残された少年

01

 パチ、パチと乾いた拍手の音とともに、ディオの楽しそうな声がやんわりと弛緩していた空気を一瞬にして張り詰めさせていく。


『まさか…?てめぇどう言うことだ?』

『言葉の通りですよ、ウィリアム主任。あわよくばその機装にやられちゃってほしかったなぁって、そういう事です』

「ちっ」


 まったく警戒していなかったわけではない。だからこそ【桜花】には近づくなと警告をしておいたのだが、誤算は青の機装に思った以上のダメージを与えられてしまったということ。そして本命ともいえる死神らしき機装が出てきてしまった事から、ディオに対する不信感を二の次にしてしまっていた事。

 正直動ける状態ではないが、唯一動かせる右腕を使いうつ伏せから仰向けにごろんと寝転び視界の確保だけは行う。90度傾いた世界の中で赤色の機装がゆっくりと此方に歩み寄ってくるのが見えていた。

 もはや俺には緊急排出装置のレバーを握るくらいしかできることが無いが、


『動くな』


 唯一の救いは玲はほぼ無傷で残っていることか。

 ディオ本人の言を信じるわけではないが、見たところ非武装のように見えるし、たとえ武装していたとしても玲であればよほどの相手で無い限り引けを取ることは無い。

 上空へと視線を向けると、比較的低空飛行をしている【空牙】がその長大な重厚を赤の機装へと向けているのが見えた。


『おぉ、怖い。そんな口径のライフルで撃たれたら吹き飛んじゃうね。…教官が』

『何をいって…え?』


 玲から見てディオの機装は俺の【猛虎】を挟んで前方を歩いている。やや前方に向けられていた銃口が、くくくっと下方向へと角度を強めていき、俺へとその暗い穿孔を向け、ぴたりととまった。


『なんで…?』

『あはは、流石に機密扱いだった試作機は仲良くなるのに時間がかかったよ』

『んな馬鹿な!?機装の…OSのコントロールを奪ったっつーのか!』


 確かに昨今の機装はほとんどがOSによってオートマチック化されている。人が乗り操縦するとはいえ、それはあくまでインターフェースでしか無く、機装を動かしているのは内部にあるOSだと言っても過言ではない。だが、OSの内部構造は各企業において超機密情報だ。そう簡単にコントロールを奪えるものではないはずなのだが…。


『流石ウィリアム主任、察しがいいですね。だからほら、僕がお願いすればこんなこともしてくれる』


 赤の機装が、両腕をまるでオーケストラの指揮者のように大げさな仕草で動かしてみせる。それに釣られるように、玲の搭乗しているはずの【空牙】が両手で構えていた【水破】から右手を離し、腰にマウントしてある自衛用のナイフへとのろのろと手を伸ばす。


「玲!緊急排出!」


 機装はもはや第二の肉体ともいえるものだ。その自分自身ともいえるもののコントロールを奪われるということはつまり、生命の与奪権を相手に奪われているということだ。


『んっ!』


 俺の言葉に対し、即座に玲の反応が返ってくる。熟練のパイロットであれば動かないと判断した瞬間に自ら脱出しているところだろうが、しかし俺の声にすぐに反応できるあたり、玲もまだ冷静さを失っていないようだ。

 座席のすぐ脇に設置してある緊急排出用のレバーを引けば即座に座席ごと上空へと排出されるはずだ。その後の回収等に色々と問題があるが、しかし今の状況を脱するにはそれしかない。

 インカム越しにガッ、というレバーを強く引いた音が響き、そして玲の座席が排出され   

 ――なかった。


『まって…なんで…なんで!?なんで排出されないの!?』


 普段は鉄面皮で通っている玲の焦った声と、ガチャガチャとレバーを叩きつけるようにめちゃくちゃに動かしているであろう音がインカム越しに聞こえてくる。

 そんな事はお構いなしに、【空牙】はナイフを手にしゆっくりとその刃を、自らの胸部へと当てた。


『それじゃ―おやすみなさい』

『ひっ』

「やめろおお!」


 コックピットのモニタの前で、届かないと分かっていても思わず手を伸ばしてしまう。

 が、玲本人も含めて、訪れるだろうと思っていた結末は訪れなかった。

 ナイフを握った【空牙】はぴたりと胸部に当てたまま固まっていた。


『ふふ、アハハハ!冗談ですよ!いや、できるならやってしまおうかとちょっと思いましたけど、残念ながらセーフティ部分には介入できませんでした』


 大抵の機装には誤射を防ぐ目的で、自分を含めた友軍機へのセーフティがかけられている事が多い。射線上に存在する友軍機への誤射を防止するのが主な役目だが、機装が敵に奪取されてしまった場合の対処でもある。もっとも、機装そのものを奪われるのではなく、コントロールのみを奪われるというのは前例が無いことだが。


『サクラ迎撃!』

『了解、マスター』


 ディオが玲の【空牙】に直接的な危害を与えられないと分かった瞬間、【桜花】に待機していた一人+一機は即座に行動に移った。

 もとよりバトルシップモードに移行しており、銃座にも既に火がともっていた【桜花】は瞬時に赤の機装へと対機装用ガトリングの銃口を向ける。


『おっと、それは怖いなー』

『マスター、サクラメインユニットへの外部からの進入を確認しました。緊急防御体制に移行します。―第一ファイヤーウォール突破。第二…第三も突破されました』

『なぁにぃ!おいおいおいおい!?はやすぎんだろ!』


 今度はウィルの焦った声と打ち鳴らすように響きわたるキータイプの音がインカムから聞こえてくる。


『くそがっ…止められねぇ!なんだこいつは!』

『最終ラインまで残り4…3』

『ちぃっ!サクラ、アボート!』

『強制終了、了解。アボートします』


 サクラの無機質な声がふっ、と消えると同時に火が入っていたはずの対機装用ガトリングも銃身の回転が停止してしまった。

 サクラは【桜花】の基礎システムともいえる存在だ。それが強制終了してしまった状態では【桜花】はほぼ何も出来ない状態になってしまったということになる。


『ち…きしょうが!何だそりゃ?いくらDナンバーが電子戦用だっつっても限度ってもんがあるだろうが!?キサラギのマザーコンピュータレベルじゃねぇか!?』


 ガンッ!と強く何かを叩く音がインカムから聞こえてくる。恐らくコンソールを叩いているのだろう。

 AIの感情、というのが存在するかどうかは俺にはわからないが、アボートのコマンドは文字通りの強制終了で、サクラ本人の意思は関係なく落とされる。人間で言えば強制的に気絶させられたようなものだ。

 ウィル本人は性格が破綻している人外だが、サクラの言によればその愛情はアジアよりも広く日本海溝程度には深いらしい。

 多少の過大評価はあるだろうが、しかしサクラをアボートせざるを得なかった状況に、自身への憤りも感じているのだろうか。


『まさか、そんな計算力は流石にありませんよ。ただ、その陸艇に搭載されていたAI、それ、SelAを流用してるでしょ?だから相性が良かっただけかなぁ』

『相性が…いい?お前、それまさか』

『ほんと、ウィリアム主任は察しがいいなぁ。そう、この機装、これもSelAを基礎として作られてます。もっとも、二年前よりももっと進化した形、ですけど』


 玲の乗る【空牙】は元々【プロジェクトMMM】で開発したプロトタイプだが、【鋼の子供達】へと移行された際、一度改修が掛かっている。【鋼の子供達】の計画内容がAIによる自動制御と人の脳を使った生体パーツの搭載であったこともあり、【空牙】の基礎OSもその多くをSelAから流用しているのかもしれない。

 ディオの言葉にあるとおり、あの機装がSelAを基礎としたOSを搭載しているとすれば、それはつまりSelAの内部構造を解読できているということなのだろう。

 であれば、OSのコントロールを奪うという芸当に関してもある程度の納得はできる。

 しかし、そこで一つの疑問点がある。

 そもそもSelAはキサラギの中でも機密に当たるもののはずだ。

 ウィルがサクラにSelAを流用することが出来ているのはウィル本人がSelAの開発に携わったからだが、いくらディオが電子戦用ナンバーとはいえキサラギの重要機密に触れることは通常は出来ないだろう。

 故に考えられとすれば…


「お前もキサラギと組んでたって事か」


 SelAに関する情報がそもそもキサラギから流れていたと考えれば話は早い。

 よくよく考えればディオの登場は怪しい点しかない。俺たちが死神を追っていた事を知っていたという点。調査ポイントにピンポイントで現れた点。ディオの登場後にあの青い機装が現れた点。キサラギとグルであったならば、その全てが納得が行くのだ。


『んーちょっと違うんですよね。あ、そうそう、忘れてた!実はゲストの方がきてたんだった』

「ゲストだと?」

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