02

 【伏虎】のメインカメラを望遠モードに切り替えると、土煙りの上がっているその足元に高速で航行している赤い機装の姿が見える。速度の割に舞い上がる土煙りが少ない様に見えるのは重力制御によるホバー状態での航行だからだろうか。

 先刻サクラが停止勧告を行ったと言う話ではあったが、再度一真はその赤い機体に対し、共通回線を開く。


『高速で航行中の赤い機装。交戦の意思がなければその場で停止せよ。拒否する場合、交戦の意思有りとみなす』


 勿論、相手からの返事など期待はしていない。ここで止まるようであれば先のサクラからの勧告で既に停止しているはずなのだから。

 だが、その赤い機体が取った行動は一真も、他のクルー達も予想していなかったものだった。


『あれっ?その声もしかして…教官?』

『……なに?』

『やだなぁ、忘れちゃいました?僕ですよ僕。D-00、ディオですよ、カズマ教官』

『D-00…お前、本当にディオ…なのか?』

『あははっ、またその名前で呼んでくれるんですね。懐かしいなぁ』


 共通回線を通じて聞こえてきた声は何処となく幼さを残した少年の声。楽しげに弾む声に緊張感はなく、それと同調するかのように高速で航行していた赤い機装もゆっくりと速度を落としていった。


『カズ兄…もしかしてこの子』


 秘匿回線を使っての通信で、【桜花】に待機しているユンファから疑問が投げかけられる。

 彼女とてこの時代を生き抜いてきた人物。知り合いらしいと分かったとしても完全に警戒を解いたわけではないようで、声が若干硬い。


『あぁ、被験者の一人、だった。まさか生きているとは思わなかったが…』


 何とも歯切れの悪い返事をする一真だが、ユンファの問に対する回答は予想外のところから発せられた。


『酷いなぁ教官は。勝手に殺さないでくださいよ』

『え、嘘!今の秘匿回線さね!』

『あははっ、何言ってるの?僕達Dナンバーは電子戦用だよ?これくらい超余裕だって、忘れちゃった?』


 少年の声は何処までも楽しそうに。言葉面だけを受け止めると相手をバカにしているようにすら聞こえるのだが、その口調故にか、本当に、ただ楽しそうにしているだけの様にとらえられる。

 だが、彼女にとってはそうでもなかったようだ。


『そ、そんな事まで知らないさね!』


 相手が秘匿回線の会話を傍受出来ている事はすっかりと頭から抜けたようで、そんな事よりも相手の返答の方が気に食わないらしい。


『え?…あ、そう、そう言う事か!あははっ、ゴメンゴメン。教官の仲間みたいだからてっきり君も『鋼の子供達』に関わってた人だと思ってた。あははっ、ゴメンねー』


 そうこうしている間に一真達に向かって航行していた赤い機装が肉眼で把握できる距離まで近づいていた。ゆっくりとした速度ではあるが着実に近づいてくる機装は一般的なそれと比べると少々特徴的な形をしていた。

 全体的に丸みを帯びたフォルムに平らな頭部。何より特徴的なのは人で言うところの肩甲骨の当たりから上に伸びた2本のアンテナだ。【空牙】の重力制御装置程の大きさは無いが、見方によっては小さな翼のようにも見える。

 また、先の航行速度と巻き上がる粉塵を鑑みて重力制御機動だろうと当たりを付けていたが、それらに良く見られる細身のシルエットでは無いのがまた特徴的と言えば特徴的だ。

 見た感じ武装らしき武装が無く、その分軽量化されているのだろうか。

 電子戦用という彼の言葉を信じるのであれば、完全に後方支援用の機装という事だろう。

 それにしても自衛用に小型のマシンガン一丁程度は持っていてもおかしくはないのだが。

 ある程度近づくと、機装の足は地についておらず僅かに浮いているのがはっきりと見える様になる。

 無防備に近づいてくる赤い機装に対し、一真の【伏虎】はその場で立ち止まったまま、右手に備えるブレードを相手へと向けた。


『すまないがそこで一旦ストップだ、ディオ』

『ちょっとちょっと。感動の再会だっていうのに、それは酷くないですか?それにほら、僕丸腰ですよ?』


 そういって両手を上げる赤の機装。確かに武装の類はみられないのだが、一真の中にある一つの疑問が僅かな警戒を最後まで解かない。


『今の俺達には此処に現れたモノ…お前を警戒しなければならない理由がある。ここで何をしていた』

『何…って、ただ通りかかっただけですよ?』

『違うな。通りかかっただけなら強力なジャミングなどかける必要はない』

『それは…ほら、僕の機装って丸腰だから、その辺のヴァルチャーとかに見つかっても恐いなーって』

『それも違うな。ジャミングは自分は見えて、相手は見えないなんて便利なものじゃない。展開中は自分の策敵機能も大幅に低下する。いわば目を失った状態だ。そんな状態でうろうろする方がよっぽど心臓に悪い』

『それは…まぁ…』

『その程度の事、お前が気付かないわけがないだろう?相変わらず嘘が下手だな、ディオ』


 矛盾をきっぱりと言い放つ一真だが、その口調はいくらか柔らかさを感じる。まるでそのやりとり自体に懐かしさを感じているかのように。

 一瞬の空白が辺りを包むも、直ぐにディオの笑い声で満たされた。


『あははっ、流石教官だなぁ。誤魔化せないか。うん、僕も用事があってここに来たよ』

『何かは…話せないか』

『教官相手でも――簡単には』


 ディオの返答、予想していたものよりも少々緩いか。簡単には…そう付け加えたという事は、つまり簡単でなければ、という事。早い話が…何か対価となるものをよこせと、そう暗に示唆している。一真もそれに気付いては居るが、しかしそれに乗るにはリスクが大きい事もまた理解している。


『だろうな』


 それ故に、一真は深くを追求する事はしなかった。

 例え相手が一真の顔見知りであり、ある種の仲間のような存在であったとしても、あの日から二年が経過している。お互いに、昔のままの関係では居られない。

 この僅かな会話の中で、一真はそのことを強く実感していた。故に、ディオのその交渉とも言える会話を早々に打ち切る事にしたのだ。

 そんな一真の反応に、少々がっかりしたような溜息をつくディオ。わざとらしさすら感じられる程に大きいそれは、インカム越しでも聞こえてくる。


『そういう教官はどうなんです?手前味噌ですけど、僕のジャミングは結構しっかりしてたって自負があります。多分、僕に気付いた時には1500か…2000くらいには近付いてたと思いますけど、こうして教官は既に戦闘準備が整っている。まるで何かを待っていたかのように、ね』

『……』

『沈黙は金、雄弁は銀、って事ですか。もう、僕こういう駆け引き苦手なんですけど…って、教官もそれ知ってるからあえてこういう展開にしたかったのかな?まぁいいや、でもそれじゃ話が平行線のままなので、僕は銀を取りますね』


 まるでとっておきの話をしたくてうずうずしている子供の様に、彼の言う銀を告げる声は軽やかに。


『教官、知ってます?死神はキサラギ製の機装ばっかり狙ってくるそうですよ』


 その一言に一真達は一同に息を飲み、そして同時に少し緩みかけた空気がピンと張りつめた。


『ディオ、てめぇ…どう言うつもりだ』

『あ、その声はウィリアム主任じゃないですか?やっぱり一緒だったんですね』

『俺がクロイツと一緒にいるとかそーいう事はどうでもいいじゃねぇか。それよりも、てめぇ、俺らが死神探ししてんの知ってやがったな』


 普段は適当を絵にかいたような性格をしているウィルだが、今回ばかりはその声に警戒の色が強い。

 今回の依頼はキサラギの社長である風華から直々の依頼だ。関係者以外に一真達が死神と呼ばれているであろうそれを追っている事を知っている人間は極わずかのはず。

 仮にキサラギ側が一真達以外にも同じ様な依頼をしたとしても、一真達が他の依頼を受けた連中を知らない様に、他の者たちが一真達の事を知るはずが無い。

 その事を知っている人間がいるとすれば、キサラギの上層部に位置する人間か、死神に関しての情報を隅々まで収集してる物好きか、もしくは、その死神本人か。


『ははっ、やっぱりそうだったんですね』


 ウィルの返事になぞなぞを解き明かした幼子のような楽しげな声が返る。


『あ、変に勘ぐらないで下さいよ?僕も例の死神調査の依頼を受けただけです。色々と情報を集めている間に他にも探ってる人がいるって事に気付いただけですよ。で、他でもないここでそれらしい人達に会った。その後を想像するのは簡単でしょ?』

『カマかけたって事かよ。くそっ、何が駆け引きは苦手だ』

『いやー、さっきのはアフロが馬鹿だっただけだと思うさ』


 確かにディオの言うそれは筋が通っている話ではある。だからと言って完全に信用すると言うわけでもないのは当然だが、一真達が一層の警戒を持つのはそれ以外の理由も含まれているからだ。

 ディオもそれを感じ取っているのか、より一層深いため息をついた。


『もしかして、まだ『鋼の子供達』の事、気にしてるんですか?あれははもう二年も前の話なのに』

『まだ二年さ』


 そうつぶやく一真の声に少々のかげりが見える。対するディオの声にはそういった負の感情はまるで見えない。本当に、一切を振り切ってしまったかのように。


『そんな事言って、あの上空で待機してる機装。あれ、プロトタイプゼロでしょ?まだ二年、なんて引きづってる人が使うような機装じゃないと思うなぁ。乗ってるのは…L-01かな?』

『昔話はいいじゃねぇか。同窓会じゃねぇんだぞ』


 ウィルが少々イラついた口調でディオの台詞をさえぎる。彼としてやはりいい思い出ではないのだろう。


『あはは、確かにウィリアム主任の言うとおり。僕だってそのつもりじゃありませんでしたよ。でも、鈴の音に引かれて来てみたら懐かしい人がいるじゃないですか。柄じゃないですけど運命感じちゃうなぁ』

『鈴…?』


 ディオの台詞に疑問符を投げかけたのは上空で待機している玲だった。


『まさか気づいてないの?あははっ、教官もL-01も随分と腑抜けたね。ほら、冥界の主がつくりし鈴の音に引かれて』

『緊急連絡です。七時方向に機装反応あり。距離7500。識別、アンノウン1機。まっすぐにこちらに向かってきていると判断いたします。以上』

『死神がやってくるよ』

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