05

「あぁ、そうだ。それよりもサクラ、一つ聞きたいことがあるんだが」

『はい、回答できることであればなんなりと』


 普通にしていれば優秀なAIなのだが開発者があの馬鹿ということで少々捻じ曲がった知識を持ってしまっているのが玉に瑕だ。道を逸れた話に付き合っていては日が暮れるのに加え、丁度確認しておきたかった事象があり唐突に話を切り替える。


「サクラの目から見て、この間の二機の【蛟】はどう思う?」

『申し訳ありません、どう、とはどのような事でしょうか?具体的にお願いします』

「ん、そうだったな、悪い」


 何かの選択を迫られたとき、人間が程度の当たりをつけ選択肢を極力少なくしてから判断を行うのに対し、AIである彼女は全てに対して平等に選択肢を与え、その中から適正と判断されるものを「正しい選択」として判断する。

 いうなれば、適度に手を抜くことが出来ない。

 【どう】という言葉一つにしても【蛟】に関する膨大なデータのうちどこを求めているのかについて、余すところ無く全て平等に選択肢が与えられるためAIでは判断できないのだ。

 他のAIらしいAI…とでもいうべきか、硬質な印象を受けるAIであれば会話の際も注意しているのだが、サクラの場合は人と話している気分になってしまうのか、その辺を忘れることが多々ある。


「そうだな…【蛟】のカタログスペックとの比較…と、後は彼らの動きの特徴とか」


 具体的に、と言う話ではあったが、俺としても具体的に何を聞こう、と考えていたわけではない。先日のあの戦闘以来、もやもやとした「何か」が頭の片隅から消えなく、寧ろその「何か」が何なのか、その糸口を掴もうとサクラに質問を投げかけたのだ。


『把握しました、暫くお待ちください』


 俺の考えはさておいて、具体的な指示を出せばそこからは早いのがAIの良いところだ。サクラが何をしているのかはこちらからでは分からないのだが、どこぞのアフロが作ったとは思えない気配りの出来るAIは自らの動作について口を開く。


『先日得た【蛟】のデータを数値化し、公開されているカタログスペック、及び過去の戦闘データとマッチングしています――お待たせしました』

「随分と早いな」


 伊達にこれだけの船を動かすだけの性能を持つAIではないということか。先の戦闘データを数値化し、更に膨大な量になる過去の戦闘データとのマッチングはかなり手間のかかる作業…だと思う。実際どういうロジックで演算しているのかは俺にはさっぱりわからないが、そんな事から思わず口に出る賛辞。


『無論です。マスターの名にかけてサクラの演算能力は完璧です』

「はいはい、分かった分かった。で、サクラの答えは?」

『聞く耳を持たれていないと判断しますが、現在設定されているプライオリティにおいてクロイツ様への反論は最低レベルと判断しますので、今回は見逃しますがその内追及させていただく事にいたします』

「分かった、分かったよ。技術に関しちゃ、あのアフロは信頼してるから。これでいいか?」

『…これは失礼しました。結局プライオリティを守れて居ませんでした。サクラまたまた失敗です』


 そしてまたしても頭コツンと舌をペロッ。まだ2回目とはいえ…これは慣れないだろう。


『さて、クロイツ様が御所望の【蛟】に関するデータですが、まずカタログスペックとの比較についてです。短期間での戦闘でしたので正確な検証は流石のサクラでも出来かねましたが、カタログスペックに対し大よそ88.67%のスペックを引き出していると判断します。これはかなり驚きの数値と判断します。』


 少々渋い顔をした俺を完全にスルーして語るサクラのデータは興味深いものだった。

 デジタルな分野に関してはほぼアフロに任せているが、戦闘に関する部分は俺も多少の知識がある。全く知識の無い人間が操作できる程、機装は楽な設計をされていないというのもあるが。ともかく、サクラの提示した88.67%という数字はかなり驚異的な数値と言える。

 オートマチック化の進んでいる昨今の機装とはいえ、人が操るのだから当然、人の反応速度や動作が機械に追いつけない部分というものが発生する。カタログスペックとして紹介されているデータの実際は理論上の数値でしかない。現実はスペックの8割も引き出せれば相当優秀なパイロットと呼ばれる程だ。

 とはいえ、それもあくまでデータ上の話。【蛟】の開発元であるキサラギインダストリィが理論値ではなく実測値をカタログスペックとして公開している可能性もある。

 なんにせよ、俺の「何か」を埋めるきっかけにはならないようだ。


「……動きの特徴に関しては?」

『過去、クロイツ様、玲様が交戦した相手のデータとの比較、検証した結果、合致するデータは存在しませんでした。一部の特徴的部分を抽出し、類似データの検索を行いましたが、データ件数が多く、多岐にわたっているため類似データの特定は不可能、と判断します』

「…つまり、よく分からんと」

『最高の演算能力を保持するサクラとしては非常に遺憾ではありますが、反論の余地は無いと判断します』

「なるほど…ね。オーケー、助かった」


 正直データ自体はあまり役に立つものでもなかったのだが、この話自体がそこまで重要な話でもない。ちょっとした話のネタ程度。話に付き合ってくれる事で十分だ。


『クロイツ様の助力になったのであれば幸いと判断します』


 人工知能…ロボットという言葉が発生したのはもはや遥か昔のことだ。今の様に会話をもすることが出来る程の高度な物ではなかっただろうが、その頃から変わらぬものが一つある。

 彼らは人に尽くすために生まれてきたのだという事。

 全く表情を変えぬはずの彼女が、少しうれしそうに見えたのも、その変わらぬものの所為なのかもしれないと、ふと感じた。

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