第73話 頂点




「......ふふっ、先輩どーしますぅ?コラボしてあげよっか?」


紫のツインテール。毛先を指先で遊ばせ、挑発的な顔を見せる若い女性が一人。そして、その矛先はクロノーツライブ歌姫――


「言いたいことはそれだけかしら?なら、私はこれで失礼するわね」


――緋色サイカこと、東城近華。


「あれあれ?逃げちゃうんですかぁ?サイカ先輩」


「逃げるもなにもねーダロ。礼儀のなってねえ後輩とはつるまねーヨ」


東城の隣にいた煙刀クロカこと、如月櫻子は見兼ねて口を出す。


「くふふっ、そーですね。ならその礼儀を私に教えてくださいよぉ、クロカ先輩〜」


「嫌だネ。つーかお前、どうしてサイカに粘着するんだヨ?」


「だって、サイカ先輩がクロノーツでトップなんですもん。私はクロノーツの頂点になるために此処に来たんです。だから......」


「お生憎様。私はクロノーツのトップではないわ。頂点というなら、一期生のあの人でしょう」


ツインテールの少女は首を振り、やれやれとため息をつく。


「チャンネル登録者数でいうなればそうでしょうね。あの先輩のほうがサイカ先輩よりも50万人近く多い。でも私の言ってるのは実力の話ですよ......サイカ先輩の方が力も才能もある。だから叩き潰す」


グッ、と拳を握る。それを見た如月は呆れ返ったように言った。


「あー、はいはイ。わかったから......もー良いカ?んな下らない話してる暇ないダロ。私らも仕事あるシ。じゃーナ」


そうして、東城と如月は細く笑む彼女を残し立ち去った。


(.......必ず、私が歌姫に。そこは私がいただく......どんな手を使ってでも)


――嶺花アルネ、名を篠坂朱音。クロノーツライブ5期生の超新星。


チャンネル登録者数、740000人。



◆◇◆◇◆



エレベーターの中、如月が東城へ聞く。


「あいつの事、マネに言ったのカ?」


「?、なぜ?言ってはいないわ」


「なぜって、ウザいダロ。粘着するのやめさせないと今にヤバいことになるゼ」


「......そう?昔のあなたもあんな感じだったけど」


「ッ!?」


「ふふっ」


「......いや、まあ。でもあそこまで酷くは無かったようナ」


「そうね。すぐ仲良くなれたしね」


頬をかく如月。くすくすと笑う東城。二人は同期であり、そのつきあいは5年程にもなる。


「まあ、度胸でいえばサイカには敵わないけどナ」


「それは、どういう意味?さっきのこと?」


「いんや、違うヨ。クロノーツライブに来たときの話サ。最終の面接の時......」


クロノーツライブ加入試験。1次試験、2次試験、そして最終試験である集団面接。


そこには東城と如月、他四人が三人の面接官の前に座らされ面接を受けた。


そして面接開始直後に面接官の一人に聞かれた事。それは、「君たちの価値を示してくれ」だった。


たった一言。それ故にどうすれば良いのかわからず混乱する面々。


沈黙が流れる会場でこれでは拉致があかないと判断した面接官が、具体的にどうすれば良いかを指示しようとしたその時。



――スッ、と東城が椅子から立ち上がった。



大きな丸メガネ、三つ編みの一見地味な少女。


「どうしましたか?」と面接官が聞こうとしたその時。


「――♫♪」


彼女の歌声が会場に響き渡った。約4分の曲。その間、誰もが聴き入ってしまい止めることは無かった。


そして、歌が終わると彼女は言う。


「......これが、私の価値です」


「いやあ、あの時はマジでビビった......突然歌い出すんだからナ。しかも引くほど上手いしサ」


「私は私の出来ることをしただけよ。私にはあなたのように卓越した運動神経もトーク力も、何もない......私には歌だけ。それしかないから示した」


「......いつも思うけどサ、お前の歌って不思議だよナ。なんつーか、魂を込めてるのがわかるっていうのかナ。命の重みを感じル」


ロビーを通り、警備員の横を抜けた。その先には落ち行く夕陽が緋色に街を染めていた。


「......そうね」


「ン?」


「命の重さは......痛いほど知っているわ」


空を見つめるサイカの顔はどこか懐かしそうな、悲しそうな表情だった。


「......そういえば、アリス」


「え、急だナ。どうしタ?」


「彼女、クロノーツライブに来なかったみたいね」


「ああ、だナ。シロネが残念がってたけド......サイカも来てほしかったのカ?」


「いいえ。来なくて良かったわ」


「まあ、ここでやれるかって言ったら難しいところあるよナ。チャンネルも伸びてるみたいだケド、ここで同じようにいくかと言われれば難しいと思うシナ」


「?、何を言ってるの?」


「ン?」



「あの子が来ていれば恐らく5期の子達は喰われてたわ。それどころかあの才能では妬むライバーにイジメられていたかも......上にはもっと怖い人達がいるしね」


「まあ、アルネなんか可愛くみえるようなレベルのはいるナ。つーか、サイカはなんでそんなにアリスの事を買ってるんだ?たしかにチャンネルの伸びはエグいし、歌も上手い......けど、こう言っちゃなんだがお前の下位互換じゃないのカ?」


「いいえ。下位互換と言うなら、私があの人の下位互換よ」


「......ハ?」


「だって、私はあの人の歌声で生きる希望を抱けたのだもの」






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