第66話 コミケ戦線




――8月、某所。決戦の日。



「やー、今回も暑いですねえ」


私の隣で彼女は涼しげにそういった。


「暑いですねえ。この暑さが嫌で奴は来ないのか......秋葉め」


「いやはや、許せませんね」


頬を膨らませ、ふんふんと鼻息を荒げる。


彼女は年2回行われるコミックマーケット、通称コミケで毎回駆り出されている売り子さん。名前をフェイちゃんと呼ぶ。本名は恥ずかしいらしく、教えたくないらしい。いつか必ず聞き出して見せる。


「猫耳、ピンクのツインテール。毎回の事ながら可愛いねえ、フェイちゃんは」


「えへへ、ありがとうございます。まあ、地毛はブロンドなんですがねえ」


「え、そーなの?じゃあ毎回染めてるん?」


「いえ、これはウィッグなんですよ」


「え、これ地毛じゃないんだ!?」


「ですです」


にこにこと楽しそうに笑うフェイちゃん。この子の笑顔は世界を救うレベルの癒やし効果がある。彼女は年に2回あえる私のご褒美ですね。


「ところで倫さん」


「ん?」


「秋葉さんがおっしゃっていたのですが、何やらVTuberモデルをデザインされたとか......」


「あ、うん。したした」


「しかもとっても可愛いとかとか」


「可愛いよ〜。親バカかもしれんけどね」


自然と頬が緩む。娘を褒められて嬉しくない親はおらんでや。つか興味あるんかな。


彼女はくりくりした猫目で私を見つめる。


「......えーと、これ」


まだコミケ開始まで時間がある。準備もあらかた済ませてあるし、少しくらい大丈夫だろう。私はアリスの雑談配信の様子を再生させた。


「わあ、可愛いー!!」


「でしょでしょ」


「やっぱり素敵ですねえ、倫さんのイラストは!それに美心ちゃんの声が合わさるともう最強じゃないですかぁ!」


「ふっふっふ。まあ、私のイラストは私だけの力では無いからあれだけどね」


「私だけの力では無い?」


「ほら、前にも話したやつ。秋葉もつかってるネット掲示板のスレ民達でデザインは決めたからね」


「あーあ、ネット掲示板」


両の手のひらを合わせるフェイちゃん。いちいち仕草があざとかわええ。


「それに、私は描いただけでね。そこに命を宿したのは秋葉なんだよ。あの人、ほんとにすごいよね。これ程可愛らしく動かせられるのは秋葉しかいないと私は思うよ......まあ、一番頑張ってるのは美心なんだけど――」


って、あれ?そういえばフェイちゃんなんでアリスの中身が美心だって知ってるんだ?秋葉が教えたのか?


そう思い彼女を見ると、顔が赤かった。半笑いで耳まで赤い。


「......どしたの?大丈夫?熱中症か」


「あ、いえ、大丈夫です」


秋葉からバイト代がでるとはいえ、お手伝いで体調を崩すのはまずい。


そして、これから戦争が始まるというのに倒れられたら私も間違いなく死ぬからな。


つーか、ただでさえ人気のある秋葉のサークル。本来二人で回すことなんて出来ないレベルだが、そこはフェイちゃんと私の洗練されたコンビネーションによる神業で毎回無事に完売まで辿り着けている。


まあ、開始してすぐに売り切れるからあれなんだけども。


(つーか、秋葉......人見知りだからお手伝いそんなに呼べないとか言ってたけど、本人こねーなら呼びなさいよ)


ポップの配置等を確認しながらそんな事を考えていると、フェイちゃんの横顔がちらり目に入る。


(......なんか、にまにましてる。なんでこんな嬉しそうなん?)


どうしたんや。つーか可愛過ぎるだろこいつ。まあ、この子のコスプレ目当てでここくる人もおるくらいだしな。


......秋葉も、一度でいいからここで会いたいな。そんで目の保養とか言ってフェイちゃんを眺めたい。この後の打ち上げとかも秋葉が居ればもっと楽しいと思うし。


スレでやるいつものくだらなくて面白い会話がしたい。......正直いうと、あいつが来ないのはちょっと寂しい。


それに......パパなんだから、一度は美心にも会ってほしいな。三人でご飯とか行きたいな。


「り、倫さん!始まりますよっ!」


「!」


――♪♫


いつものメロディが流れる。


『お待たせしました、只今よりコミックマーケット〜』


そうアナウンスが流れコミケが開会され、祭り開始の拍手に会場が満ちる。その瞬間、ゆっくりと私と隣のフェイちゃんが戦闘態勢に入った。


――始まる。戦いが。


遠くから人の足音が聞こえてくる。それと同時にスタッフの張り上げる声。


現れた大量の人の群れ。その全員が狩人の眼をしていた。やるかやられるか、サークルの回り方ひとつ違えば命を落とす。そんなレベルの気迫を感じさせる圧がそこにはある。


フェイちゃんがニヤリと好戦的な笑みを浮かべている。


まるで「覚悟はいいか?俺はできてる」と言わんばかりの表情である。



――新刊ください!!と、来場者さん一人目の一言により、戦いの火蓋が切られた。





◆◇◆◇◆




「......」


「......」


まるで燃え尽きた明日のあの御方のように椅子で沈黙する私とフェイちゃん。どちらも一言も発さず、ただ地面を見ていた。


しかし、この全力を尽くしやり遂げた事による心地よさ。これは何度苦しい思いをしても格別だ......いや、嘘だ。冬は誰か一人手伝いに連れて来たい。そろそろ死ぬ。


「......大丈夫ですか、倫さん......」


「あ、うん......フェイちゃんは?」


「なんとか、大丈夫です」


にこっと微笑むフェイちゃん。写真集でも売れば良いのに。私買うよ?200冊くらい。


その時、携帯に着信があった。


『どこにおるん?ママ』


『え、何処ってコミケだが?』


『知ってる。会場のどこにいるのーって話しだよ』


......ん?






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