02

 小さな町工場と言うのにふさわしく、彼女に連れられて入った工場内はあまり大きくない。精々機装3~4機程度が格納出来る程度の規模だろう。それも今は一杯になっている。

 とりわけ珍しい光景でもない故に一瞥してそまま通り過ぎようとしていた一真だが、一つの違和感を覚える。


「……ん?」


 その違和感の正体に気付いた時、自分の前を歩くユンファへと視線を送り、もう一度ハンガーへと視線を向けた。


「自動整備の音じゃないよな…誰か雇ったのか?」


 そう、違和感の正体は未だ鳴り響いている金属音だ。一真の記憶が正しければ、ここの従業員は雄二とユンファの二人だけのはずだ。禿親父こと雄二は外でドリルをうっとり眺めているし、ユンファは己の前を歩いている。となれば、この音の発生源は誰なのかと。


「あー、それについても少し話があるんだよね。まぁ、取りあえず中入ってよ」


 そう少し言葉を濁しながら、ユンファが小さな休憩所のドアを開けた。

 空調の効いた室内は寒くは無くしかし温いとも感じられない程良い温度に保たれていた。

 適当に座って、と進められ少々スプリングの弱ったソファーへと腰を下ろす。座った時にほこりが舞い上がらないだけ十分だろう。ユンファは備え付けの小さな冷蔵庫から合成樹脂制のボトルを2本取り出し、一つを一真へと投げ渡す。中身は恐らく水だろう。


「あ、茶じゃないのか?とか思ってない?」

「3割くらいは考えたな。まぁ、水で十分だ」

「素直でよろしい」


 早速渡されたボトルのキャップを開け、口を付ける。乾燥した大地を自動二輪一つで抜けてきたからか、喉が渇いていたらしい。ゴクゴクと喉を鳴らし、500ml入りボトルの半分を一気に空けた。

 それにならう様にユンファもボトルに口を付けながら、一真の正面へと腰を下ろした。


「で?何か話があるんだろう?」

「あー、うん、まぁ、ね」


 普段からハキハキとしたもの言いをするユンファにしては珍しく、歯切れの悪い返答が返ってくる。それ程に重要な話なのかと、一真は少々意識を切り替えた。


「お互い知らない仲じゃないだろう。あんまぶっとんだ話じゃなきゃ無下にしたりしないから、取りあえず話してみろ」


 勿論、お互いの関係は修理する側とされる側、客と店員。それに過ぎないと言えばその通り。だが、懇意にしているという状況が加わればまた話は変わってくる。彼女がどう考えているかは分からないが、一真にとってはある種の仲間意識の様なものを彼女に対して持っていた。


「あー……うん、そうだね。あんましウジウジしてるのはあたしらしくないさね」


 意を決したように、一つ大きく頷いて、手にしたペットボトルを一口。口元を湿らせる程度に嚥下してから、じっと一真へと視線を向けた。


「あのさ、あたしもカズ兄の船に乗せてくれないかな?」

「何を…」


 バカな、と続くであろう言葉は一真の喉元で止まった。じっと一真を見つめる視線に冗談の色がまるで見えなかったからだ。二人を挟んだテーブルの上にボトルを置き、一呼吸。未だじっと一真を見つめるユンファに向け、真正面から向き合った。


「やめとけ」

「なんでさ」


 その一言が来ると分かっていたであろう、返答の速さ。


「…ヴァルチャーなんてのはそれしかできない連中が集まった山賊だ。お前みたいに手に職がある奴がやるもんじゃない」

「カズ兄はヴァルチャーじゃないさ、オウルじゃないか」

「どっちも同じだ」

「違うさね。カズ兄が自分でそう言ってたじゃないか」


 確かにそう言った事もあっただろう。一真とて自分達がヴァルチャーと呼ばれる者達と全く同じだとは思っていない。しかし、そんなものは自らの行為を正当化させるための言い訳でしかない。


 そう、所詮は


「略奪するだけの連中だ。俺も、あいつらも。その点はかわらない」


 いくら言葉で正当化したところで、その行為は褒められたものではない。例え相手がだれであろうとしても。


「それ以前に、俺が許してもおっさんが許さないだろう?」


 あんな見た目をしているが、血が繋がっていないにも関わらず…いや、寧ろ繋がっていないからこそだろうか、雄二のユンファへの愛情は深い。実の娘以上に溺愛している娘がオウルなどという輩の一味になるなどと、到底許可するはずが無いだろう。


「父さんは良いってさ。というか、強引に説得した、って感じさね」

「……マジか」

「マジマジ」


 思わず額に手を当ててうつむく一真。未だ一真を直視し続けるユンファへと視線を向けられず、テーブルの上に置いたボトルへと視線を落したまま続ける。


「…それに、ここはどうすんだ?流石におっさん一人…だ……と」


 言葉半ばに、一真は思わず視線を上げる。そこにはしてやったり、とでも言いたそうなユンファの笑顔が眩しく輝いていた。


「へへへ」

「そう…いうこと、か」


 先程疑問に感じていた作業音はやはり雄二、ユンファ以外の誰かが放っていた音だったのだ。彼女がこの場を離れたとしても大丈夫な様に、既に人員は確保できているのだと、そう彼女の笑顔が語っていた。


「直ぐにってわけじゃないさ。取りあえずカズ兄の機体整備が終わった後でいいよ。頼むよカズ兄。【桜花】に乗せてくれれば、流石に完全整備までは無理だけど、パーツさえあれば手間賃掛らずに簡易修理くらいできるから安上がりだし、調子悪くなった時も廃都まで来なくても調整できるし、戦闘の時は【桜花】のオペレータくらいなら出来るよ?何ならあたしも機装に乗って―」

「それはダメだ」

「うっ…」


 何時になく強い口調で遮られた言葉に彼女が一瞬ひるむ。


「と、ともかく、ごく潰しにはならないからさ。頼むさね!」

「しかし…だな…」


 一真も彼女がごく潰しになどなるはずもない事は分かっている。彼女の腕は確かなのだ。

そうでなければ、こうしてあしげく廃都までメンテナンスに赴くはずもないのだから。

 そして彼が、いや彼らがメカニックを欲していたのもまた事実。一真も玲も機装に関しては乗る専門だし、ウィルもソフトウェア的なメンテナンスならともかく、ハード的な整備となると手は出せない。

 彼ら機装乗りにとって機装は単なる商売道具にあらず。文字通り自らの命を預ける第二の肉体とも言える。故に優秀なメカニックはどのオウル…いや、オウルに限らず機装に関するありとあらゆる組織にとって、喉から手が出るほどに欲しい人材だ。

 裏を返せばそれだけの選択肢があるという事で、わざわざオウルに身を落とす必要性など皆無なのだ。

 だからこそ、一真の返事は一つしかいない。


「やっぱり、駄目だ」

「…そう」


 一真の答えにそうつぶやいたユンファの顔には思った程の落胆の色は見えない。

 恐らく彼女も一真がこう答えるであろうことは分かっていたのだろう。

 その表情を見た一真はひと段落ついたか、と一息つこうと大きく息を吸い込んだところで、その一息は次の言葉でため息に変わることになる。


「ならカズ兄とは別の所に頼むしかないね」


 相手が彼女でなければ負け惜しみと一蹴するところなのだが、彼女が一度言い始めた事を簡単に覆す事のない性格をしている事を一真は良く知っていた。

 良く知っていたからこそ、こうも考える。自分が断ろうが関係なくオウルへと転身するのであれば、自らの手元に置いた方が危険は少ないのではなかろうか、と。少なくとも彼女が言う様に機装に乗り前線に出るような真似はさせない事が出来る。

 はぁ…と大きく息を吐きながらテーブルに頬杖をついた。


「後悔しても遅いからな?」


 一真のその一言に、ニカッと白い歯を見せて、満面の笑みを浮かべる。


「勿論!」


 経過はどうあれ、結果的に同乗を許可してしまったからには色々と世話をしてやらなければならない。今後どうするか、とか、雄二へとは何て言おう、とか色々な事を考えながら、ボトルに残った水を飲み干さんと一気に傾けたところで、唐突に個室のドアがバン!と大きな音を上げて開かれた。


「ちょっとカズマちゃん!」

「ぶはっ!」

「うわっ!カズ兄きたない!」


 丁度考えていた相手の乱入に含んだ水を盛大に噴き出す一真。それを小動物的な敏捷さでかわしたユンファが非難の声を上げる。


「げほっげほっ…お、おっさん、いや、ユンファなんだが―」

「は?ユンファ?」


 何の事?と言わんばかりに首をかしげる雄二。

 動作自体はごくごく一般的なはずなのに、その動作をおこなっているのが筋肉達磨なのがいけなかった。気持ち悪い以外に表現のしようが無い。


「そんな事よりもカズマちゃん、あんた一体何やったの?」

「……は?」


 今度は一真が首をかしげる番だ。ついで、と言ってはなんだが、ユンファもまた首をかしげている。親子で同じ動作をしているのに、これほど差があると逆に清々しい。


「あんたを名指しで出頭要請が出てるわよ!」


 そして次の言葉に、一真は今日何度目になるか分からないため息をつことになった。


「キサラギインダストリィから!」

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