03

 そんな廃都へ向けてウィルの操縦する【桜花】がゆっくりと航行していた。

 部屋で軽い朝食を胃に納めた俺は、赤茶けた大地を重力制御を駆使して駆ける【桜花】の甲板で食後の一服を楽しんでいる。と言っても地平線を境目とした赤茶と青のコラボレーションはいい加減飽き飽きだ。

 もう少し色のバリエーションが欲しいところだが、加わるとしたら曇りの灰か、夕焼けの赤程度か。なんとも目に悪い配色ばかりだ。

 くわえたタバコをもったいぶる様にチビチビと焦がしていく。

 タバコのような嗜好品は今の世の中歓迎されていないのか、生産量は少なく、それに反比例するように価格は正直高い。

 まぁ、機装のパーツ一つに比べてみれば屁のような値段ではあるが、パカパカ吸える程手軽な物でもないのも事実だ。

 先刻の収入が無ければこいつも暫くお預けになっていただろうか。

 …いや、なんとかして購入はしていただろうな、多分。

 ともかく、ゆっくりとニコチンとタールの毒素コンビを肺に浸透させていく瞬間は収入があった時の唯一ともいっていい楽しみだ。

 指先から紡ぐ一筋の白が風に乗り後方へと流されていくのを横目で見ながら、俺達の旗艦となっている【桜花】を改めて眺めた。

 

 ミナナギ造船製陸艇【ホ一〇式陸艇】が【桜花】の元となっている陸艇の正式名だ。

 一個小隊による効果的な奇襲、および強襲を行う事を目的とした陸艇で、通常の陸艇に比べると少々小柄な体格をしている。また、ミナナギ造船が重力制御関連に乗り出した初の陸艇でもあり、小さな船体は重力制御の出力不足を補うためと言われている。

 が、ミナナギ造船の重力制御技術は他の造船企業に比べ著しく劣っていたため、目標としていた機動性を確保することができなく、試作機を数隻生産するだけで終了している。

 それを例のパーツショップが二束三文で買取、更にそれを俺達が買い取った上で、ウィルが色々と弄繰り回して完成したのが【桜花】だ。

 問題だった重力制御装置は重力制御技術に関してはトップを行くキサラギインダストリィ製のものに付け替えたらしく、比較的小型な船体も加わってかなり高い機動力を有する陸艇となった。

 ウィル曰く、「コイツについてこられるハッピーな奴はこの世にいねぇな」らしいが、それは流石に言いすぎじゃなかろうかと、常々思っている。

 更にはウィル謹製のアレが搭載されているのだが…アレはどう考えてもウィルの趣味な気がしてならない。

 まぁ…確かにアレが無ければウィル一人で桜花の操縦をすることは難しいのだが。

 ぼーっとそんなことを考えつつ、極限まで短くなったタバコを摘むと、無造作に投げ捨てる。投げ捨てたタバコは一瞬で後方へと飛ばされていき、一呼吸をおく間も無く俺の視界から消え去った。

 収入が入った後の至福の時間も僅か五分で終了なのが悲しいところだが、喫煙以外に甲板に居る意味は無いので戻ろうと振り返り、思わず目を見開いた。

 振り返った先にこちらを見つめる小さな女の子の姿があったからだ。

 フリフリの付いた侍女服に身を包み、直立不動の彼女。

 相変わらず唐突に現れてくれる、アレ。


『クロイツ様、タバコのポイ捨ては厳禁ですダメダメです』

「相変わらず唐突な登場だなサクラ」

『サクラは【桜花】のいかなる場所にも存在していますので、寧ろクロイツ様が唐突に気づかれたという方が正しいかと判断します』


 まるでインカムを通して聞こえてくるような彼女の声。

 彼女―サクラ―は【桜花】を作る際に搭載した、重力制御装置に次ぐ多きな改造の一つ、ウィルが作成した操船サポート用の人工知能、AIだ。

 今、俺の目の前に見えているのは彼女をイメージ化した立体映像で、よくよく見れば彼女の背景がうっすらと透けて見える。


「こうやって映像化されないと、こっちはサクラに気づけないからな」

『それは残念です。サクラは常にクロイツ様を気にかけているというのに』


 残念だと話す彼女ではあるが、映し出されている映像の表情は一切変わらない。

 うちには玲という鉄面皮が存在しているが、彼女として多少の表情の変化はあるのだ。

 嫌な時は露骨に眉を潜め、瞳を細めるし、うれしい時は少し目を逸らす。

 だが、彼女は本当に一切変わらない。

 いや、寧ろ変えられない、と言うべきなのだろうか。

 ともかく、無表情から一切変わらぬ小さな侍女はこんななりだが実に優秀だ。

 ウィルが作ったとは思えないほどに優秀だ。

 そもそも、陸艇というのは一人で運行するよう作られてはいない。

 陸艇そのものの操縦を任される操舵士に始まり、対外的な通信とレーダー等の索敵を行う通信士、搭載された火器を扱うための砲撃士、そして艦の方向性を決める艦長。最低でもこの四人は必要だと言われている。

 大きな陸艇になれば通信士は通信のみを行うオペレータとしての通信士と、索敵を重点に置いた索敵士へと別れていくし、火器の数や種類が増えればそれに伴い砲撃士の数も増えていく。贅沢を言えば、陸艇の航行という点では必須ではないものの、搭載した機装のメンテナンスや修理を行うための整備士も欲しいところだ。

 運行に必須でない整備士を除き、艦長はウィル本人だとしても後三人足りない。

 通信士、操舵士、砲撃士のどれかをウィルが艦長と兼務したとして、残り二人。

 残った三つの機能のうち二つをサクラが担当している事になる。

 勿論常に全ての機能がフルアクティブ活動しているわけではないので完全に二人分というわけではないが、良い働きをしている事には違いない。

 今はウィルが操舵をしており、索敵や通信に気をかける必要も無いため余裕が出たのだろう。普段のサクラはこうして何気ない会話をする事はあまり無い。

 会話という行為は非常に高度な技術が必要であり、リソースの消費もまた大きいからだ。更には立体映像を出力するのもリソースの消費が大きいはずだ。

 となると、恐らくは相当に暇だったのだろう。

 いや、俺が一人甲板で一服しているのを見て声をかけてくれたのだと思っておく。

 人工知能の癖に中々気の利く子だ。

 あのウィルが作ったのになぁ。

 本人にもサクラの百分の一程度でもかまわないので空気を読むという技術を覚えて欲しいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る