第61話 変化 【西野蓮華 視点】
「お前、本当に辞めんだ?」
同期がそういった。
「はい」
私が小さな声で返答すると、彼はふっ、と鼻で笑う。
「後悔するぜ、お前」
「しませんよ」
「......あ?」
もしかしたら、その声は震え掠れていたかもしれない。けれど、今の私には真っ直ぐな想いがある。
ふとみれば自分の席だった場所が山のような資料や書類で埋め尽くされていた。でも、あそこはもう私の居場所ではない。
「世間知らずが」
「それはお互い様」
「......なんだと?」
心が軽い。その理由はわかっていた。
「私は、後悔しない為に行くんです。さようなら、現世」
「は?」
――扉の閉じた音。それと同時に翼が生えたかと思うな解放感。長い時を暗い檻で閉じ込められていた気がする......いや、きっとそうなんだ。
そして自分でも気が付かない内に死んでいた。暗い暗い何も見えないような世界で。
けれど、ある時見つけた暖かな灯り。照らす想いの灯。彼女が手を差し伸べ、繋ぎ、引いて歩いてくれた。
私の死した魂を連れて。
そして、私は辿り着き彼女の手で生まれ変わった。銀髪のヴァンパイアとして、アリスの妹として。
だから、もう迷わない。この道を進むだけだ。
光の差す場所へ――あの人達と。
――私は、VTuber天羽リンネ。
◆◇◆◇
――1週間後。
慌ただしく鳴る電話の音。
いつにも増して過激な怒号があちらこちらで飛ぶ。
やつが、同期のあの女が居なくなっただけでこうも荒れるのかってくらいに社内が慌ただしい。
意味がわからなかった。
たった一人消えただけで、だ。
確かに人手不足ではあった。けれど、それでも回っていた。なのに、なぜ急に......。
「......不思議そうですね」
「そりゃまあそうだろ......お前、最後に家帰ったのいつ?」
「四日前っすかね......前なら二日の泊まり込みで済んでたところあと二日は帰れそうにないですね」
「......俺も次から次へとクレームが......これじゃ次の契約を取るどころじゃねえし、成績もガタ落ち......クソ、なんで俺がこんな目に」
「.....西野先輩......帰ってきてくんないかなぁ」
ぼそりと後輩がぼやく。
「はあ?一人増えたところでこの意味不明な忙しさはかわんねーだろ」
「え、そ、そうすか?......少なくともクレームの類は無くなるとは思うんすけど」
「......なんで?」
「......なんでって、先輩、西野先輩の電話対応きいたことありますか?」
「いや外回りだから事務のことは知らねえよ」
「ああ、そっすよね......西野先輩、とんでもなく丁寧な対応するんすよ」
「そら相手は取引先とか客だろ?丁寧に対応すんのは当たり前だろーが」
首をふる後輩。
「自分が思うにこの会社でクレームがそれほど出てなかったのは西野先輩が対応していたからだと思いますよ。......どんな事にもしっかりと対応してくれて、わからないことは自分で調べたりその部署まで聞きに走ったり」
「いや、そこは内線できけよ。要領悪いな、やっぱ」
「いやいや、外回りの先輩は知らないと思いますけど、この会社忙しすぎて内線機能してないすよ。かけても全然でないから」
「えぇ、マジで......」
「まあそんなこんなで色々な仕事を抱えがちでしたね。なので残業も連日連夜......場合によっちゃ休日もお客さんの家へ説明しに伺ってまわったりして。休みなんてなかったんじゃないすかね」
「ばかかよ。休みは休めっつーの。体壊したら迷惑だろが」
「......あの、誰がそれさせてると思ってるんすか」
「あ?誰が?誰?」
「非常に言いづらいんすけど、その原因は営業の方々なんですが......」
「営業って、俺ら?」
「......アフターケアっていうのかな。説明がよく分からなかったから解約したいとかそういうのがよくコールセンターにかかってきて、それを西野先輩が引き受けて......で、電話越しじゃわからないから時間のある休日にお伺いって流れですね......あとは営業さんの態度や強引に結んだ契約とかのクレームの対応とか?」
「......まじか。お前、なんで教えなかった?」
「そんな暇なかったじゃないですか。今は忙しすぎて逆にこうして話できてますけど、以前なら先輩外回り行きっぱなしだったし」
「上にはそれ報告してたのか?」
「もちろん。あの人いなくなったらヤバすぎますよって。皆で訴えてたけど、なんか引き止めた時の会話の内容を聞いたらむしろ辞めてくれてホッとしましたね......西野先輩はこんなところいちゃダメだなってそこで改めて思いました」
「......マジで、あいつが居なくなったから、この状況なのか......?」
「西野先輩の重要性を知ってた人は皆だろうなとは思ってますよ。っていうか多分皆も辞めるんじゃないですか、ここ」
「は!?」
「まあ、かくいう自分も辞めようと思ってますし......転職先もありそうなんで」
「お、お前......そんな簡単に」
「先輩も早くしたほうが良いかもですよ。明らかに沈みかけている泥舟ですし、この会社」
「......泥舟?」
「いくら言ってもわからない上の人方。この状況でもなんとかなると能天気に朝礼で笑うバカ社長......朝礼なんぞしとる場合かって思いません?あんたのその数十分の話でどれだけ仕事が進か」
「おまえ、そんなこと思ってたのか」
「ふつー思いますよ」
俺は携帯の電源を入れた。
(あの女さえ戻ってくれば......どうにかなるんだろ?なら、頭でもなんでも下げてやる!せっかく入社したこの会社を潰すわけにはいかねえ......つーか、なんで一人の人間が居なくなっただけで潰れんだよ!おかしいだろが!)
......なんてメールする?
お願いします、戻ってきてください?
い、いや、無理だ。そんなこと言えない。
下手にでるのはダメだ。あくまで主導権は俺にある体でいかなければ。
「――あ、配信......始まった」
後輩が呟く。
やつのみていた携帯画面には、銀髪の女のイラストが映し出され、挨拶をしていた。
(......これって、VTuberってやつか)
そのVTuberの声は、どこかで聞いたことのある声だった。
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