廃都の片隅で

01

 だだっ広い荒野のど真ん中に無数のビルが立ち並ぶ場所がある。遠くから眺めたならば小さな林の様にすら見えるのではないだろうか?

 遥か昔に栄華を誇ったその場所は、今や廃れた都、即ち【廃都】と呼ばれている。

 そんな廃都の最外周、荒野との接点に位置する場所に一つの人影があった。

 更には、その人影の前に機装が一機。

 キシワダ製陸戦機装【ハッシネン】。機装メーカーとしてはマイナーなキシワダ製の機体だが、メジャー所のビゼンやキサラギインダストリィに比べカスタマイズ性が重視されており、一部の改造馬鹿(カスタマイズジャンキー)が愛用しているらしい。

 今この場にあるこの【ハッシネン】も例に漏れず、もはや機体の原型をとどめぬ程に手を加えてある。特に何よりも際立っているのがこの…


「ふぅ…やっぱりドリルはロマンよねぇ…」


 機装の前に立つ人影がもらした通り、カスタマイズの領域を遥かに逸脱した右腕のドリルだ。土木建築用の機装にドリルを装着する場合は確かにあるが、【ハッシネン】は間違いなく戦闘用の機装だ。もはや実用性は全く考慮していないのだろう。


「ふぅ…いいわぁ…ドリル。なんで皆この魅力に気づかないのかしら?」


 そう呟きながら、熱の篭った瞳でドリルを見つめる人影。もはやドリルしか頭に無かったのだろう。とある人物が近づいた事にも全く気がついていなかった。


「よーおっさん、またやってんな?」

「だぁれが禿筋肉達磨螺旋親父だとぉ?」


 外界を全く気にも留めていなかった人影だが、おっさんという言葉にだけは敏感に反応した。ぐるん、と振り返る上半身は男汁溢れる筋肉質であり、その上にはツルンと光るスキンヘッドの頭が、それと同じくらいの太さを持つ首に支えられて鎮座している。

 早い話がマッチョ。

 それもド、が付くほどに分かりやすいマッチョ。

 それがバスの音域を持っておねえ言葉を放つという、泣く子も逃げ出すような状況で近づいた人物、黒木一真。


「あっらやだ、カズマちゃんじゃないの!」


 声をかけた相手を確認した筋肉達磨は、先ほど放った腹の底からドスの聞いた声とは一転、ドリルドリルと言っていた時の無理をした裏声で叫ぶ。

 グルンと振り返った拍子に男汁が辺りにまき散らされ、濃厚なそれらを纏ったまま筋肉達磨が一真に向かって駆け出そうとする。


「よぅ、ひさし…うわっ!やめっ!こっちくんな!」


 その姿を見てとりあえず逃げる一真。男同士で抱き合う事になるなど全力で遠慮したいのは一真だけではないだろう。後ずさるどころか振り向いて全力疾走モードに入った一真にクネクネと体をくねらせる筋肉達磨。


「んもぅ、カズマちゃんたらイケズゥ」

「うるさい、俺はそんな趣味ないから。それよりもユンファいるか?」


 熱烈な抱擁は思いとどまったらしい筋肉達磨にほっと一息つきながら、一真は辺りを軽く見回す。


「ユンファなら中で機装修理の真っ最中よん」


 そういいながら親指で示す方向は大きな口を開けたハンガー。中からは時折金属音が響き、うっすらと機装らしいシルエットが数体見える。


「随分と忙しそうじゃないか」


 この筋肉達磨―橘雄二―が経営する機装工場は廃都に点在する機装工場の中では取り分け小さい部類に入る。従業員も社長兼任の雄二と義理の娘のユンファの二人だけだ。

 普段は閑古鳥が鳴いているようなさびれた町工場という言葉が良く似合う。


「そうなのよ、ここ最近急に機装の修理依頼が増えちゃってねぇ。ま、アタシ達としてはお金ガッポリだから良い事なんだけど」


 少し困った表情を浮かべつつも、金銭的に嬉しいというのは間違いないのだろう。かすかに口元が緩んでいる。


「けど…ちょっと気になる事もあるのよねぇ」

「気になる事?」


 片手を頬に当てたまま腰をくねらせた格好の筋肉達磨がはふぅと一つため息をついて続ける。


「そう、機装の修理はそりゃもう沢山沢山…もぅ!そんなに機装ばっかり見たくないわよ!って位依頼があるんだけどね?キサラギインダストリィ製の機装だけはあまり修理の依頼がないのよねぇ…」


 キサラギ、の言葉に一真が僅かな反応を見せたことに、筋肉達磨は気づかない。


「まっ、偶々よね偶々。あらやだ、タマタマとか乙女が言う言葉じゃないわよ!」


 一真が僅かに眉を潜めたのも一瞬のこと。タマタマ繰り返す変態親父にもはや突っ込む気力すら無くして、修理が続けられている工場へと…正確には、そこにいるはずの人物へと視線を向けた。


「働きすぎで体壊すなよ?」

「んまっ!カズマちゃんがアタシの事心配し―」

「おっさんは殺してもしなないだろうが。ユンファだよユンファ」

「ムキー!酷いわっ!酷いわっ!」


 どこから取りだしたのか、黄色いハンカチを噛みしめて唸る雄二。ブチブチとハンカチを一通り噛み切り、視線を断続的な金属音を放つハンガーへと向けた。


「ま、あんな体格だもの、心配するのも分かるけど…大丈夫よ、あの子はアタシよりもずっとパワフルだもの。若さっていいわねぇ…」

「じじくせぇなぁ」

「せめてばばくさいにして頂戴よ」

「そう思うならせめて恰好くらい…いや、なんでもない、気にしないでくれ」


 危うく地雷を踏むところだった。今の恰好でもかなり近寄りがたいというのに、これから女装などされた日には半径100m圏内に近寄ってほしくない。寧ろ圏内に入った瞬間に射殺するだろう。間違いなく。


「もう、そうやって直ぐ歯に衣着せた言い方するのはカズマちゃんの悪いところよ?」

「ほっとけ」


 耳にタコといわんばかりにぷいっとそっぽを向く一真。そんな彼の様子にハゲマッッチョも大きく肩を落とした。


「全く…。て、わざわざ廃都まで来たって事は何か用事があったんじゃないの?」

「っと、いけね。機装のメンテ頼みたいと思ってたんだけどさ…結構忙しそうだし、また今度にするわ」


 こうして会話している間もカンカンと高い音が響いてくる工場へと視線を向けると、いつの間にか、そこには大型のスパナを肩に担いだ少女が立っていた。


「カズ兄が遠慮するなんて珍しいじゃないのさ?」


 ツナギの上半身を脱いで腰に巻きつけたタンクトップ姿の彼女は橘ユンファ。担いだ大きなスパナが不釣合いな程に小柄な体格だが、この小さな工場を支える大事なメカニックだ。


「よぅユンファ。遠慮というか、大分先客が多いみたいだし時間かかりそうだからな」


 軽く片手を上げて彼女へと挨拶をしつつ、視線は彼女よりも更にその向こう、小さな作業場にぎゅうぎゅう詰めされた機装へと向ける。いくら自動化が進み、人の手が必要になる部分が少なくなったとはいえ、全てを自動化できるわけではない。人の手が入る以上連続しての作業は出来ない故に、一度たまってしまった仕事を片付けるのには多少なりとも時間が必要になる。

 今からその列の一番最後に並ぶとなれば


「俺らの商売道具だし、あんま手放しておくわけにもいかないからな」


 という結論に至るのは決して不自然な話ではない。


「あ、そゆこと。いいさ、カズ兄には贔屓にしてもらってるし、特別にしてやるさ」


 なるほど、とユンファは一つ相槌をうち、更に自らを納得させるかの用にうんうんと首を縦に下ろした。


「おいおい、いいのか?先客後回しにしたらお前の信用がた落ちだろう?」


 商売というのは信頼の上で成り立っているものだ。それは一真のような荒くれ者で合っても例外ではなく、とりわけ人のものを預かる立場にあるユンファにとって信頼は大金を叩いてでも確保しておきたいもののはずだ。


「キッー!アタシの時はそんな事言わないのにっ!」

「おっさんはそもそも信用無いから問題ないだろ」

「うぅっ…酷いわ…酷いわ…」


 何処から取り出したのか、再び黄色いハンカチをブチブチと噛み切るハゲマッチョ。既になれたものなのか、一真は華麗にスルーしているようだ。そんな一真に向けて、ニンマリと笑みを浮かべつつユンファが疑問を投げる。


「で、どうすんのさ?特別に格安で作業優先してあげるけど」

「…そゆこと」

「そゆこと」


 世の中はギブアンドテイクだ。同じ金額を払っているのに順番が優先されたとなれば勿論彼女の信頼はがた落ちになってしまうだろう。しかし、順番を急ぐ代わりに追加で料金を払いってると成ればまた話は別だ。高い金を払った分だけ高いサービスを受けられるのは当然と言えば当然のことなのだから。


「仕方ない、お前のメカニックの腕は確かだしな。今回はそれで手を打つか」

「へへっ、毎度ありー」


 ニカッと口元を上げて笑みを浮かべるユンファ。ふと、その視線が右左と何かを探す様にさ迷う。


「で?肝心の機装は何処にあるのさ?」

「あぁ、後でアフロが桜花で来るから。俺だけアレで先に来た。桜花で乗り付けた後に無理―とか言われても困るからな」


 そう言いながら、一真は背後にあるはずのアレを親指で示してやる。

 今や骨董品とも言える化石燃料を使った自動二輪車。遥か昔…それこそ大戦の前までは一般的だったらしいそれも、もっと燃費の良いエネルギーが発見されていくにつれ姿を消していったらしい。

 どういう巡りあわせだったのか偶々手にしたそれを誤魔化し誤魔化し使い込んでいる。

 物持ちが良い…と言えば聞こえがいいが、早い話が勿体ないから使っていると言うだけの事だ。貧乏性とも言う。


「あーあれまだ使ってたんだ。いい加減新調すればいいのにさ。今なら重力制御型の最新の奴、安めに卸してやるよ?」

「あぁいうのは新しけりゃいいってもんじゃないんだよ」

「うーん…わっかんないなぁ…」


 一真とて新しい物の方が性能も、ランニングコストを考えても優秀だという事は理解している。しかし、人間古めかしい物に魅力を感じてしまう人が居るのも確かなのだ。

 いつの時代でもアンティークの収集家が居る事がそれの裏付けとも言える。

 勿論、理解できない人間には到底理解できない次元の話だが。


「それにまったく使えないってわけじゃないしな。電子制御されてる部分が少ないから磁気嵐なんかには強い」

「シチュエーションが限定的過ぎるさ。でもまぁ、最近磁気嵐多いみたいだから丁度いいかもしれないね。まぁいいや。ここで立話もなんだし中入ってよ。茶くらい出すさね」

「あぁ、忙しいとこ悪いな」

「なぁに、特別なお客様だしね。父さん、ちょっと中入ってるから、桜花来たら言って頂戴。搬入手伝うよ」

「ゆっくりしてらっしゃいな」


 雄二の返事を聞きながら、スタスタと歩きだすユンファに遅れまいと一真も機械音の鳴り響く工場内へと足を踏み入れた。

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