06

 モニタの正面にはこちらと同じく左腕が欠損した状態の青の機装。しかしいまだ戦意は衰えていないようで、まっすぐに此方へと向かってきた。

 もっとも、AIに戦意というものが存在するのかは分からないが。

 直線的に突っ込んでくるのは恐らく先ほどのような跳躍を防ぐ意味も含まれるだろう。    

 ある程度の距離が無ければ跳躍は効果をなさない。

 距離をつめて放たれた左からの水平なぎ払い。

 【猛虎】がかなりの軽装機であると判断したが故の一撃と予想が出来る。横からの斬撃の場合、斬撃の効果範囲は広く命中率は高いが、しかし狙える関節部が少なく効果的なダメージを与えづらい。が、ほぼ装甲が無いともいえる【猛虎】の場合はあえて関節部を狙わなくともさっくりとダメージを与えられるだろう。

 それでもあわよくば頭部を損傷させたい、そう判断したのだろうか、刃の軌道はただ水平に降りぬくよりもやや上方、肩口よりも少し上辺りだ。

 何もせずに刃に身を任せれば、右肩から入った刃が首の下を切り裂きながら人でいう鎖骨の辺りに到達するだろう。

 こういった横なぎの攻撃に対する回避方法は刃やその他防御手段にて受けるか、若しくは後退するかのどちらか常套。

 もっとも、それは通常の機装であった場合に限って。この【猛虎】であれば別の回避も選択肢として選ぶ事が出来る。

 各関節が人間に近いレベルまで可動できる【猛虎】ならではの回避方法。

 膝を深く曲げ、上体を前かがみにする事で回避する、ダッキング。

 大抵の機装では装甲に覆われており可動できない箇所である腰を曲げるという動作、こんな動きは戦闘教練には乗っていないだろう?

 頭上を高周波ブレードが通りすぎていく感覚。そのつむじを弄られるようなむずむずした感覚はコックピットにいる俺本人がそれを感じることは無いが、思わず首を引っ込めてしまう。ある種の条件反射だから仕方ない。

 各モニタを一瞬チェック。特に損傷を示す警告は表示されていない。

 ダメージなし。

 曲げていた膝をグン、と突き上げるように戻し、状態を起こすその勢いとあわせて、右手に構えるブレードを逆袈裟に切り上げる!

 相手の振り終わりにあわせた切り上げ。恐らく予想外であろう回避からの一撃だ、回避は間に合わないと踏んでいた。

 上手く行けば機体そのものを、そうでなくとも残った右腕くらいは持っていけると思っていたのだが、しかし相手は俺の予想を簡単に裏切ってくれた。

 刃を振りぬいた状態のまま、急速に後退。俺の切り上げから距離を置くことで回避してみせた。


「戦術を変える!?」


 俺の武装がブレードのみと判断したからだろうか、兎に角攻撃の後は距離を置くことで予測不可能な攻撃に対しての回避手段としたようだ。

 AIながら、良く学習すると関心してしまうじゃないか。

 はらただしい事だが、その方法は確かに間違っていない。あちらから攻撃を仕掛けさせ、回避と攻撃を一挙動で行いカウンターを狙うというのが俺の得意戦術だからだ。

 そこまで予測しているとは思わないが…まぁ確かに近接戦闘が主体の機装相手には距離をとるというのがセオリーだ。それに従った行動を取っているとも取れる。


『脚部損傷増加。損傷率51%。これ以上の損傷は機動制御に甚大な影響を及ぼすと判断いたします』

『カズ兄早く!もう持たない!』

「分かってる!」


 一度、ブン!とブレード振り上げた後、相手に向けショートステップ。ブレードローラーを使った加速ではなく、脚部のバネを使った跳躍は突如目の前に現れたような錯覚を与えるはずだ。

 AIがそれをどう判断するかは未知数だが、多少なりとも違和感を与えられればそれでいい。

 相手が一撃離脱を繰り返すのであれば、此方から動かざるを得ない。時間が経てば経つほど、相手は学習し、対応力を増してくるのに対し、此方は各関節部―特に脚部―の損傷が増えていく。マイナスにしかならない。

 振り下ろした刃は、それは既に学習済み、といわんばかりの余裕を持って相手のブレードに防がれる。しかしそれはあくまで取っ掛かりに過ぎない。

 ギィィィン!

 と金属のこすれる音を立てながら、相手の機装が俺のブレードをはじき返す。弾かれる動きに同調するように、俺は機体を右回転させると同時にまたもや深く膝を曲げる。

 上への攻撃はこれへの布石。左からの低空水平切り。相手の膝関節を狙う!

 下半身への斬撃など殆ど経験が無いはずだろうに、しかし一度回避方法についてのルーチンを確立させれば対応はとにかく早い。

 こちらのブレードを弾き返したその直後から既に回避行動に移っていたようだ。左からの横一線が膝を切り裂く事は出来ない。


「反応だけは早いかっ!」


 だがしかし、回避ルーチンが確立するということはそれはつまり逆に言えば


「同じ回避方法を取るということだろう!?」


 予想していた通り、先刻と同じように距離を取りこちらの斬撃の範囲外へと逃れようとする動き。それに追従するように、折り曲げていた膝をグンッと伸ばしながら、右足を大きく踏み込ませる。残った左足のバネに押されるように機体が前へと踊りでる。

 まるで古の刺突剣技の如く、半身になっての突き!

 全身を大きく伸ばす形になったそれは攻撃後の隙が大きいがしかし、ブレードによる攻撃の中で最長のリーチを誇る!

 高速で後退する相手に対しての追撃。速度は此方の方が上回っているがしかし、最長のリーチといえど限界はある。距離外へと逃れられる前に…届け!


『右脚部損傷拡大。姿勢を維持できません』


 限界まで伸ばした細身の機体を支えていた右足から、バキッという破砕の音色が響き状態がぐらりと傾いていく。

 既に姿勢を維持することすら出来ない右足では、この伸びきった機体を引き寄せるだけの負荷に耐えられない。

 あと半歩が足りない。

 刃は…届かない。


「まだだっ!」


 完全に伸びきった機体。崩れ行く体勢。もはやこれ以上リーチを伸ばす事は不可能…では無い!まだやれることは残っている!ブレードを握る右手首を機装とは思えぬ柔軟性でクルリと回し、手首のスナップだけでブレードを投擲する!

 当然、勢いは無く距離は稼げない。しかし、この半歩を埋めることは出来る!

 狙いは胴体部。細身の機体の中には動力部と重力制御装置がつまっているはずだ。そのどちらかにでも着弾すればそれで十分。一縷の希望を乗せて、ブレードを手放すその瞬間、ガクンと機体が落ちる。


『脚部損壊。右膝関節部大破と判断します』


 視界の下、うっすらと見えたそれは機体重量と負荷に耐え切れず、膝から先が千切れていく右足だった。


「くっ!」


 投擲の瞬間での大きな揺れで目標が狂う。機体が傾いていくのと同様の右下方向へと。

 これが外れれば終了だ。唯一の武装を手放した上、脚部は損壊。逃げることすら出来ない。

 半ば…いや、九割博打といわれても否定は出来ないが、俺はそれにかける。分の悪い賭けは嫌いじゃない!

 飛翔するブレードは目標よりもはるかに下へと刃を向けた。

 この角度、当たったとしても脚部。たとえ片足を失ったとしても重力制御であればある程度のバランスを取ることは出来る。

 賭けは…負けた。

 そう、思った…一呼吸後、予想外の情景が目の前に広がっていた。

 目標をそれ右下方向へと飛翔していた刃は後退していた青の機装の足の甲にあたる部分に突き刺さり、そのまま地へと縫い付けていた。

 ガクッと一瞬の停止。地に縫い付けたといえど深く刺さっているわけではない。抜こうと思えばすぐに抜ける、その程度だ。

 だが、その一瞬に一つの音が響き渡った。


 ガウゥゥゥゥン!


 足を縫い付けられていた青の機装が、投擲したブレードを引き抜きながら、ゆっくりと後ろへと倒れていく。

 その胸部には円形の貫通痕。

 俺が地に伏せるように倒れこむのとほぼ同時に、乾いた砂を巻き上げて、青の機装が沈んだ。


「…ぐっじょぶだぜ、玲」

『んっ』


 うつ伏せ状態で倒れている【猛虎】のモニタからでは見られないのが残念だが、予想するまでも無く【空牙】の親指を上げているに違いない。

『敵機沈黙。動力部大破を確認。見事なスナイプだと判断いたします。さすがですね』

『ふいーひやひやしたさー』


 インカムから聞こえていくる二人の声。サクラは相変わらず淡々と話すのみだが、ユンファの声には紛れもない安堵の息が混じっていた。

 かくいう俺もギリギリの戦闘からの開放でふぅ、と大きく息を吐いた。

 モニタに表示されているアイコンを見る限り、脚部は完全に大破。左腕は欠損しているし、唯一無事なのが右腕だけという酷い有様だ。

 もはや動くことすらできないだろう。一応回収はしていくつもりだが、この状態を修理するのは相当な額の金が掛かる。寧ろ新しいものを買うべきか。

 やれやれ、と全身の力を抜いて座席へと背を預けたところで、すっかりと忘れていた声が耳に届いた。


『いやーお疲れ様です。流石は教官ですね。まさか倒しちゃうとは思わなかった』

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