予兆
01
キサラギの本社で依頼を受けてから約二週間。物資の補給や機装の整備を終わらせて、我らが【桜花】は廃都から少し離れた荒野をゆっくりと走行していた。
依頼を受けてからウィルと玲の二人に事情を説明すると、話を聞いた直後はなんだか納得のいかない様子の二人だったが、一日寝て起きれば割り切れるのか、それ以降特に変わった様子も無く各種準備に精を出していた。
寧ろ、ユンファが同乗すると言う事の方が驚きが大きかったようだ。
暫くの間、玲は何やら落ちつかない様子で船内をうろうろするし、ウィルは「キタ!ツンデレちびっこキタ!」と騒いではサクラから氷点下の眼差しを受けていた。
とはいえ、それも一週間もすれば落ちつくもので、今ではこうして船内のリビングで共に食事を取る程度には馴染んでいるようだ。
現在の桜花はサクラが操縦をしており、かなり遅い速度で航行中だ。地表から僅かに浮いた状態で走行するため、低速走行ならば殆ど揺れも無く食事をするにも苦労はしない。
「しかしよぅクロイツ。天下のキサラギからの依頼だとしてもよぅ、今回の依頼はどう考えても怪しいところ100%じゃねぇか?慎重派のクロイツにしちゃ珍しくね?」
少し堅くなってきたパンをガジガジと齧りながら、ウィルがテーブルの対角線に居る一真へと質問を投げかけた。
一真の正面に座る玲も珍しくウィルの意見に賛成しているようで、食事の手を止め一真へとジッと視線を向けている。
対する一真はインスタントのスープを吸う手を一旦止めて、ガシガシを頭を掻いた。
「んー何と言うか、良くわからないが、何となく受けた方が良い様な気がしてな」
「ハァ?なんだそりゃ」
「だから良くわからんと言ってるだろうが。まぁ、それは置いておいたとしてもだ、【蛟】三機分の負債は流石にでかすぎるからな」
「キサラギの最新型だからねぇ。あれは高いさー」
ウィル宜しく、パンに齧りついていたユンファが口を挟む。
実際、鹵獲した【蛟】を売却した益はかなりの物だっただけに、ウィルも納得はできないが理解はした、という風に頷いた。
「しっかし、無差別に襲いかかるとか何処のどいつなんだか。アホじゃねぇのか?」
「それを調べに行くんだろうが」
呆れ顔の一真だが、ウィルの言葉もあながち的外れでも無い。盗賊紛いのヴァルチャーなどが横行している世の中ではあるが、一定の法則と言う物は存在している。人が集まればそこには必ず何らかの法が成立するものだ。完全なカオスと言う物はこの世に存在しないと言える。
そして、その法からはみ出た者はほぼ例外なく制裁されるものなのだ。
今の世の中でもそれは間違いではない。
故にその様な事を続けていれば何時しか周りは敵だらけになり、自らの破滅を導くというのは道理でもある。
「一応俺の方でも色々と情報集めて見たんだけどよ、あんまいい話は入ってこなかったぜ。まぁそいつらの仕業じゃねぇかって襲撃があったポイントくれぇは掴んだけどよ」
他はさっぱりだわ、と付け加えてウィルはお手上げのジェスチャー。
「俺達に内密に依頼するくらいだ。キサラギ側が情報規制をかけてるのかもしれないな」
「キサラギならやりかねない」
難しい顔をする一真に同意しながら、玲の表情は僅かに曇っているように見えた。
「とはいえ、まるっきり収穫なしってわけじゃぁねぇんだが…」
「なにかあるのか?」
珍しく言い淀むウィル。
「いやねぇ、都市伝説みてーなもんじゃねぇの?って感じなんだがよ。どーも最近、死神が出る…らしいぜ」
「死神?」
突拍子もないウィルの話に珍しく玲が反応した。
こんな成りで普段は一真や玲にバカバカと言われているウィルだが、情報処理に関しては一流だ。偶に…そう、偶には先の【蛟】の件のような餌に釣られる事もあるが、信憑性の薄い話などは情報を得た段階でウィルがフィルタリングを掛け、有用と思われる情報のみを一真や玲と共有している。
ウィルが言い淀んだのもその情報に自信が持てないからだろう。
「どうも颯爽と現れたと思ったら、機装ぶっ壊すだけぶっ壊してどっかに行くらしい」
「それって今回の目標と同じじゃないのさ」
それがどうして都市伝説なのか?と続きそうな顔のユンファ。
「そう、確かに同じなんだがよ、その死神本人の情報がなんとも纏まって無くてよー」
「どう言う事だ?」
「そのまんまだ。曰く、赤い機体で人間とは思えない動きをする。曰く、青い機体で情けのかけらも無く機装をぶっ壊しまくる。曰く、機装同士でドンパチやってると現れる。曰く、単独の時だけ出てくる。などなど。話を聞くたびにそいつの情報が違うんだわ」
「なるほど、確かに都市伝説と言われても不思議じゃないな」
「だろ?まぁ、予想だけどよ、なんか機装が襲われる事件が多発してるらしいぜって噂に尾ヒレがついてこーなったんじゃねぇかと思うんだわ」
「その可能性は高いだろうな」
「っつーわけで、あんま当てにならない情報だってわけだ」
この話は終了、と言わんばかりに会話を打ち切ってパンにかぶりつこうとしたウィルだが、普段ギャーギャーと五月蠅い口にパンが入る直前でぴたりと止まり、「あーそういや」と前置きをして再び声に出す。
「一応可能性として、どっかデカイとこがバックについてんじゃねぇかって線も調べてみたんだが、調べた限りだとそーいう気配は無し。寧ろ被害にあってるくらいだな」
「情報操作の可能性は?」
「流石に絶対ねぇとは言い切れねぇけど、ちらっとキサラギやらビゼンやらにお邪魔してみた感じだとそーいう形跡はねぇな」
「またやったのか…」
「大丈夫だって。
「…まぁ、それは何時もの事だしいいか」
「それは?なんだよ気になる事でもあんのか?」
「あぁ…いや、何でも無い」
ウィルの話に何か思う事があるのか、一真は一旦手を止めるが、それも短時間の事。直ぐに何事も無かったように食事を再開した。
いつものが始まったよ、とでも言いたそうにウィルは肩をすくませて齧りかけのパンを口元までもっていくが、普段喧しいその口はそれを食いちぎらず、パンは再びテーブルの上に。
「ん?どうしたのさ?」
「あーいやな、実は重要な事を言うのを忘れてたんだわ」
「重要?」
普段は能天気を絵にかいたようなウィルが唐突に真剣な口調になった事で事の重要さに気付いたのか、他の三人も皆手を止め、ウィルへと視線を向けた。
「いいか良く聞け。今の俺らに足りないものが一つある」
「足りないもの…さね?」
「そう、これは戦闘中の士気にもかかわる重要なものだ。分かるか?」
「もったいぶらずに早く言う」
「そう…それは……おっぱいだぶひゃだぐぁ」
そう高らかにウィルが宣言しきる前に、玲の閃光の右裏拳がウィルの顎にクリーンヒットし、椅子もろとも後ろに吹っ飛ばされていた。
そして何事も無かったかのように食事を再開する玲と、あっけに取られた風に吹っ飛んだアフロを眺めるユンファ。もはや一真達にしてみれば日常茶飯事だが、【桜花】に乗り始めて間もないユンファにとってはまだまだ慣れないのだろう。
もっとも、ユンファが乗り始めてからは船内にもよそよそしい空気が漂っていて、ウィルも玲も普段のような振る舞いはしていなかったから、というのも理由の一つではある。
ウィルの言葉に誘導されるように一真はこっそりと二人の慎ましやかな胸部へと視線を向ける。
(まぁ…確かに無いよな)
「カズマ、何かいいたそう」
「いえいえ、何もありませんよ?」
一真の正面に座る玲がすぅ…と視線を細めるのを見て、わざとらしく否定してみせる。危険回避能力は戦場においてもっとも重要な能力の一つだ、と自分に言い聞かせながら。
「おー、いちちちち。くそが!軽い冗談じゃねぇか!本気で殴んなよ!常人だったら死んでるぞ!」
殴られた顎をさすりながら、一緒に吹っ飛んだ椅子を片手にウィルが戻ってくる。確かにかなりの距離を吹っ飛んだ気がするのだが、ウィルは痛い痛いと顎をさするのみ。
「常人で死んでる一撃を食らっておいてすぐに立ち上がるあんたは何者なんさね…」
そんな姿にユンファも呆れ顔だ。
「まぁ冗談はおいといて、まじめな話だ」
ウィルのそんな切り出しにすっ、と玲が拳を掲げる。ウィルが反射的に頭を抱えた。
「だ、だからまじめな話だっつってんだろうが!拳下ろせ!」
「まぁ落ち着け。とりあえず話を聞いて…ふざけてたら半殺しにしていいから」
「…分かった」
「く、くそっ、冗談のつうじねぇ連中だな!」
「いいからさっさと話すさ」
いつまでも続きそうなやり取りに、ユンファが催促。先ほどのような妙なタメはなく、さらっとウィルがそれを口にする。
「さっきの死神の話を集めてる最中に、ディオを見た」
その一言に、ぴたりと動きを止めた一真と玲。一方、ユンファは一人複雑そうな顔を浮かべ、ただウィルを見つめていた。
「…見間違いじゃないのか?」
「かもしれねぇ。間近で見たわけでもねぇし、少し見ただけで雑踏に紛れちまったから確信はしてねぇ。が、多分、な」
「そうか」
「気になるのはわかるけど、あんま期待すんなよ?勘違いなだけかもしれねぇしな」
表情には出さないようにしていたつもりだったのだが、どうやら声に少し漏れていたようだ。ニヤニヤと笑みを浮かべるウィルに、うん!と一つ咳払いをして。
何にせよ、もし本当だとしたらそれは喜ばしい事だ。
「んな事よりもだ、ほれ、玲もユンも飯食え飯!飯くわねぇとおっぱい大きぐだぼどぐぼぁ」
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