02

 吹っ飛び気を失っていたウィルも一分ほどでこちらの世界に復帰し(途中、うーん、おっぱいがー、などと呻いたお陰で気絶時間が十秒程延びたがまぁ、誤差だろう)食事再開と相成った。もちろん、他の面々は手を止めていたわけではなく、単にウィルが半泣き状態で食事に戻ったというだけなのだが。 

 ともかく、そのタイミングで、ふと思い出したようにユンファが口を開く。


「あ、そうだカズ兄さ。この間のキサラギの時に言ってたけど、キサラギの私設部隊が出せない理由っての、なんなのさ?」

「あぁ、あれか」


 ユンファの質問に一真が思い出すように手を止め、ウィルが口の中にパンを詰め込みながらニヤニヤと笑みを浮かべる。


「ふぁんはふん、ほんはほほほははんへぇほは」

「う、うっさいなアフロ!てか、何言ってるかわかんないさね!」

「なんだゆん、そんなこともわかんねぇのか」


 まだ不機嫌そうな顔をしている玲が完全な棒読みで翻訳。


「あ、玲ありがと…ってあたしの名前はユンファだって言ってるさね!ユンって言うな!」

「ウィルの愛称癖は諦めろ。俺なんかもう何年もクロイツだぞ」

「うっ…確かに…」

「馬鹿は相手にしないのが良い」


 目玉焼きの黄身の部分にナイフを入れながら玲が続ける。黄身は完熟派の玲はしっかりと火の通ったものを好む。因みにウィルとユンファは半熟。一真はどちらでも行ける派だ。

 スープでパンを流し込んだウィルがゆさゆさとアフロを揺らしながら笑う。


「へっ、キサラギが部隊を出せない理由もわかんねぇちびっこよりはバカじゃねぇからそんな悔しくねぇもんなー?」

「くそぅ、なんかウィルに言われると余計ムカつくさね!」

「へっへー、ばーかばーか」

「どっちもどっち」

「それくらいにしておけ」


 玲とウィル以上に相性が悪そうなユンファとウィルの口喧嘩が玲の介入で更に酷くなる前に一真が制止した。

 話をそらす意味も込めて、先の疑問に対する答えを紡ぐ。


「簡単な話だ。企業間の抗争を起こさないため、だ」

「……ん?」

「クロイツさぁ、説明するならもう少し具体的に話してやれよ」


 一真の結論のみを述べた説明に首をかしげるユンファと珍しくあきれ顔のウィル。

 あー、と声を出しながら頭をガシガシと掻いた後、話をまとめるようにゆっくりとした口調で一真が続けた。


「そうだな…ユンファに聞くが、機装シェアの上位を占める企業と言えば?」

「そんなのキサラギインダストリィとビゼンに決まってるさね」


 キサラギインダストリィとビゼン。

 ビゼンは大戦後の廃都復旧に尽力したとされる企業の一つで、機装産業の最古参といってもいい。堅実な造りの機装が多く、ベテランの機装乗りからの評判が良い。

 元々は廃都に本社を置いていたのだが、現在は廃都から離れたカント平野の北部に本社を構えている。移転の理由はいくつもの噂が実しやかに囁かれているが、最も有力な噂は後述するキサラギインダストリィとの対立だ、と言われている。

 対するキサラギインダストリィは比較的新しい企業だ。

 現社長の如月風華の父親の代で重力制御装置の小型軽量化に成功するまでは、機装メーカーとしては小さな規模だった。

 機装の傾向としては、操縦性や居住性を重視しユーザーインターフェースが充実しているのが特徴だ。故に、比較的新兵に人気が高い。


「正解。じゃ、キサラギとビゼンとはライバル…と言うよりもむしろ敵対関係にある間柄なのは分かるな?」

「うん、それも分かるさ。キサラギ製の機装とビゼン製の機装は共通部分が少なくて整備するのも面倒だったし」


 共通する部分を多くすれば末端のユーザーとしては運用が楽になるため非常に助かるのだが、作っている側としてはそうでもない。各社が独自の製品を作り、ユーザーを他社へと流れないように拘束している部分がある。

 友好関係にある企業であれば、多少足並みをそろえる事はあるだろうが、トップシェアを競う様な相手と仲良く手を繋いで歩く事は無いだろう。


「そう、機装の部品一つとって見ても対立しているのが良くわかるよな。そしてどちらも機装のシェアを競う大企業。はっきり言えば、お互いがお互いを邪魔だと思っているはずだ。だから私設部隊を設立し、相手からの攻撃に備えている」

「え?キサラギの部隊は廃都の治安維持のためじゃ…」

「そんなんは表向きの理由だっつーの。実際は自分の身可愛さに武装してるだけ」


 ズビビビと品の無い音を立てスープを啜りながらウィルがさもつまらなそうに口を挟む。

 一真もそれには同意しているようで、小さく頷いていた。


「そう言う事。まぁ、治安維持にも効果が出ているとは思うけど、本質はそこじゃない。互いに戦力を持つ事で牽制し合い、実際の抗争を起こさないようにしているわけだ」

「闘う力を持つ事が闘わない事に繋がるって…良くわかんないさ…」


 ぶちっと硬くなりかけのパンを食いちぎって、ユンファは納得のいかない表情。


「まぁ、難しい話ではあるな。話は戻るが、そうやって拮抗している状況でキサラギの私設部隊が完全武装でうろうろしていたらビゼンはどう思う?」


 一真の問いに対し、ユンファしばしの思考。ふと、何かに気づいたように顔を上げて、


「……あ、そうか。もしかしたら攻撃されるんじゃないかって思うさね」


 出したその答えに、一真はわざとらしく鷹揚に頷いて見せた。


「正解。例えキサラギにその気が無かったとしてもそれを証明する証拠が無い」

「ま、証拠があったとしてもそれを隠れ蓑にして攻撃してくる可能性もねぇわけじゃねぇから、ビゼンとしては警戒を解くわけにゃいかねぇ。ついでに場所もわりぃ」

「場所?」


 一真に続きウィルも補足を加え、それにユンファが反応する。


「調べた限りじゃぁ襲撃があったポイントは廃都の北部に広がってる平野部が大半だ。そこを超えると何があるかっつーと…」

「ビゼンの本社、さね」

「正解。そのポイントにキサラギが派兵するだけでヤバイっつーことだな」

「つまりは…どんな理由であれ戦力を動かすってだけで相手を刺激する…って事?」

「よくできました。それがキサラギが部隊を動かせない理由ってわけだ。まぁ、相手が何処の誰だって判明しているなら話はまた別なんだが、相手が正体不明だってのが動かしずらさに拍車をかけているな」


 少し話しは長くなったが、ここ一週間気にしていた謎が解けてモヤモヤした物が無くなった…かと思いきや、どうも納得していない様子のユンファ。


「うーん…そういう大人の話は苦手さね…」


 理解は出来るが納得は出来ない、といった顔。先ほどのウィルの顔を見ているようで、一真の顔にも苦笑の色が見えた。

 当の本人ともいえるウィルはまたからかうポイントを見つけたらしく、ニヤニヤとした笑みを再度浮かべ直して大きく肩をすくませて見せた。


「大人って…ユンもフウも歳はそう変わらねぇだろ」

「フウ…ってあのいけ好かないウサちゃんの事?」

「ウサちゃんと来たか!確かにそう見えねぇこともねぇなぁ」


 ユンファの表現が言いえて妙だったのか、ケタケタとアフロを揺らしてウィルが笑う。

 そんな姿に、恐らく自分の考えている人物と同じ人物だということが分かったユンファは、少なくとも自分のイメージがそれ程ぶっ飛んだものでない事にかすかに安堵を得る。

 そしてそれと同時に、一つの疑問を覚えた。


「だよねー…ってそんな事よりも、ウィルも知り合いなのさ?」


 あの場に居なかったウィルが、ウサちゃん、という表現で人物を特定できると言うことは、恐らく彼もまた何処かで彼女に会っている。そして彼がフウ、という愛称をつける程度には親しい仲であったということも分かる。


「あー…、まぁ、色々あってよ」

「―っそ」


 ウィルにしては珍しい歯切れの悪い返事に、ユンファが深く追求する事は無かった。

 それはユンファがある一つの事を確信したからでもあった。


(アフロとカズ兄と…多分、玲も。キサラギと何かあったんだろうな)


 と、いうこと。

 話したくないだろう事を追求するほど彼女も無粋ではない。

 ユンファが口を噤むと、それに合わせるように食卓は沈黙に包まれた。

 カチャカチャと食器の音のみが響くその場に、それは唐突に現れた。


『旦那の浮気がばれて家庭崩壊寸前の食卓ごっこをお楽しみのところ申し訳ありませんが、一つサクラからご報告があります』

「うわぁぁぁ!」


 テーブルのど真ん中にいきなり現れたサクラの立体映像にユンファが大きくのけぞった。

 他の三人は既に慣れた光景なのか、動揺の気配を微塵も見せずに食事を続けている。


「さ、サクラか…。ビックリしたさね」

『少々大げさな驚き方だと判断します。サクラ、少し傷つきました。傷物は安く買い叩かれるのが世の中の道理だとするならば、傷物になったサクラは二束三文でどこぞの好事家に売られてしまうと判断できます。あぁ可愛そうなサクラ。こうなったのも全てユン様の驚き具合に起因するものですので、せ、責任とってよね!』

「ちょ、え、と、カズ兄、翻訳して」

「後で【桜花】のメンテナンスしっかりやれよ、だそうだ」

『一部語弊があるようですが、結論としては問題ないと判断します』

「しっかし、カズ兄達なんで大丈夫なのさ…これも慣れって奴?」

『人は皆、慣れて諦めて、そうやって成長していくものなのです。マスター談』

「生まれたときから負け組みのアフロと一緒にされたくないさね!」

「それは流石に言いすぎじゃねぇ!?」


 先程の沈黙は何処に行ったのか、やんややんやと騒がしい食卓が戻ってきた事にユンファは少しの安堵をおぼえる。

 サクラの突拍子もない会話も、もしかしたら重苦しくなってしまった空気を取り払おうとした結果なのかもしれない。


「それよりもサクラ、報告ってのは?」

『はい。マスターから指示されたポイント付近に到達いたしましたが、ポイント付近に機装反応があります』


 淡々とした口調でのサクラの報告に、食卓にピンとした緊張感が走る。


「それってもしかして例の相手…?」


 恐らく、皆が思っているであろうことをユンファが代表するように口にだした。


『いえ、ユン様が想像されている事ではないと判断します。機装反応はありますが、すでに大破しているようで機体から熱源は感知できませんでした』

「単なる残骸が転がってるって事か」

「被害者…って言い方はアレだけどよ、関係してる可能性はあるんじゃねぇの?」


 サクラの追加報告に対し、一真とウィルがそれぞれ感想を述べる。

 玲もウィルの言葉に頷く。


「周囲に他の反応はあるか?」

『いえ、半径5km圏内に他の機装反応は無いと判断します』

「…よし、サクラ、取りあえずその場所に向かってくれ。」

『了解しました』

「ユンファ、機装の状況はどうだ?」

「カズ兄に言われた通りばっちしさね」

「OK、現場には【伏虎】と【空牙】で降りる。ウィルは桜花で待機してくれ。何かあったら直ぐに連絡を」

「分かった」

「はいよ」


 一真の指示の元、各自がそれぞれ行動に移る。

 勿論、朝食を食べ終わってから。

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