第59話 猫かよ!




携帯のSNSを何気なしに眺めていると、コミケの話題が目に入る。



(そう言えば、コミケ......パパは生きているのだろうか)


毎年なんやかんやとやっていてギリのギリギリまで粘っているらしい。だから、当日は死んでいて会場に来れないんだと思う。


(今年も多分、来られないんだろうな)


今の私がこうしてイラストレーターとして生活できているのは秋葉のおかげといっても過言じゃない。あの人が仕事を色々紹介してくれたり、イラストのアドバイスをしてくれたからこうして悠々自適な生活が出来ている。


だから、できれば一度で良いから会ってお礼を言いたいんだけど。


「ママ、おまたせー」


お手洗いに行っていた美心がとてててと玄関にかけてきた。私は携帯をポシェットにしまい「うん、いこうか」と彼女に返し玄関の扉をあけた。


美心が鼻歌を歌っている。このメロディは春泥棒か。ゴキゲンな彼女は部屋の外に出ると、私に手を差し伸べた。


「はい、ママ」


「ん?お小遣い?」


「ちがわい!お手て繋ぎますよ」


「......まじで」


「まじです。迷子になったら困りますからね」


「迷子になるかっ」


「わかりませんよ。人生の迷子になるかも」


「怖っ」


なんかわからんけど怖い。怖いからつい美心の差し伸べた手をとってしまった。くそーっ、やわらけえ。


「にっひひ」


顔を上げると美心は満足そうに笑顔を見せた。破壊力やばーい。もうちょう無理なんだけど〜。とギャルにならざる得ないレベルで可愛い。つーか、笑い方アイ◯スの伊織ちゃんみたいじゃん。ばちくそ可愛いんだが。


「はい、いってきますのぎゅー」


「おおおおあっ!?」


上から包み込むように抱きしめられる私。唐突な幸せタイムに焦ってしまう。なんか頭がふわふわするんだが。なんという、ふわふわ時間!


「いいこいいこ」


なでなでと私の頭を腕に包み込み撫でてくる。何この人、慈愛の神だったりするの?


つーか、私ママなんだが?逆なんだが?


つーか、なんかシチュエーションもおかしくね?ふたりでおでかけするのに?


「いやいや......まてまてまて」


「ぬあっ」


私はぐいっと美心を引き剥がす。幸せそうな表情が一転し、不服そうな顔へと変わる。睨みつけるようなジト目の彼女。


よーしよしよし、と私はそんな彼女の頭を撫でた。


「よしよし」


「ふにゃ」


いや、猫!?ふにゃって言わなかった、今!?気持ちよさそうに目を細める美心。ごろごろと喉を鳴らしているよう猫をみているような錯覚に陥る。


「ほら、時間なくなるからいくよ」


「あー、もう終わりー!?」


「帰ってきてからいくらでも撫でたげるから」


「!、絶対ですからね!?やたーっ!」


繋いだ手を高らかに上に突き上げる美心。そんなに嬉しいか、そーかそーか。


マンションのエレベーターに乗り込む。扉柄閉まり、鏡に映る私と美心。転生前であれば私の方が圧倒的に背が高かったのに、今では圧倒的に私のが低い。


あの頃の自分と遙華を映る二人に重ねて見るが、合うはずもなく......そこに至ることは無いと現実を突きつけられる。


こんなに近くに居るのに、遠すぎる。


神様のいたずらかなんなのかは知らないけど、もしそうだとすれば、私を女にして彼女の側に置いた彼はいい性格をしていると言わざる得ないだろう。


というわけで、美人コンシェルジュさんに挨拶をしてお外に出たわけですが、もう帰りたくなってきましたわ。なんやねんこの暑さ!!


「美心、大丈夫......?」


隣の美心さんも同じ気持ちになっていないかと心配になる。しかし、彼女はニコリと笑い「だいじょーぶ!ほら、いこ?」と私の手を引き出した。


陽射しが強いのはわかっていたから、日焼け止めを塗ってきたんだけどこれは早くどこかの建物に避難したい。ちょっと太陽くんやる気出しすぎー!これがホントのイケナイ太陽ゆーて!がははは!


車道に沿うよう造られた花壇。そこには色とりどりの花々が咲き街を彩る。それを眺めながら「あー」とか「ふーむ」とか謎の相づちをうちながら美心が歩く。え、お花と会話でもできるの?この子?


「ほら、ちゃんと前見て歩かないと――」


フッ、と蘇るデジャヴ。転生前の記憶が鮮明に映し出される。そうだ、遙華もこうやって......それで、私がいつも注意してた。


それで、そしたら遙華は――


「だーいじょーぶ!ほら、ちゃんと手繋いでるもん......ね?」


――そう言って、微笑むんだ。汗ばんだ額と、少し赤い頬。つんとした目尻が優しくなる。私の知る、あの頃の......彼女。


胸の奥から何かが込み上げてくる。これ以上、あの頃の彼女と今の彼女を重ねてしまうと、私は美心にこの秘密を伝えてしまいそうだ。


それはお互いにとっておそらくは良くない。何がどういけないとか、具体的な事はわからない。でも、漠然とその先の未来が恐ろしく感じる。



――ぎゅっ、と美心が握る手に力を込めたのを感じた。



「大丈夫だよ、ほら。いこう」


「え......あ、うん。そうだね」


そうだ。それは此処に置いていこう。思い出のひとつひとつを、その記憶を......そして、まっさらに。彼女は美心で遙華だが、私は岡部倫。もう、佐藤太郎ではない。


「あのさ、ママ」


「ん?」


「今度ね、花火大会があるみたいなんだよね。それ、一緒に行こうよ」


「......ああ、いいよ」



新しい彩で、暗い色を塗りつぶす。そうだ、それでいい。



彼女の未来は明るくなくてはならないのだから。



――美心が心なしか淋しげに頷いた。



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