第60話 終わらせよう。



雨のふる朝、私の携帯に入っていたメッセージ。それは美心の妹である蓮華さんからのものだった。



『今日、終らせてきます』



そう書かれていた文字からは彼女の気持ちの強さを感じた。




――数日前。



私の家にあらためて集まり蓮華さんが美心へVTuberになる経緯を話した。すると美心は「なるほど」と一言いい、ぎゅっと蓮華さんを抱きしめた。


「辛かったんだね、よしよし」


なでなでと蓮華さんの頭を優しく撫でる美心。その姿にやはりお姉ちゃんなんだなと改めて蓮華さんにとっての彼女の存在を認識した。


多分、美心がいなければこうして仕事を辞めようだなんて思えなかっただろう。きっと彼女の存在は蓮華さんにとってあらゆる意味で救いになっているんだ。


こうして二人が巡り合わされたのは運命であり必然な気すらしてくる......。


「......」


蓮華さんの虚ろな瞳。本当にこの道が正しいのか、と......まだ迷っている。


結論から言えば私達が歩む道に正しさなんてものはない。あるのは、後悔するかどうか。


『――生き方は決めた。後は自分にできることを精一杯やるさ』


これ、私の好きな台詞ね。......覚悟の重さ的な意味合いで。


「蓮華さん」


「......はい」


「あの人たちは蓮華さんの事を少ししか知らない」


「え......?」


「あなたの全てを知っているわけじゃないんだよ。私からみれば蓮華さんは素敵なところばかりだ。......お前には無理、無駄、失敗したらどうする?出来るわけ無い、そう言われたんだよね」


「はい」


「私もそうだったよ。ずっと......そう言われ続けてきた。親にはイラストレーターなんかじゃ食えない。食えている人はそもそも才能があっただとか。社会人になった時も、こんなこともできないのか?だとか要領が悪いだとか......ずっと、ずっと言われてきたよ」


美心は優しい笑みを浮かべ私を見ている。不思議とどこか懐かしい雰囲気を感じながら、私は続ける。


「でも、気がついたんだ。そんなの関係なくない?って」


「関係ない?」


「うん。だってそうでしょ。これは私らの命......出来が悪かろうが失敗しようが、関係ない。他人は関係ないんだ」


「でも、失敗は怖いです」


「......うん。だね。それじゃあ、私が今から魔法をかけようか」


「魔法?」


私は手をピストルの形にする。それを蓮華さんに向けた。


「今から蓮華さんを殺します」


「え?」


「目を閉じて」


怪訝な表情をしつつも彼女は言われるがまま目を閉じた。


「......想像して、蓮華さん。会社での日々を。あなたの苦しみ抜いたその年月を。ほら、そのままあなたの人生がゆっくりと終わりを迎える......いや、きっと自分で終わらせようと思った事もあったよね。そして、その時に想像したはずだ......このまま命を断てば楽になれる、と......ううん、なれないよ。死ぬのはとても怖いし、悲しいし、辛い。残される人を思えば脚が震え、心が締め付けられる」



――ザァー、と体を打つ雨粒を私は思い出す。



ぎゅっ、と胸に携えた手が衣服を握りしめた。


「......でも、もう遅い。君は会社に残りその未来を選んだ。終わりだよ。――パン」


私はピストルの引き金を引き、弾丸が放たれた音を口で発した。僅かにビクッと震えた彼女の体。


「はい、これで蓮華さんは死んだ。これまでの人生に幕を閉じたんだ。そして......これからの君は違う世界で生きる」


目を開け、驚いた顔でこちらを見る蓮華さん。


「違う世界で......?」


「君は転生したんだ。VTuberの世界に......ほら、名前、なんていうんだっけ?」


はっ、っとする蓮華さん。


「わ、私は......天羽あまうリンネ、です」


VTuber、天羽あまう鈴音りんね。それが彼女の転生した名前だ。


「そうだね。もう、蓮華さんは生まれ変わった。後戻りはできない。あなたはもうリンネとして生きていくんだ。......わかった?」


......ちょっと無理くり過ぎたか?蓮華さんが呆けた顔でこちらをじっと見てくる。少し恥ずかしい......けれど、これが一番だと思った。


死ぬくらいなら、死んだ気であらたな道を突き進む。


私は前の人生で夢を叶えられず、「そういうもの」だと諦め死んだ.....でも、転生後に思ったことは決して「そういうもの」では無かった。


だからこそ、死にものぐるいでイラストレーターになることができた。まあ、つまり何がいいたいかというと、なにもかも諦めて死ぬくらいなら好きな事して死んだほうが良くね?ってこと。


ただただロボットのように生きるくらいなら、命をチップに夢に賭ける。


けれど、これは決して無謀な賭けではない。何故なら、人の本気と死の恐怖は運を引き込む大きな要因になるからだ。


(......そんな事考える奴も少数派なんだろうけど)


でも、ただただ死を待つだけなら。死ぬ気で、死んだ気で。


好きなことを追いかける。


少なくとも、その場所よりはマシなんだから。




――私は、携帯に入っていた蓮華さんの『今日、終わらせてきます』というメッセージに返信した。




『行ってらっしゃい。天羽リンネ』




――ピロン




『行ってきます。ママ』





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