兎と梟

01

 まぁ、誰でもそうなるだろうとは思うが、相手の正体を知ったユンファは放心状態らしい。どうしても付いていく、というから許可したが、連れてこなかった方が良かったかもしれないな。


「では、今回、何故わざわざ貴方を呼び寄せたか、なのだけれどね…何故か分かる?」

「………」


 風華の言葉遊びに付き合ってやる義理は無い。さっさと用件を言えと、そう無言にて返答をする。


「…無反応というのは少し寂しいわね。まぁ、良いわ。昨今、廃都周辺での機装による強襲事件が相次いでいてね」

「それがどうした?」

「ふぅ…気の早い人ね、話はこれからよ。私もいつも通り、ヴァルチャー連中が少々やんちゃをしているだけかと思っていたのだけれどね。どうも様子がおかしいのよ」

「……様子、ね。何がどう違うんだ?」


 様子…と言われただけで全ての状況を把握できる程、俺は情報収集に長けているわけでもないし、増してエスパーなどでは無い。当然ともいえるその疑問に、待ってましたと言わんばかりに、ユンファに名前を聞いた時の様なニヤニヤ笑いで問いかけてきた。


「ねぇ一真。ヴァルチャーは何故、機装を使い襲撃を行っているのかしら?」

「……」


 勿論、そんな問答には付き合うはずもなく、また無言で回答。


「そんなの決まってるじゃん。物資を奪って金にするためでしょ?」


 いつの間にか放心状態から解放されたらしいユンファが、無い胸を張ってはっきりと答えた。付き合ってやる必要は無いとは思うが、答えてしまったものは仕方ない、と流れに乗って見る事にしよう。


「そうね、正解よ。その程度の知識はあるみたいね」

「あっ―当たり前じゃないか!その程度の事、今じゃその辺のがきんちょだって知ってるさね!」


 ユンファの言う事も当然の事で、今や世の中を動かすパーツの一つとなっているヴァルチャーについては子供でも理解している。そうでなくとも、今のご時世、何かをしなくては糧を得られないという事は否応なしに体に叩き込まれているはずだ。


「そうね。それがヴァルチャーであるなら…ね」

「含みのある言い方だな。はっきりと言ったらどうだ?」


 どうにも勿体ぶった言い方をするのはお偉いさん方の特徴なのだろうか?多少声が荒くなってしまったのは仕方が無いだろう。


「全く…雰囲気の読めない人ね。その辺は相変わらずか」

「……」


 そういえば風華に関しては勿体ぶった言い方をするというよりも、話を脱線させるのが得意なだけだった。思い出したくも無い過去の話も出されて思わず目が細くなってしまう。


「分かった、分かったからそう睨まないで。昨今廃都周辺に出没している連中の共通の特徴として、護衛にあたっている機装と交戦はするものの、特に物資には手を付けずにそのまま撤退しているらしいの。襲撃に成功した場合でも、ね」

「そんなハズない。機装も、増して陸艇だって動かすのには費用が掛る。成功したのに何も略奪しないなんて…完全に赤字じゃないか」


 機装に関してはスペシャリストのユンファが口をはさむ。

 俺もそれには同意だ。

 金が無ければ機装は動かす事は出来ない。勿論、ヴァルチャーであろうと、オウルであろうと、キサラギの私設部隊であろうとも。


「だから言っているでしょう。それがヴァルチャーならば、とね」

「百歩譲って、本当に物資の略奪が無かったとして、単に金銭的に余裕のあるヴァルチャーが腕試し的に襲ってるだけって可能性はあるんじゃないのさ?」


 確かに、可能性としてはそれも有り得る。とはいえ、収入を気にせずに機装を動かせる程の資金があるのであれば、あえて危険を伴う襲撃などするだろうか。

 勿論、それが戦闘狂と呼ばれる連中であれば話は別だが。


「それは無いわ。何せ、襲撃の対象となっているのはヴァルチャーも含まれているから」


 一見単なる無法者に見えるヴァルチャーにも不文律がある。

 ヴァルチャーはヴァルチャーを襲わない。

 だからこそヴァルチャーを襲撃する俺達の様な者は無法者であってもヴァルチャーでは無い。


「新参者のヴァルチャーかもしれないじゃない」


 確かに新参者であればそれを知らない可能性も否定できない。

 あまり有り得る話ではないが。


「まぁ、その可能性が無いとは言わないけれど、それにしては被害が大きすぎるわ」

「むぅ…」


 ユンファが唸るのも当然の事。襲撃、と言葉にすれば簡単な事だが、実際に機装に搭乗し戦闘を行うのにはそれ相応の修練が必要になる。

 となれば、それだけ機装の世界に踏み込む必要があり、その過程で十中八九、ヴァルチャーの不文律について耳にするはずだ。

 その不文律を知らぬ程度の技量しか無い新参が、例え運よくいくつかの襲撃に成功できたとしても、海千山千超えてきているヴァルチャー相手にいつまでも勝利を続けられるはずが無い。


「で、その相手がヴァルチャーじゃないとして、風華、あんたは俺達に何をさせたい」


 にんまりと笑みを浮かべ、風華がこちらを見る。食い付いた、とでも言いたそうな顔だが言わせておけばいい。どうするかを決めるはあくまでこちらだ。


「何も特別な事では無いわ。襲撃にあったというポイントでうろうろするだけでいいわ」

「…囮になれ、と言う事か」

「死んでこい、と言うつもりは勿論無いわ。情報収集がメイン、危険だと思えば直ぐに撤退して構わないわ」


 ある程度予想は出来ていた回答。今回の目的はおそらく正体不明の相手が何処の誰なのかを見極める事だろう。

 多少危険は伴うが、実際に襲撃を受けるのが一番手っ取り早い話だ。

 だが、ユンファはそこまで頭が回って居なかったらしく、依頼の内容に不満げに眉をひそめ目を細める。


「ちょっと、あんたキサラギのトップっしょ?そんなのあんたんとこの私設部隊を使えばいいんじゃないのさ?」


 そう言いたくなるのも分かるが、そうできない理由も、何となく察している。

 風華がはぁ、とため息を一つついてユンファへと視線を向けた。

 どこと無く憐みを含んでいるように見えるのは気のせいではあるまい。


「それが出来ればとっくにやっているわよ」

「…だろうな」

「え?ちょ、カズ兄、どう言う事?」


 やはり状況を理解できていないのはユンファだけのようだ。目をパチパチと瞬かせた。

 今の段階で説明をすれば話は長くなるので後回しにする事にしよう。


「理由は後で話す」

「むぅ…なんか仲間はずれだ」


 口のへの字にしてユンファが唸ると、風華が楽しそうに笑い声を上げる。


「ふふっ、悔しく思うなら情勢を理解する程度の知識を身につける事ね」

「こ、この…!」


 直ぐに頭に血が上るのはユンファの悪い癖だ。ソファーから立ち上がろうとする肩を押さえつつ、風華へと視線を向ける。


「落ちつけって。で、俺達がこの依頼を受けるとして、報酬は?」

「えぇ、セバ」

「御意」

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