第37話 想いの在り処。
「どうですか、せんせえ。焼き鳥美味しいでしょう?」
「めっっっちゃ美味い」
橋田さんと二人で入ったのは焼き鳥専門店の居酒屋だった。彼女は入るなりテキパキと注文を済ませ、スレでの話題を肴に盛り上がり今に至る。
ちなみに当然だよね?と言わんばかりに生ビールを頼みだした橋田さん。流れで私も飲むことになった(強制はされてない)が......お酒弱いんだよなぁ。
「すみません店員さーん!生おかわりお願いしまーす!」
元気よく手を上げ店員さんを呼び止める橋田さん。え、まだ10分も経ってないのにもう4杯目なんだけど......強すぎんか?
私はちびりとジョッキに口をつけ、少しづつ飲む。一気にいくと間違いなく酔っ払ってぶっ倒れそう。
「橋田さん、お酒好きなんですね。ビールが好きなんですか?」
「はい!ビール大好きです!」
「ってことはいつも晩酌は欠かせない感じ?」
「ですです!なんなら晩酌配信だってしちゃう!」
「おお......ちなみに、晩酌配信って数字取れるんですか?」
「んー、数字というか楽しいからしてる感じですねえ。そこらへん考えるとせっかくお酒入ってるのに楽しくなくなっちゃいますから」
「あ、そっか」
「ところでせんせえ」
「ん」
「せんせえはホント凄いですよねえ」
「どうしたのか急に」
「どーもこーも!アリスちゃん大活躍じゃないですか!凄い子抜擢しましたねえ」
「ああ、凄いですよね。あの子は」
「あの子は、じゃなくてせんせえもでしょ」
「......私は別に」
そういえば、私は美心に何かしてやれてるのか?......機材を貸し、イラストを与えただけで、配信なんて全て美心の力だろ?それこそ、伸びる切っ掛けになった歌の配信だって美心からの提案で......私、必要か?
(......サポートできてなくない?私)
「せんせ?」
「あ、いえ......私よか橋田さんのが凄いですよね。色んなところで活躍してて。YooTuberは勿論、コスプレーヤーにモデルとかもやってるんですよね。よく体持ちますね」
橋田さんはほのかに赤らむ顔で「えぇ〜っ」とはにかんだ。さすがはモデルさん......その可愛らしさにどきどきしてしまう。
「そんなの岡りんだってわかってるわかってるでしょ〜」
お?あれ、これ......ギア上がってきた?酔が回ってきてるか、これ?いや、りんてなんやねん、りんて!
「楽しいから続くに決まってるでしょ、常考〜!」
私はハッとする。楽しいから続けられる。
「イラスト、ただただ辛いだけなら......それで食べてけるまでになってないでしょう?ちがう?」
「......確かに、それはそう」
忘れてた......なんで苦しい思いまでしてそれを続けるのか。それは楽しいからだ。
(聞いてみよう......彼女の意思を)
これは人生の分岐点。彼女にとっての分かれ道。企業Vになれば上澄みに到達する近道には確実になる。個人勢Vはどうしても少人数での活動になる分、出来ることも限られ回り道になりがちだ......というより、もっと言えば広報的な部分や営業は難しい。企業の後ろ盾もないし。
......それを考えると、これから茨の道だ。
――美心のあの日の台詞。
『あたしは皆となら地獄も楽しいと思うから』
......今も、その台詞が言えるのか。
大きなチャンスを前にして、美心はそれでも。
「はい、あーん」「え?あー......ん!?」
橋田さんに焼き鳥を差し出され、つい食べてしまう。
「せっかく二人で食事してるのに!なんでぼーっとしてるんですかぁ!ほら、飲んで飲んで!......もしかして、気持ち悪くなっちゃった?お水頼みます?」
もぐもぐ、と焼き鳥を咀嚼しおわり返答する。
「大丈夫」
「あー、良かったぁ。でも、無理しないでくださいね、岡りん」
「......りん」
「あ、ごめんなさい、つい。私、好きな人にはりんってつけちゃうんですよ〜......嫌です?」
「あ、別に嫌じゃないです。てか、敬語じゃなくても大丈夫ですよ」
「あら、ホント?なら、岡りんも敬語なしで!」
「おk」
――互いに互いの活動での愚痴を言い、適度なストレス発散をしながら気がつけば良い時間になっていた。
「そろそろ解散かな」「あ、もう11時過ぎ......」
また一緒に飲もうね、と約束をし帰路へ。
ふらふらと歩く飲み屋街。店でタクシーを呼んどけば良かったかな、と待ちゆく人を避けながら思った。
(美心はウチに帰ったかな)
連絡しようと携帯を出し、起動させる。すると美心からメッセージが届いていた。『えまちゃんと、マネさんとご飯食べて帰りますね』......2時間前か。
なんか、妙だ......妙な気分。
最近はずっと隣に美心が居たもんだから、居ない今が変な感じする。
(......酔ってるからだろうか)
美心は私と違って口数が多い。それに元気。もう太陽の申し子と言っても差し支えないくらいだと思う......仮にもヴァンパイアの姫様なのにあれだけど。
でも、彼女の癒やし効果によって生成されるモノがある気がする。多分、配信を見ているリスナーもみんなそれにより日々の活力を得ているのだろう。
(......居ないと、寂しいな)
まあ、これからそれに慣れる必要が出てくるかもしれない。覚悟だけはしておくか。......気が重くなるな。
――マンションの前、結局歩いて帰ってきてしまった。
ふらふらと自動ドアに近づくと、見覚えのある人がムスッとした顔でこちらを睨んでいることに気がつく。
「......え、あれ?」
「ママ!遅いし!何してたのさっ!さては......浮気かっ!?」
美心だった。浮気ってなんやねん!わしママやぞ!
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