第74話 緋色の空と




――お母さんとお父さん。二人の笑顔に包まれ、私は生まれた。



幸せな日々。


成長するとともに色々な所につれて行ってくれて、色んな人に可愛がってもらえた。


私は歌が好きな子だった。テレビから流れる歌を、うーあー、と真似て歌う子だった。


それをみてお父さんは玩具のマイクを買ってくれた。


将来は歌手になるぞ。とお母さんと楽しそうに話していた。


私はそれが嬉しくて、たくさん真似た。そのせいか喋れるのが早く、お父さんもお母さんも私は天才だといい喜んだ。


私は歌をたくさん歌った。テレビに映る、歌手。キラキラしていて可愛くて。


小さいながらに憧れ、玩具のマイクを手放さなかった。


しかし、やがて異変が現れる。


玩具のマイクが上手く握れなくなる。


そして、ある日、4才になった時とつぜん私は歩けなくなった。


病院に行って検査した結果、脳に異常があるらしく、私はそれから段々と動けなくなった。


それに伴って、段々と意識もおぼろげになっていく。


よく笑うお母さんはよく泣くようになった。最初は私の前では堪えていたけど、日が経つにつれ、私の病状が悪化するにつれ堪えられなくて肩を震わせていた。


お父さんは最初は「一緒に頑張るぞ。きっと良くなる」と励ましてくれていた。お仕事も早めに切り上げて帰ってきて、お母さんを助けてくれた。


けれど、日が経つにつれ、優しい顔が消えていき家にいることが少なくなった。私を見る目はあの優しかった頃のお父さんとは正反対に冷たく......もしかしたら憎んですらいたのかもしれない。


いや、そうだ。思い出した。あの人は憎んでいた。


いつだったか、あの人が会社からの帰りが遅かった時にお母さんと口論になっているのを聞いていた。その時に言っていた。


金が必要なんだから働かなきゃ行けないだろと。でもお母さんもいっぱいいっぱいだった。お父さんのお給料では私の医療費は足りなくて、お母さんも内職やパートにいったり頑張っていた。


もちろん、私は目をはなすと危険な状態になってしまうので、誰かにみていてもらわなければならない。そしてそれにはお金がかかる。


でもお母さんには働かずに私につきっきりという選択肢はない。あの人が怒るから。



その内、言い合いになる度に「〇〇は生まれてこなければ良かった」と言われるようになった。



そして時が過ぎ、私が6歳になる頃にはお母さんはがりがりになっていた。今では理解できるが、当時の私はもうすでに自分の事も何が何だかわからず、微かに自我が残っているような状態になっていた。


多分、魂に記憶が刻まれていたんだろう。今では理解できる。あの頃の記憶が鮮明に見える。


......そして、お母さんは帰ってこなくなったあの人の名前を呼ぶことは無くなった。


天井を見つめてぶつぶつと何かを呟く。


お母さんを一人にしたくはなかったけど、この頃の私は何をされてももう殆どなんの反応も示さなくなっていた。


入院が必要なレベルにまで進行したそれは、私だけではなくお母さんをも追い詰めていた。


やがてお母さんはパートにも行かなくなった。ずっと私の面倒をみてくれるようになった。


反応も何もないけど、私に一生懸命話しかけてくれる。


私は嬉しかった。あの頃はなにも考えれなかったけど、この体になってそれを思い出し理解した時、胸が苦しさで潰れそうなくらい嬉しかった。


そして、その時がくる。


せめて、誰にも迷惑がかからないように。


お母さんは車を走らせた。あの人がもう乗らなくなった車。


久しぶりに乗った車。エンジンをかけ流れだしたのは、ラジオではなく、幸せだったあの頃にかかっていた私の好きな歌。


お母さんが大好きで、いつもかけていて、だから私も好きになった。


ゲドウツクルって変な名前の歌い手さん。


でも、とても歌が上手で、私の一番好きな歌い手さん。


無意識だったと思う。その歌声に反応し、久しぶりの笑顔を見せる私に、お母さんもまた久しぶりの笑顔を見せた。


「――一人にはしないからね。ずっと、一緒だから」



深い森の奥。


遠くに見える山。


落ちていく夕陽が、空を緋色に染めていく。


まるで子守唄のように歌い続けるゲドウツクル。


......ああ、あなたが......あんな風に歌っている姿、見てみたかったな......。



微かに聞こえたお母さんの最後の言葉。



――フッと、体が軽くなるような感覚。



そうして私の命は消えた。







――物心がついた時からある、あるはずのない記憶。



前世でのお母さんの温もりが、確かに私の体に残っている。



ギュッと握る手のひら。



体が動く。



「あ、あっ」



声もちゃんと出る。



目を閉じる――



お母さんの顔もちゃんと思い出せる。



お母さんの腕の温もりを思い出し、最期の言葉を反芻する。


『......ああ、あなたが......あんな風に歌っている姿、見てみたかったな......』


うん、わかったよ。


ずっと、一緒だから......側でみていてね。


そして私はお母さんに届くように歌を歌い続けた。


「お前さ、そんなに歌上手いならVTuberになりなヨ」


「......なぜVTuberなの?」


「勢いがあるから、かナ。今度VTuberの募集があるんダ。クロノーツライブってのりにのってるデケーとこ。上手く行けば手っ取り早く有名になれル」


「......有名に」


「お前の歌は日の目を見るべきだヨ。もっと多くの人に聴いてもらうべきダ」


「......」


「もしかしたらさ、それが誰かの希望に繋がるかも知れないゼ」



「誰かの希望に......」


その言葉が決め手だった。私がゲドウツクルに救われていたように、私も誰かの希望に。


そうして、私は緋色サイカとなった。


――私の命は、お母さんのために、誰かの希望になるために......ただただ、歌うために在る。



だから私は歌では誰にも負けない。




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