02

 執事服が自分達の座るソファーの前にあるテーブルの上に一つの記帳を置く。

 黒い革張りの記帳は高級感がある。

 こんなところにまで金を使わなくても良いだろうに。


「報酬の形態は前金と成功報酬、そして条件により追加報酬とさせていただきます。詳しくはそちらをご覧くださいませ」


 言われるままに記帳を手に取り、中を開いてみる。

 そこには前金、情報収集に成功した場合の成功報酬。そして対象の捕縛に成功した場合の追加報酬の額が書かれていた。

 書かれていたのだが…。


「うわっ、ちょ、こんなに!?」


 俺の脇から覗き込むように記帳の中身を覗き見たユンファが思わず声を上げる。

 それもそのはず。

 前金はともかく、情報収集に成功した場合の成功報酬の額は尋常ではない。

 先の襲撃で鹵獲した【蛟】を新品の状態で三機購入してなお十分な余りがある程。はっきり言って情報収集程度の任務に支払う報酬の枠を大きく超えている。


「たかが偵察にこの金額は破格すぎるだろう。こんな虫のいい話に俺が乗ると思っているのか?」

「乗らないでしょうね。私以外からの依頼ならば、ね」


 口元を僅かに引き上げただけの余裕の笑みを浮かべる風華。確かにキサラギの力は大きい。普通に考えれば断った際のリスクが大きすぎるが故に断るという選択肢は存在しないといっていい。ただし、それは普通の相手に限ってだ。

 俺の場合、風華からの…キサラギからの依頼であれば逆ににべも無く断る可能性もあるということは、当の風華本人が分かっているはずだ。だからこそ、風華のその自信ありげな表情に上手い事乗せられていると分かっていながらも、疑問を持たざるを得なかった。


「…どういうことだ?」

「フフッ、それはね…貴方達、先刻ヴァルチャーの一団を襲撃したわよね?」

「……」


 風華の答えに思わず言葉が詰まる。今や日常茶飯事となっているヴァルチャーやオウルの取った取られたといった出来事を全て把握する事は不可能に近い。

 また、そんな情報を手に入れたところで彼女らに有益な情報であるとは言い難く、積極的にそういった情報収集をしているとも考えずらい。

 そんな考えが顔に出ていたようで、風華は少々楽しげに言葉を続けた。


「何故知っている、という顔ね。私が知っているのは当然の事よ。あの情報を流したのはここいるセバですもの」

「御意」


 そこでふと、先日の襲撃の情報源についてウィルが口にした事を思い出した。

 イガだかウニだかの話で意気投合したとかなんとか言っていたが…今目の前に居る執事服がそんな話で盛り上がる様には思えない。

 例えそれが演技だとしても流石に違和感があるぞ?

 いや、あれだ、きっと執事服が流した情報を得た誰かから更にウィルに流れてきたに違いない。そう言う事にしておこう、彼の名誉のためにも。


「流した情報を掴む程度の情報収集能力と、相手の航路を予測する分析力。そして我が社が誇る最新の機装を相手に引けを取らない戦闘力。それを持つ相手が釣れ無いものかと針を垂らしていたら、見事に釣れたのが貴方達だったと言うだけよ」


 こちらがどうでもいい事を考えている間にそう続けた風華が僅かな溜息と共に肩をすくませて見せた。


「まさか、【蛟】二機がまるで歯が立たないとは思わなかったけれどね」


 その言葉に相手だった【蛟】に関する違和感を思い出すが、結局サクラに聞いても解消されなかったそれは今は置いておく事にする。


「俺達が選ばれた理由は分かった。だが断らない理由にはならないだろう?」

「実はあれ、とある企業に納品する予定だったものなのよ」

「それがどう……いや、そういうことか」


 無意識のうちに舌打ち。対する風華は優雅にカップを傾け、紅茶を飲み干してからにこやかに、憎たらしい笑みを浮かべた。


「物分りが良くて助かるわ。そう、ヴァルチャー相手に取った取られたなど今は日常茶飯事。でも、それがオウル相手だとしたら、どうでしょうね?」


 俺達のような無法者が廃都に入る事が出来るのは一重にヴァルチャー以外は襲わないというオウルの肩書きがあるからこそだ。その肩書きを外されるということは、今後の生活に大きな支障をきたす事と同義。普段はそうならないよう、襲撃対象に関しては入念な下調べを行うのだが…つくづく今回のウィルの失態は手痛い失敗だったようだ。


「相手の要求は?」

「【蛟】三機分。プラス、納期遅れの契約違反としてもう一機よこせといってきている。まぁ、もう一機分は私がどうにかしてあげるけれど…【蛟】三機分、出せるかしら?」


 まるで世間話をするかの様な軽い口調で話す風華にしかめっ面を向けてやるが、あちらは何処吹く風か、まるで堪えている様子が無い。

 隣に座るユンファは何が起きているのか理解できていない様子で、「えっ?えっ?」と視線を泳がせている。まるで小動物のようだ。

 どうやら依頼を受ける受けない以前の問題だったようだ。

 こちらに用意された返答は一つしかない。


「……良いだろう」 

「そう、では―」

「ただし一つ条件がある」


 言いように手玉に取られた事への反発、とも取られてしまうかもしれないが、出頭の話が舞い込んできた時から既にこの話をするつもりでいた。


「ふぅん…何かしら」

「この依頼以後、俺達には関わらないでもらおう」


 キサラギで過ごしたあの時間は今もなお記憶に強く残っている。

 そしてそれは決して良い意味ばかりではなかった。

 この時代に生きている限りキサラギの名を聞かないことは無いだろうが、それでも、少しでもその名前から離れたいと言うのが本音だ。

 こうして呼び出されるなど、二度と御免だ。


「そう…まぁ、良いでしょう。良くも悪くも同じ時を過ごした者と決別するのは少々寂しくもあるけれどね」


 そう答えた彼女の瞳が僅かにうつむいたのは気の所為だっただろうか。

 もし、気の所為で無かったとしてもそれがどう言った意味を持つのか俺には分からない。

 だから、下手な事を考えてしまう前に話を打ち切る事にした。


「話はこれで終わりだな」

「えぇ、宜しく頼むわ」

「言われなくても宜しくやってやるさね!」


 風華に対して敵対心丸出しのユンファが、ふん、と鼻息を荒くして答え席を立つ。

 俺もユンファに続いて席を立とうと膝に力を入れたところで、風華が思い出したように口を開いた。


「あ、そうそう、出発前に我が社のドックで機装の整備をしていくと良いわ。いざ相手を目の前にして調子が悪くなりました、なんて言い訳は聞きたくないからね」

「遠慮しとく。もう整備の予定は入っているんでな」

「そう…、まぁ無理強いはしないけれど…そうね、機装のパーツくらいは受け取って置きなさい。流石に貴方のマトリョーシカ特有のパーツは用意する気も無いけれど、共通部品くらいは用意してあげるわ」


 マトリョーシカ…は確か入れ子になっている人形の事だったか。言い得て妙だな、と内心で笑いながら、今度こそ席を立つ。


「ありがたく受けっておこう」


 その言葉を聞いた風華が、少し笑った気がした。

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