02
玲の【空牙】のコントロールは奪取された状態であり、【桜花】も基幹システムといえるサクラが停止している。俺の【猛虎】も脚部が損壊しており戦力としては期待できない。
そんな中での増援は相当に危険な状況になる。が、ゲスト、という言葉はつまり第三者、俺達の味方でもなく、しかしディオの味方でもないという事。話の進め方次第ではこの状況から脱する事も可能かもしれない。
『そう、ゲストです。ずっと外で騒いでうるさかったからちょっと通信カットさせてもらってました』
「ジャミングの応用か」
先も述べたとおり、ジャミングはただ見えなくなるだけの便利機能ではない。相手からも、此方からも見えない、聞こえない状態になる。いわばその周囲一体を外界から切り離すようなものだ。当然、その範囲外からの通信もシャットアウトされる。
『それじゃゲストの方のご登場ー』
『――して繋がらないの!?一真!返事をしなさい一真!』
「その声…風華!?」
一瞬のノイズの後につい先日聞いたばかりの声がインカム越しに響く。予想外のゲストの登場に思わず声が大きくなってしまった。確証は無いとはいえ、今回の件の仕掛け人は恐らく彼女だろう。ゲスト…という言葉には少々不釣合いだ。
『一真!?良かった、無事ね』
『無事ね―じゃねぇよクソが!てめぇこの野郎良くもまぁ顔出せたもんだなえぇ!?』
風華のホッとしたような声の直後、当然といえば当然だがぶちきれた様子のウィルが会話に割り込んでくる。どうも完全に頭に血が上っているようで、彼女の発言の不自然さに気づく様子はなさそうだ。
『あんたがカズ兄の心配するなんてどう言うことなのさ?あの無人機をけしかけたのはキサラギじゃないか』
ウィルに比べ沸点が少々高かったらしいユンファがそれに気づき、指摘する。風華の様子を見るに本気で此方の安否を気にしていたようだが、しかし彼女から受領したパーツが発信機となっており、例の無人機を誘導していたらしいという事実があるのだ。そこに矛盾が生じている。
『そう…通信不能になった段階で予想はしていたけれど、やはりタイプXは暴走状態だったのね』
「俺達に仕掛けてきたのは想定外だったとでも言うつもりか」
風華の言葉を信じるのであればあの無人機―タイプXと呼ばれているようだが―が俺達へ攻撃を仕掛けてきた事は意図していない事象だったという事になる。が、言葉ではどうとでも言えるし、何よりあの発信機の存在が俺達への敵対心の表れではないか。
『えぇ、元々はSelAの教育を兼ねたあなた達の補佐の予定だった』
ウィルの話からすればSelAは戦闘をこなせばこなすほどレベルが上がっていくということになる。そういう意味では確かに戦闘経験をつませるいい機会だったのかもしれない。
『ロールアウト後、何度かヴァルチャー達を相手に実戦経験をつませたのだけれど、SelAの欠点である咄嗟の判断を改善することは出来なかったわ』
『ってーとあれか、死神発生ポイントにあったあの残骸はそのタイプXのレベリングの残骸っつーことかよ』
どうやら俺たちが追いかけていた痕跡の一つはそもそも全く対象が違っていたようだ。
ウィルが脱力した声を上げるのも分からないでもない。あの残骸のお陰で俺たちはさんざん悩んできたのだから。そんな俺達の苦悩を知ってか知らずか、風華が続ける。
『そこで、最近頻繁に現れるキサラギ機のみを狙った正体不明の機装調査に操縦技術の高い人材を派遣し、その戦闘を間近で観察させることで欠点の解消を行うつもりだった。その人材が、一真、貴方よ』
キサラギ本社でのあの説明、あながち嘘を言ってるわけでもないが、しかし真実でも無かったということか。いいように使わされていた、と考えることもできるがそもそもが依頼を受ける側だ、この程度は許容範囲内であるとも言える。
勿論、正確な情報を教えてもらっていなかったという不満感はあるが。
『タイプXは機密扱いの機装よ。それをあなた達に貸与するわけにも行かないので発信機を付け、追尾させていたの。戦闘が発生した場合は発信機を持つ機装を補佐するよう、命令してあったのだけれど…』
そう尻つぼみになるセリフを吐く風華の言葉をつなぐように、それは聞こえてきた。
『そう、あの無人機は元々はそういうつもりは無かった』
『ディオてめぇ何か知って…いや、そうか、あれもSelAを基礎としたAIを搭載してるとしたら…』
『アハハッ、その通り!僕がちょこっと頭の中を弄ってあげたのさ!』
いたずらがばれた子供のように無邪気な笑い声を上げるディオ。
俺達と合流した後、タイプXと呼ばれた無人機が現れたあの僅かな間にクラックして見せたということか。先のサクラへのクラックを見ればそれも理解できなくも無いが…。それよりも最も肝心な部分がディオの会話から見てこない。
それは
『なんで…アタシ達に手を出してきたのさ』
そこだ。
オウルなんてものをやっていればヴァルチャー連中から恨みを買うことは日常茶飯事だ。実際逆恨みに近い形で襲撃を受けた事もある。ディオが直接的か、間接的か問わずヴァルチャー連中と関わっていた可能性はあるが…それにしては少々条件が整いすぎている。
俺達とディオとを繋ぐ接点はもう一つしかない。やはり、【鋼の子供達】なのか?
『二年前のあの日…僕は見たんですよ。あの地獄のような惨状の中で、カズマ教官、貴方がL-01を連れてあの場所から去るところを』
あの日、確かに俺は暴走する実験機を破壊し、コックピット内の玲を引き釣り出してそのまま【空牙】を使い離脱した。その場をディオが見ていたとしても何ら不思議ではないが…それがなんだというのだ?
『あの時、僕の周りにはまだ沢山の被験体だった子が居たんですよ?アイナ、ブレッタ、クリス…皆まだそこに居たんだ。けど教官、貴方は僕らに見向きもしなかった。なんで、あの時、僕らを探してくれなかったんですか?』
「それは…」
あの時の俺はそこまで考えてもいなかった。あの惨状を見て、半ば諦めていたというのも少なからずあるだろう。だが…そんなものは言い訳でしか無い。
彼らから見れば、俺の取った行動は彼らを見捨てたことになるのか…。
『あれから僕らは一度キサラギの本社に戻ったよ。でもその扱いはどうだったと思う?門前払いさ。話すら聞いてもらえなかった。それから少しして、キサラギの実験施設全壊、生存者無しっていう情報を聞いて唖然としたよ。結局僕らは使い捨てだったんだよ。要らなくなったと思えばゴミの様に投げ捨てる』
そう吐き捨てるディオの声には、確実な怒りが混じっていた。俺は【鋼の子供達】の為に集められた子供が一体何処から連れて来られたのか、知らない。
だがこのご時世だ、子供を手に入れる手段などいくらでもあるだろう。それが非道であれ、そうでない物であれ。果たしてディオはどうだったのだろうか。しかし、俺がそれを聞くことはできない。理由はどうあれ、俺は一度ディオを見捨てているのだろうから。
『だから、あいつに拾われて、この機装を預けられた時決めたのさ。僕は僕を捨てた奴らに復讐してやるんだってね』
「まさか…キサラギばかりを狙った正体不明の機装ってのは…」
『気づくのが遅いよ教官。そうさ、僕がやったのさ!』
高らかに笑い声を上げながらそう宣言するディオ。その声に、微かな狂気を感じた。
『キサラギの機装を襲うのは本当に簡単だったよ。キサラギの機装はソフトウェアに頼りすぎてたからね!OS設計の基礎を知っていたお陰で、ちょっと弄ってあげるだけですぐに動けなくなる』
二つあった痕跡の内の一つ、あのパイルバンカーによる損傷を残した痕跡はディオの残した痕跡だったということか。あの痕跡を残した主は一撃で仕留める程の凄腕だと俺たちは判断していたが、機装の動きを完全に止められるのであれば造作も無いことだ。
そしてあえて他の機装を見逃している様に見えていたのは、キサラギへの復讐を目的としているとしたディオの言葉を真実とするならば、文字通り見逃していたのだろう。
『正直に言えばね、カズマ教官。貴方には復讐しようにも出来ないと思ってました。何処に居るのかもよくわからなかったですから。だからこうして、僕の前に出てきてくれたことを感謝すらしていますよ!アハハハ!あなたもすぐに同じようにしてあげますよ!最も、今の状態じゃコントロールを奪う必要すらないですけどね!』
「ちっ」
確かに脚部が損壊している状態の【猛虎】では立ち上がることすら出来ない。まさにまな板の鯉だ。かと言って機装を捨てたとしても避難所になり得る【桜花】は生身で走るには少々遠い位置に存在している。到底逃げ切れるとは思えない。戦闘に際して【桜花】を後方に下げたのが仇となってしまった。
『させない』
半ば諦めかけた俺の思考と遮ったのは玲のそんな声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます