痕跡と疑惑

01

 俺の【伏虎】と玲の【空牙】が降り立った場所に、それはぽつんと横たわっていた。

 遠目で見た限りでは大きな破損は無い様に見える。


「サクラ、あの機装、本当に大破してるんだよな」

『はい、間違いありません。内部から一切の熱源は感知できません。恐らくパイロットも居ないものと判断します』

『ともかく、近くで見て見ない事には良くわからないさ』

「…それもそうだな」

『注意は必要』

「分かってる」


 瀕死に見せかけて近づいたところを襲う、という古典的ともいえる手法も無い事も無い。

 腰のアタッチメントから大型ブレードを引き抜き、念のための臨戦態勢を取りつつ、横たわる機装へと【伏虎】を進める。


「ウィル、あの機装、機種は分かるか?」

『あー、ちょっちまってん。今調べ―』

『キサラギの【疾風】さね』

『……だそうだ』


 インカム越しで表情は見えないものの、勝ち誇った顔のユンファと苦虫を潰した顔のウィルの顔が容易に思い浮かぶ。


「【疾風】か…」


 ユンファの答えを聞き、自分の中にあるデータベースから【疾風】に関する情報を引き出す。

 最新の【蛟】から比べると三世代旧式の型ではあるが、元のスペックが優秀だったために現在でも現役として十分に運用出来るレベルの機装だったはずだ。

 幾分か旧式とはいえ利用価値がある機装。まともな感覚を持つヴァルチャーであればむざむざ放置する事もあるまい。


『【疾風】はまだまだ人気の機装さ。次の型の【月光】が失敗作だったし、改良型の【月光二式】は性能は良いけど単価が高いから、【疾風】を乗り続けてる人も多いよ』


 俺の思考を読み取ったかのようにユンファが補足する。


『っつーことはだ、やっぱ例のアレに遭遇した奴って可能性が高いわけだな』

「そう言う事になるな」


 二人の会話を聞きつつ、【伏虎】を【疾風】の隣に付ける。

 ブレードを当てて見るがやはり反応は無い。完全に放置された機装で間違いないだろう。

 ブレードをアタッチメントへと格納し、【疾風】の各部を調べていく。

 本当に大破したのかと疑う程にその機装はほぼ無傷の状態だった。

 だが一か所だけ、脇の少し下あたりに大きな貫通痕が存在していた。

 恐らくこれが致命傷となったのだろう。


『…この機装やった相手、相当のやり手さね』


 【伏虎】からの映像を見ていると思われるユンファが淡々と意見を述べる。


『傷痕を見た限りだけど、これ、【疾風】のコックピットを一発で撃ち抜いてる』

「急所に一発ズドン、か」


 損傷の結果は考えるまでも無い。


『ちっ、胸糞悪ぃ』


 感情を抑えるつもりも無いのか、ウィルが吐き捨てる。

 機装を最も効率良く行動不能にする手段は二種類。機装の心臓とも言える動力部を破壊するか、もしくは、その機装を動かしているモノを破壊するか。

 しかし、動く機装相手にこれだけのピンポイントな射撃を行うのはほぼ不可能に近い。


『この位置、ライフルじゃ狙えない。何か違う武器だと思う』


 何時の間にか玲の【風牙】も近くに来ており、覗き込むように傷痕を眺めていた。

 玲の言う事ももっともだ。貫通痕という事で銃弾による傷だと思い込んでいたが、直接殴りつけでもしない限り滅多に損傷する場所では無い。


「銃撃では無い貫通…か。思い浮かぶのは一つだけ、だな」

『パイルバンカー』

『かーっ!パイルバンカーとはまた趣味的な武器だなおい』


 ポツリとつぶやくように答えた玲の解答に大げさな反応を示すウィル。

 幾分か癪ではあるが、ウィルの意見には同意する。

 巨大な杭を射出する近接武器のパイルバンカーは確かに装甲の厚い機装に対しては大きな効果を発揮する。厚い装甲にはブレードの様な線ではなく点で攻撃するのがセオリーだからだ。

 しかし、点で攻撃するだけであればライフルなどの銃器でいい。

 玲の使う【水破】などはその典型と言えるだろう。

 わざわざ近づくという危険を冒す必要などない。

 また、装甲が薄く機動力重視の機装に対しては点であるために当てづらいという欠点がある。勿論、当たれば一撃必殺となりうる威力を持っているが、当たらなければどうという事は無いし、線での攻撃であっても十分な効果を発揮できる。

 橘のおっさんが愛するドリルよりは実用的とはいえ、実戦的とは言い難い。


『単なる腕試し連中って線も、あながち外れてねぇのかもしれねぇなぁこりゃ。じゃなきゃ頭のイカレタ野郎だ』


 キサラギで依頼を受けてから、当然ウィルや玲も含め相手の正体について軽く話しあった事がある。

 その中の可能性として、金を持っている奴らが腕試しをしているだけ、という説もあるにはあった。しかし、やはり現実的に考えてあり得ないだろうという結論に至っている。


「戦う事そのものが目的ということか」

『でも全く見ない武器ってわけでもないさ。ヴァルチャー連中なんか結構適当な武器使ってる事も多いし、これだけじゃ特定するのは難しいと思うよ』

「確かにな」


 ユンファの意見を聞きながら、これまでの情報を軽く整理してみる。

 標的となっているのはヴァルチャーを含め無差別らしい。

 しかし機装の強奪や金品の要求などは一切ないらしい。

 主兵装はパイルバンカーの可能性が高い。

 最後の兵装以外の情報に関してはいささか不確定すぎる。

 ウィルの情報収集能力を持ってしても、実際に遭遇したという人物を見つけられていないだけに、この一件、ますますきな臭くなってきた。

 今更ではあるが、この話に本当に乗っても良かったのだろうかという疑問がわき上がる。

 とはいえ、後悔をしているだけでは意味が無い。そこからどう行動するかを考えるのが先決だ。今、俺達が出来るのは出来る限り迅速に、そして穏便のこの依頼を完遂する事だろう。


『カズマ』

「ん?玲どうした」


 先程まで【疾風】の傷痕を興味深そうに覗きこんでいた玲が辺りを見渡しながらぽつりとつぶやく。


『機装の残骸、これだけ?』

「…そうか、そうだな」


 玲の言わんとしている事を理解し、俺も玲に合わせるように周囲をサーチした。


『半径5km圏内に他の機装反応は無いと判断します。と申し上げたはずだと判断します』

「いや、サクラを疑ってるわけじゃない」


 感情のある人間であれば多少なりとも拗ねる口調にでもなっただろうか。すかさず口を挟むサクラに一応断っておく。


『ん?じゃぁなんなのさ』


 俺とサクラのやり取りを聞いて疑問に感じたらしいユンファが割り込む。


『そんなの決まってるじゃねぇか。ユンは相変わらずばっかだなぁ。なぁ?』


 なぁじゃないなぁじゃ。俺に同意を求められても困る。


『うっさいな!じゃぁ何なのか教えろよ!』

『俺が答えられねぇと思ってやがるな?ばーかばーか。こんなの余裕だっつーの』

「いいからさっさと答えてやれ」


 相性がいいのか悪いのか、ユンファとウィルはこんなやり取りが多い。

 ユンファから頼んできたとはいえ、彼女を預かる身としてはもう少しウィルには落ちついて欲しいとは思う。もっとも、ウィルの馬鹿は生まれた時からなので変えようが無いのは理解しているのだけれども。


『いいか?今時の機装ってのは単独運用を前提として作られてねぇ。逆を言えば、チームでの運用を前提として作られてんだ』


 勿論、機装が世に現れ始めた頃の土木用として作られたものはその限りでは無いが、軍用として開発されている機装はウィルの言う通りチームでの運用を前提として設計されている。各種通信機器を増強した電子戦用機装などもある程だ。


『基本は三機で一単位。機装のポテンシャルを引き出すにゃこれくらいは最低限必要だ』


 先の【蛟】の件でも分かる通り、三機一組での運用がスタンダードと言える。

 現在自分達の旗艦となっている【桜花】に関しても、一個小隊による効率的な強襲をコンセプトにしている通り、ハンガーに搭載可能な機装の数は三機だ。


『まぁ、よっぽど金がねぇ連中か、俺らみてぇなはみ出しもんは例外として、大抵の連中は三機一組で行動してんだ。だーけーど、だ、どう見てもこの周辺には機装の残骸は一機しかねぇ』


 ウィルの言葉に合わせるように、【桜花】への映像転送元である【伏虎】のメインカメラで周囲を見渡す。サクラの報告通り、辺りに機装の姿は一切ない。

 そして、一機しか無いと言う事、それだけではない特徴がこの場所にはある。


『そりゃ一機しか撃破出来なかったんじゃねぇか、ってのもあるけどよ、機装の腕だとか、装甲の欠片だとか、そーいうもんも一切転がってねぇだろ?多少ロートルってもまだまだ現役の【疾風】相手にコックピット一発でぶち抜くような奴…かもしくは奴らが、だぜ?』


 そう、戦闘の痕跡とも言えるそれらすら見当たらないのだ。


『本当に戦いたいだけっつーなら、残った連中もボッコボコにする方が自然だろ』

『じゃぁ…なにさ、あえて見逃した…とでも?』


 ウィルの説明を受けユンファが出した答えに誰も答えない。いや、答えられない。

 勿論、その可能性もあるが、今現在得ている情報だけでは判断ができない。

 早い話、訳が分からないのが実情だ。


「その可能性も、確かにある。が、単に襲われた側が一機だけで運用していた可能性もある。何とも言えない、というのが答えだろうな」

『少ない情報で判断するのは危険。情報を得られた、それだけでいい』

『ちげぇねぇ。他になにもなきゃ次のポイントへ行こうぜ』

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