第56話 泡中



――ザァーッ



雨のような音を立て、水流が泡を運んで行く。


白い背中、ほんのり赤い横顔。髪につくシャンプーを彼女は流していく。


(黙っていれば美人というよくある残念系美女......)


「はぁ、すっきりしたぁ!ありがとう、おかりん.....じゃ、次はおかりんね!」


付き添いのつもりでシャツと短パンで浴室へ入った私だったが、いたずらにシャワーで濡らされほぼ全身に至りびしょびしょに......まあ、酔っぱらいと風呂入りゃそらそーよ。


わかってた事だからまあ、良いとして......次私って何が!?


「え、次は私って、どういう意味?」


「そのままの意味だよ?」


きょとんとする至乃夏。いや、こっちの表情なんだわ、それ。


「はい、おかりん。ばんざいして、ばんざーい!」


「は?ばんざい?なんで......ちょ、おま!やめろ」


「よいではないか〜よいではないか〜!うえっへへへ」


「バリア!タイム!無下限呪術!!」


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!」


「!?」


必死に抵抗していたが、ついに濡れたシャツをぐいっと引っ剥がされる。


「きゃあーっ!!」


「うえーい!せんせえのシャツ取ったどー!!」


「......私の無限が適応されている......!?」


両腕で胸を隠す私。対する至乃夏は、何を恥ずべき事がある?とでも言うかのように、中に小玉スイカでも仕込んでるんすか?ってくらい大きな胸を見せつけてくる。


「おかりん、もう観念したら?下も脱いじゃいなよ。ほら、そこの洗濯機に放り込んでさ。どーせおかりんもシャワー浴びるでしょ?だったらもう一緒に済ませたほうが良いって〜!」


「やだ。なんか至乃夏の目がエロい」


「そらしゃあないよ〜。おかりんが可愛いのがいけないんだもん〜。っていうか、ほら女同士なんだしさ」


にやにやと笑う彼女。いや同性でも恥ずかしいもんは恥ずかしいだろ。


「女同士だけど目つきが男のそれなんだよな......」


「うえっへっへ」


つーか、あれよな。叫び声とかさ......転生前が男だからか、その記憶があるせいなのか、自分の「女」の部分を感じるのがだいぶキツいんだよな。


キツいっつーか、恥ずかしい。多分いま私顔真っ赤だし、涙目だし。


「か、かんべんして......許して」


私が掠れた声で許しを乞うたその時、至乃夏の邪に満ちた目に光が差した。我に返ったのか、悲しげな表情になる彼女。


(.......た、たすかった?)


にこりと優しく微笑む彼女。良かった。そうだよ、至乃夏は本来優しくて人の痛みのわかる人格者なんだ。


良かった......酔がさめたのか、興が削がれたのかはわからないけど、これでたすかっ――


「いーい表情だねえ、おかりん」


にやり、と一変し邪悪な笑みを取り戻す至乃夏。


「え?」


ズリっ、と下げられる短パン。露わになる水色のパンツ。


「いやああああー!!」


「はっはっはー!!!」


苦情来るんじゃねえかってくらい絶叫した。全部至乃夏のせい。




◆◇◆◇




――ぶくぶく、と湯船に口元を沈め泡を放出する私。隣に居る至乃夏を横目で睨みつつお湯に浸かる。しかし、睨んだところで辱められた記憶が消える訳でもないし、その事実が無くなる訳でもない。


あと生まれつき眠たそうなとろんとした眼をしている私が睨んだ所で、とくに怖くもなんとも無いので悲しいところである。


「いやあ、おかりんは暴れん坊だねえ。ふふっ」


にこにことご満悦な彼女。それはそうだろう。至乃夏は望み通り私の体を洗う事に成功してしまったのだから......体格差があるとはいえ、パワー半端ねえよこの人。なにも出来なかったんだけど。


「......ところで、至乃夏」


「はい?」


「明日はお休みなの?仕事は?今からでもタクシー呼んで帰る?」


「え......」


またしてもきょとんとする至乃夏。な、なんやねん。何かしらの前フリに思えて思わず私は身を守る様に自身の体を抱いた。


「あー......明日は、お休みだねえ」


目を逸らす至乃夏。あれ、なんか嫌な質問しちゃったか?


「どうかしたの?」


私は聞いた。聞かれたくない話なのかもしれないけど、虐められた恨みもあるので容赦なく聞いた。容赦しない。執拗に責めるまである。


部位破壊を狙うハンターのような執拗さをみせつけてやる。至乃夏の宝玉を奪ってやる。天鱗かもしれない。


「いえ、なんというか。私も最近少し悩んでまして......」


「悩んでる、って仕事?YooTuber?」


「まあ、それも含め......」


「どうしたの?疲れた?」


んー、と困る至乃夏。その表情はどこか思い詰めているようにも見える。


「......まあ、なんだ。話せる時に話してよ。私に出来ることならするからさ」


「え、本当ですか?」


曇り空の隙間から星が覗いたような、晴れた表情。


「え、まあ。至乃夏には色々と助けてもらってばかりだし......至乃夏がいなかったらこんなスピードでアリスが成長することは無かったしさ。それに、スレ仲間だしね」


にんまりと笑う至乃夏。美しい笑顔だこと。


「じゃあ、お願いがあります!」


「うん」


「私をVTuberにしてください」


「うん......うん?うん、ああ.......え?」


至乃夏も......VTuberに?



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