02

 再び黒の液体を口に含み、それを思い起こす。

 舌先に感じる苦味としびれは果たしてコーヒー故なのだろうか。

 何から話したものかと軽く思案するが…俺達と【鋼の子供達】の関係を話すためには、やはり彼女の話から…か。


「少し昔の話だ。キサラギには一人の天才が居た。彼女の名前は如月雪華」

「如月…って事はあのウサちゃんの?」


 両手で包み込むようにカップを持ったユンファがまっすぐに此方を見ながら問いかける。

 今でも鮮明に思い出せる彼女の顔、声、口調、臭い…は流石に無理か。

 それらを思い出し口の中に広がる苦味をかみ殺しながら言葉を続ける。


「あぁ、風華の姉に当たる」

「んで、クロイツの元恋人兼元同僚で、俺の元同僚ってなわけだ」


 早くも沸いたらしいお湯をカップに注ぎながら、ウィルが余計な一言を付け加えてくれた。本人に悪気が無いのだから余計始末が悪い。


「そんな間柄じゃなかったよ。単に…相談相手だっただけだ」

「元…ってことは…その」

「…順を追って話すよ」


 此処からは、単なる昔話…。実体験ではあるが、今起こっている事ではない…そう、昔の事なんだ、と、自分に言い聞かせながら。


「彼女は先代社長の如月源一郎の長女として生まれたが、彼女は経営に関して全く興味を持たなかったらしい。その代わり、機装技術に関してはまさに天才だった」


 カタン、と椅子を引く音に視線を向ければウィルもコーヒー片手にテーブルに着くところだった。砂糖もミルクも入らない、純粋で苦々しいそれを飲み込みながら、口を開く。


「キサラギが重力制御装置の小型化に成功したのは覚えてんだろ?あれ、当時キサラギインダストリィ技術本部第1課に所属してた俺とユキでやったんだわ。まぁ、9割はユキの功績だけどな」

「アフロが…?信じられないさ」


 ユンファの感想もまぁ、分からないでもない。そんな功績があるのであれば今頃キサラギの重役になっていてもおかしくないのだから。


「俺は1割にも満たねぇっていってんだろちくしょう」


 ずずっとコーヒーをすすりながら、悪態をつく。。


「まぁ兎も角、彼女はその功績を受けて、一気にキサラギの技術主任になった。そこで一つのプロジェクトを立ち上げる。プロジェクトMerge of Man and Machine《M.M.M》。俺が彼女と出会ったのはそのプロジェクトの中でだ」

「プロジェクトの内容は簡単に言えばだ、重力制御装置を乗っけた機装を自分の体のように動かしみようぜ、って事だ」

「なるほど、人と機械との併合…名前の通りさね」


 かなり大雑把な説明だが、大まかにはそれでいいだろう、と俺もうなづいてみせる。


「このプロジェクトで肝になるのは人の脳波を読み取り、機装へ電気信号として伝達するシステム【Direct Feeling Control System《D.F.C.S》】の開発だった。それの被験者が、当時キサラギ私設部隊に所属していた俺とまだ幼い玲だった」

「なんで玲が…?」


 ユンファの視線がちらりと玲へと向けられる。対する玲はそれに答えるわけでもなく、じっと手元のカップを見つめていた。


「詳しくは俺も知らないが、雪華がどこからか拾ってきたらしい」


 何故玲が選ばれたのか、そこは俺もウィルも詳しく聞かされていない。もしかしたら玲本人も知らないことなのかもしれない。


「でまぁ、二人を被験者としながら開発してったんだがな、今まで類をみねぇシステムだ、そう簡単にいくわけもなく開発は難航。で、痺れを切らした源一郎の野郎と、当時社長見習いとして色々覚え始めてたフウに成果を見せろってな事を言われたわけよ」

「元々源一郎は【プロジェクトMMM】に対して否定的だったからな。仕方なく未完成のシステムを使って稼動実験を行ったが…結果は失敗」


 あの時の事は良く覚えているD.F.C.Sが思うように反応せず、機装は殆ど動かなかったんだったな。


「雪華は主任から更迭され代わりに源一郎が何処からかスカウトしてきた村岡という男が主任となり、【プロジェクトMMM】を引き継いだプロジェクト【鋼の子供達】が立ち上がる」


 【鋼の子供達】の言葉に、ピクリとユンファが反応した。此処からが、話の本番という事になるのを感じ取ったのだろう。


「当初、俺やユキも含めた開発メンバーが聞かされてたのは、クロイツに比べて幼い玲の方が反応がよかった事を踏まえて、被験者をガキに限定したプロジェクトに組み替えたって事だった」

「俺は被験者の立場から、子供達に機装の技術や知識を与える教官の立場へと変わった」

「だからウサちゃんに教官って呼ばれてたのか」

「俺とユキは継続してD.F.C.Sの開発してたんだが、なんかどーも怪しい臭いがしてな、クロイツと一緒にちと探りを入れたんだわ」

「怪しいって…どんな?」

「【プロジェクトMMM】は自分の体の様に機装を動かすのが目的だろ?だから、脳から機装の情報伝達に力を入れてたわけなんだが…【鋼の子供達】に変わってからは、機装から脳への情報伝達の開発を優先するように方針が変わりやがった」


 プロジェクトの最終段階としては、機装から脳への情報伝達も視野に入れており、本当に自分の体を動かすのと同じように機装を動かすシステムの開発を目指していた。

 だがやはり、機装は人が動かすものだ。まずは動かすためのシステムを整備する必要があるのは当たり前のはず。

 だがそれを後回しにする【鋼の子供達】に不信感を抱かざるを得なかった。

 そしてもう一つ、【鋼の子供達】に対する不信感を煽る噂も耳にしていた。

 それが、


「ついでに、D.F.C.S開発の副産物的な感じで俺とユキが基礎部分を作ったAIがあったんだがな、どうも【鋼の子供達】の予算を使ってそいつを完全なものにしようとしてるらしいって話をちらぁっと耳にしてよ」

「別に新しくできたAIを完成させるのはおかしくないんじゃないさね?」


 ユンファの疑問ももっともなのだが、この計画においてはそれは少し違う。


「俺やウィルが聞いていた話が正しければ―あくまで【プロジェクトMMM】を引き継いだ形の【鋼の子供達】であれば―AIを完成させる必要性はないんだ。なぜなら、操縦するのはあくまで人のはずだからな」

「ただでさえ一度白紙にされた計画なんだぜ。予算はカツカツだったはずなのに、余計なもんに手を出してる余裕なんかねぇはずだ」

「つまり…【鋼の子供達】には裏があるんじゃないか…って?」

「あぁ。そう思った俺とウィルは情報を得るためにキサラギ本社に潜り込んでデータベースにハッキングした」


 俺たちが居た研究棟はセキュリティの観点からか外部からのアクセスを一切遮断された場所にあったため、情報を得るためには直接本社のネットワークに接続剃る必要があった。


「そこで見つけたのが…【鋼の子供達】の全容、人の脳を生体パーツとして機装に組み込むというものだった」

「そんなの許されるわけ無いさ!」


 バン!とテーブルを叩くユンファ。がっしりとした作りの机はぐらりと揺れることも無かったが、近くにおいてあったカップの中身だけが、ゆらゆらと揺れていた。

 あの時、あの資料を見つけた俺も、ウィルも、同じ事を言った。こんなものは許されるはずが無い、と。そしてこうも思っていたはずだ、彼女の…雪華の夢は、こんなものではなかったはずだ、と。


「そりゃな。だから俺らもこれを知ってどうにかして止めねぇとダメだと思ってた」


 それなりに長い付き合いになるがあの時ほど激昂したウィルは未だに見た事が無い。今もカップを持つ手で肩をすくめて見せて飄々としているが、その内は如何ほどだろう。


「が、なんつーか、神様ってのは意地悪なもんでな、俺達が情報を手に入れた時には既に廃都から離れた実験施設で【鋼の子供達】計画の実稼動実験第一弾が行われてたわけ」

「その被験者が、私」


 ウィルの話に続いて、玲がはっきりとした口調でユンファへと伝えた。じっと見つめていたコーヒーは殆ど減っていない。


「で、でも玲はこうして生きてるさね」

「最終段階としては脳だけ切り取る予定だったみてぇだけどな、その時はまだ試験段階って事で…」

「こうして、被験者の脳に直接チップを埋め込んで、ここにケーブルで繋いでいた。多分他の子にもこんなのがある」


 そういって、玲は自身の長い髪をまとめて体の前へと流し、首の後ろを見せた。髪の生え際よりも僅かに上に、幅3cmほどの人工的なスロットが存在していた。


「そんな…」


 隣でそれを見たユンファがポツリと零しうつむいてしまう。


「おまけに結局稼動実験は失敗。原因はわからねぇが、搭載していたAIが暴走しやがった」


 気付けば空になっていたカップをテーブルへと置き、そのままテーブルの上で手を組んだ。そうして思い起こすのは事件当日…二年前のあの日だ。時間の経過は記憶を薄いもやの向こう側へと隠しつつあり、鮮明に見渡す事は出来なかったが…それでも、あの光景を完全に隠す事は暫く出来ないのだろう。


「俺達が廃都から駆けつけた時には既に研究所は瓦礫の山になりかけていた。暴走した機装を止めるには、唯一無傷で残っていた実験用プロトタイプ…玲の乗っている【空牙】で玲の乗る実験機を破壊せざるを得なかった。その後、大破した実験機から強引に玲を引き釣り出し、そのままウィルと玲を連れて逃げ出してきたんだ」

「まぁそんなわけで、結局源一郎を含めた実験に同行していたメンバーの大半が死亡。村岡とユキも行方不明扱い。計画は凍結されーので、被験者だったガキも散り散りになって何処で野たれ死んでるのかすらわかんねぇ。んで、源一郎に代わりフウが社長になりやがった」

「なりやがった…って、アフロはあのウサちゃんが何かやったと思ってるのさ?」


 ウィルが最後に吐き捨てるように付け加えた言葉に含まれる怒りや苛立ちを感じ取ったのだろうか、ユンファは少し首を竦めた。


「わかんねぇよ、確証はねぇし。誰かが手を加えたのか、本当に失敗しただけなのか、まさに神のみぞ知るって事だ」


 そう吐き捨てる様に言うウィルだが、その胸の内に秘めているのは間違いなく疑惑だ。

 そして俺も、同様の疑惑を持っている。

 だが、証拠品は既に存在せず、また実験に同伴していた研究員もほぼ死亡。生き残りが居たとしても今何処に居るのかすら分からない。そして、被験者だった玲も、その時の記憶は無い。

 結局のところ、今となってはまさにウィルの言うとおり、神のみぞ知る状態だ。


「そっか…だからカズ兄はあんなにウサちゃんに対して敵意むき出しだったのか」

「そんなにピリピリしてたか?」

「そりゃもう。飛び出して殴りかかるんじゃないかと思ってたさ」


 俺自身としては結構押さえ気味だったつもりなんだが、どうも周りから見ればそうでもなかったようだ。

 確かに、ウィルの言うとおりなんだろう。なんだかんだで、あの2年前の出来事を未だに引きずっている。俺の中で彼女の存在はそれだけ大きかったのかもしれないな。


「うん、【鋼の子供達】についてはよくわかったさ。話してくれてありがとう」

「まぁ、いずれユンにも話さなきゃなんねぇなーとは、思ってたからな。つーか、てめぇの方から教えてくれって言ってくるとは思ってなかったんだけどよ」

「き、気になったんだから仕方ないじゃないか!」


 ひと通り話終わったところで、いつものウィルとユンファのやり取りが始まった。先ほど話した【鋼の子供達】に関しては部外者から見ればそれほど重い話でも無いのかもしれないな。正直いえば、少々ホッとしている部分もある。知らず知らずとはいえ、非道な実験に関与していた事は事実だ。その部分で拒否反応を出されたとしてもおかしくは無かったのだから。

 そういう意味で、この二人のどうしようもないやり取りは貴重なものなのかもしれない。


『ユン様、お楽しみの所申し訳ございませんが、次のポイントまで30分を切りましたので次の出撃前の点検をお願いいたします』

「あ、もうそんな時間か。それじゃ行ってくるさ」


 時間に性格なサクラが予定のメンテナンス時刻になったことを伝えるとユンファはスタスタとハンガーへと歩いて行った。彼女が出て行くのを確認した後、カタン、を椅子を引いたウィルが気だるげに頬杖をつきながら俺を睨めつける。


「なぁクロイツよぅ。今更【鋼の子供達】について聞いてくるっつーことはだ、てめぇ玲の事とか、俺らの目的とか、全然話してねぇだろ」

「…話してないな」

「ったく。まぁそれを聞いたから船を降りるなんていい出すような奴じゃねぇのはわかってっけどよ、一応乗せる前に話しとけよな、めんどくせぇ」

「そうだな…どうも気にしてたのは俺だけだったみたいだしな」


 ユンファの搭乗を決めてから今回の依頼を受けるまでの時間が短すぎた…というのは俺の言い訳だろう。単純に、過去を語ることを怖がっていただけなのだろうな。

 今回の依頼が終わったならばしっかりとユンファにも話をしておく事にしよう。

 口に残る僅かな苦味が薄れた頃に、俺もハンガーへと歩き出した。

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