昔話を始めようか

01

 次のポイントまではそれなりに距離があったため、俺と玲は一旦【桜花】へと着艦していた。

 機装のコックピット内も言うほど居住性が悪いわけではないのだが、好き好んで居座る場所でもないわけで、コックピットから出てタラップに足を踏み出したところに足元に待ち構えている人影に気付いた。

 多少俯きかげんで立ち尽くすそれはどうみてもアフロではないので、必然的にユンファという事になる。サクラが化けているという可能性も無い事もないが、仮にサクラだとしたらアフロを1発殴れ場言いだけの事なので結果どちらでもいい。

 自然見下ろす形になり彼女の表情を読み取る事は出来ない。わざわざ【伏虎】の足元に待ち構えているという事は俺に用事があるということなのだろう。

 それに、たとえ機装の中にいる状態であったとしても通信で会話は出来るのだから、直接顔を合わせた上で話したい事、という事か。

 内容は…予想できる候補がいくつかある。

 が、恐らくこれだ、という決定的な確証はない。

 カツンカツン、と音を立ててタラップを降りていく。

 彼女が話そうとしているものが何なのかは分からないが、あまりいい話ではないのだろうという事は何となく想像する事が出来る。

 一歩一歩と降りていくタラップはまるで十三階段のようにすら感じられた。最も、あちらは上っていくものなのだが。

 タッ、と最後の一歩を地に着けてユンファの前に降り立つ。

 依然俯いたままのユンファだが、ここまで降りれば顔色を伺う事は出来る。

 シュンとした様子をしているのかと思ったのだが、どちらかといえば逡巡しているように見える。言うか、言うまいかといった様子だ。

 時折チラチラと此方に視線を向けるのだが、何も言わずにまた俯いてしまう。

 サバサバとした性格の彼女にしては珍しい動作だ。見てて面白いので暫く何も言わずに見ていることにしよう。じろじろ。


「ちょ、その、カズ兄!もう少しこう、でりかしーのある態度とか取れないのさ!?」


 暫くユンファ鑑賞していると流石にしびれを切らしたらしく、ぶんぶんと両手を振り回してお怒りのご様子。


「待ってやってたんだから文句言うなよ。アフロなら、便所か?とか聞いてたと思うぞ」

「アレを基準にしないで欲しいさね!」


 遊んでいたのは間違いないのでこの辺にしておいてやるとしようか。軽い戯れのお陰かユンファも硬い空気が多少ほぐれた気がする。


「立ち話もなんだ、居間に行くか?それともここの方が都合がいいか?」

「あ、いや…うん、居間でいい」


 俺達が居間と呼んでいる場所は本来はブリーフィングスペースだった場所だ。もっとも、ブリーフィングなんてする程の人数がいるわけでも、きっちりとした部隊であるわけでもないので、もはやブリーフィングスペースとは呼べないほどに弄ってある。ブリーフィング用のテーブルはそのままだが、壁際にIHヒーターと冷蔵庫を設置してあり、朝食程度の簡単な調理を行えるようになっている。一応ちゃんとしたキッチンも存在しているのだが、ユンファが来るまで料理などする人材が居なかったわけで、大抵はここで済ませていた。

 ユンファを引き連れて居間の扉を開ける。

 自動で開いた扉の向こう側には俺よりも先に着艦していた玲と操艦をサクラに任せたらしいアフロが既に入っていた。どうやらコーヒーでも飲もうとしていたようで、IHヒーターの上には古めかしい薬缶が乗せられている。

 よくよく考えれば、暇な時は各自の自室か居間しかいる場所が無い空間なのだ。個人的な話をするのに居間という選択肢は失敗だった。ユンファの微妙な反応はその所為だったのかもしれない。


「あー、どうする?場所変えるか?」

「んや、いい。寧ろ二人ともいてくれた方がいいさ」


 見た感じ無理をしているようでもない。さっきはどうも俺一人に話をしたかったように見えていたのだが…俺が居間を指定したから逆に吹っ切れたのか?


「玲、コーヒー二人分追加な」


 シュンシュンと湯気を上げ始めた薬缶に手を伸ばす玲に追加注文。もちろん、インスタント。


「ん」


 落としても割れない樹脂製のカップを追加で二つ取り出して、合計三つのカップに黒の粉雪を降らせていく。どぼどぼと荒っぽくお湯を注げば悪魔のように黒く、地獄のように熱い物体の出来上がりだ。残念ながら天使と愛はどこかへ行ってしまったようだが。

 席に着いた俺達の前にコトッとカップが置かれる。俺と玲は砂糖を少々。ユンファはミルクも入れて甘めに仕上げるのが好みらしく、砂糖をたんまりと入れていた。


「さて…で、話ってのはなんだ?」


 全員にカップがいきわたったところで俺が口火を切る。


「実は―」

「ちょおおおっとまてい!俺は?俺のコーヒーは!?」


 そういえばアフロも居たのを忘れてた。バンバン、とアフロがテーブルを叩くので取り合えずカップを避難させる。備え付けの無骨だが頑丈なつくりになっているテーブルはその程度ではびくともしなかったようで、逃げ遅れた玲とユンファのカップから地獄の悪魔が逃げ出す事は無かったようだ。


「自分で淹れる」


 さらっと玲が言ってのける。というか、アフロも玲が自分の分を入れてくれるとは思っていなかったと思うのだが…もしそう思っていたとしたならばいつになったら学習してくれるのだろうか。


「くそっ!それくらいやってくれてもいいじゃねぇか…ってお湯ねぇじゃねぇかよ!」

「全部使った」

「酷くね!俺の扱い酷くね!?」

「アフロちょっと煩いさね」


 ユンファもだんだんとアフロの扱い方が分かってきたようだ。うむ、好ましい事だ。


『マスターには私が淹れて差し上げ…おっと実態が無いので無理でした。残念。マスター、ご自分で淹れられるしかないと判断します』

「わざとだよな!?サクラそれわざとだよな!?父さんはそんな子に育てた覚えは有りません!」

「お湯くらいすぐ沸かせるだろう。ホントちょっと黙ってろ」

「くそっ、クロイツまでそっち側かよ。そうだよなー自分は淹れてもらってるもんなー」


 ぶつくさと言いながらも冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して薬缶へと注ぎ始めた。お湯が沸くまでの間くらいは少し静かになるだろうか。


「で、改めて、話ってのはなんなんだ?」


 アフロがギャーギャー騒いだお陰で少し熱が抜けたコーヒーを口に含めつつ、ユンファの言葉を待つ。彼女もまた同じようにミルクブラウンのそれで口を湿らせてから、ゆっくりとした口調で言葉をつむぎ始めた。


「本当は聞くか聞かないでおこうか迷ったんだけどさ…カズ兄、それにアフロも玲も、その…『鋼の子供達』って…なんなのさ」


 そうくるか…。いや、寧ろ今までその話題が出なかったほうがおかしかったのか。あぁ見えて気の利く子だ、あえて触れないようにしていたのかもしれない。


「あ、いや、その、言いたく無い話なら…うん、言わなくてもいいさ」


 自分では上手い事隠したつもりだったのだが、どうやら俺が少々困惑した事が顔に出てしまっていたらしい。慌てて彼女が付けくわえる。もはやこうなれば内情を隠す必要も無いだろう、と、一息、深く呼吸をする。


「ウィル、玲、どうだ?」

「いーんじゃね?つーか、俺は別に引きづってるわけでもねぇしよ」


 IHヒーターの横で壁に瀬を預けた状態のアフロが投げやりに答える。あいつはそういうだろう、とは思っていた。


「俺よか玲と、クロイツ、お前次第じゃねーの?」


 ウィルの言う通り、多分あの事を一番引きずっているのは俺なんだろうな。


「私も…いいよ」

「そうか」


 最も思い出したくない人物は間違いなく玲だろうに、その玲も話してよいという。ならば、俺が嫌だというのはかっこ悪いじゃないか。


「…サクラ、次のポイントまでは?」

『およそ1時間と判断します』

「それだけあれば十分か」

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