


『パイロット認証……パスコードヲ入力』

『え…』


 インカムから聞こえてきたその無機質な要求。パイロット認証だと?D.F.S.Cはキサラギの機密中の機密と考えれば認証があってしかるべきではあるが、思わず歯噛みする。


「ウィル!何か知らないか!?」

『知らねぇよ!』

「くそっ!」


 ウィルが知らないとなればこの認証を設定したのは間違いなく雪華だ。何かないか…なにかこのパスコードになるようなヒントは…。

 機装そのものの起動に関しては特に認証はなかった。ということは雪華はD.F.C.Sの起動を特定の人物に絞らせたかったということか。起動テストの段階でパイロットを絞るのは色々な面で不都合がある。となれば、この認証はD.F.C.Sが完成し、本来の目的を達成する際に人物を絞らせたいということになる。本来の目的…そこまで考えて、昔雪華が語っていた事を思い出す。そうか、ならばこのパイロット認証で認証したい人物は…。


「風華!お前雪華から何か聞いていないのか!」

『何かって、そんな抽象的に質問されて――いえ、あるわね、いつだったか姉さんに覚えておいて、と言われた言葉…【水月の姫に大空を】』


 俺の予想が正しければこれで認証が……。


『パスコード、アクセプト。パイロットリンクチェック…アンマッチ』


 通るには通った。が、やはりパスと実際に搭乗している人物とのマッチングは行われるか。風華の知るコードは風華が搭乗している時でなければ役目を果たさないらしい。ダメか…そう諦めかけた時、その声が風華に続く様に言霊を紡ぐ。


『【鳥かごの鳥に太陽を】』

「玲、それは…」

『パスコード、アクセプト。パイロットリンクチェック…マッチングクリア。OS【クルセイド】シャットダウン。D.F.C.S、起動』


 無機質な声が事務的にシステムの起動を伝える。だが、最後に聞こえてきたその言葉は、何故か俺には喜びの声に聞こえた。



『Welcome to Under The Sky』

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