第36話 お食事へゴー!


「今日はありがとうございました」


橋田さんがビルの前でお辞儀をする。私もそれにたいして頭を下げた。


「いえ、こちらこそ」


ちなみに美心はまだ会議室にいる。おそらく例の話をされているのだと思う......スカウトか。彼女に将来性があるのは誰の目から見てもあきらかだしな。というより数字がそれを既に証明している。


(......揺らぐな、現実味が帯びると)


「岡部さん、なにか心配事ですか?」


「え?あ、いえ......」


「ふふっ。あの、よければこれから飲みにでも出ませんか?」


「え、飲みに?」


「美心さんには先に帰っててと言われてるんですよね?いつ終わるかもわからないですし、夕飯がてら如何ですか?」


夕飯がてら、か。たまには良いかな。美心にもなにか食わせてあげたかったけど、仕方ない。今度だな今度。


「わかりました、行きましょう」


「わあ!やったあ!私オススメの場所があるんですよおーせんせえ」


「おお、それは楽しみ」




◆◇◆◇




「――と、言うわけです。ウチの社長曰く、あなたの素質は唯一無二。特に歌に関してですが、ボイトレをしていただき更に磨きをかけることでウチのボーカリスト系VTuber、緋色サイカと並ぶ力を秘めている......そして、ウチの事務所であればそれを可能に出来る様々なメリットがあります」


「な、なるほど......?」


会議の後呼び止められたあたし、牧瀬美心。えまさんのマネージャーさんから「少しだけお時間よろしいですか?」から始まった熱弁にあっとうされ、正直内容が理解できなかった。


しかし、そこにえまちゃんがフォローのように口を開き、話し出す。


「あー、ほら、マネちゃんいっぺんに色々話すからアリスちゃんが困惑しちゃってるじゃんっ!あのね、アリスちゃん。つまり簡単にいうと、アリスちゃんはスカウトされているんだよっ」


「スカウト......?」


「アリスちゃんを、クロノーツライブに、スカウトしてるのっ」


「え?あ、あたしを......スカウト?」


マネージャーさんが頷く。


「ええ。今からなら5期生としての所属になりますね。他に4人のデビューが決まっていて、最後の1枠が空いている状態でして......牧瀬さんがよろしければですが」


「でも、あたしは......」


スレの皆と一緒に上がっていきたい。けれど、口が動かない......だって、これは分かれ道、分岐点だ。


多分、人生においての......重要な。


だって、これで仮にクロノーツライブへ所属したとして、人気のVTuberになれれば......妹達の学費を稼ぐという目的達成が容易になる。


ママも個人勢VTuberで稼ぐのは難しいと言っていた。


(それに、あたしは......)


「大丈夫。すぐに答えをだす必要は無いですよ。これはあなたにとって大きな決断になると思います......なので、しっかりとお考えください」


悩むあたしをみてマネージャーさんが助け舟を出す。


「わかりました......考えておきます」


横に居るえまさんを見ると、こちらに微笑んでみせた。


「わたしはね、アリスちゃんと一緒に活動したいと思ってるんだぁっ!クロノーツライブの皆でコラボしたり、生誕祭したり、泣いて笑っていっぱい思い出を作りたいっ!えへへっ」


無邪気な笑みを浮かべるえまさん。


「あの、えまさん」


「んっ?」


「一緒に帰りませんか」


真顔になるえまさん。しかしすぐにそれは真夜中に星が瞬くような眩しい笑みに変わった。


「うんっ!いいよ!ご飯食べてかえるっ?」


「......ああ、夕飯」


時刻は18:56。言われてみればお腹も......って、あれ?空いてないや。けれど、せっかくのお誘い。ここは行こう。


「はい、ご飯食べましょう!」


「おおっ、やたーっ!!」


時間も時間なので、マネージャーさんが同行することに。この時はじめて知ったのだが、えまさんはあたしと同い年の17だった。


小さい体と元気いっぱい好奇心旺盛な性格で、つい歳下だと勘違いしていた......。


「ねねね、美心ちゃん!よければ敬語つかうのやめてほしいんだけど......どうかなっ」


「あ、うん、わかった」


「えへへ、やったぁっ!」


前を歩くマネージャーさんが振り返り聞く。


「えっと、どこ行きますか?」


「んー、美心ちゃんは食べたいモノあるっ?」


「食べたいモノ......」


「無いかな?無かったらこっちで決めちゃうよ〜!もし嫌いな食べ物だったりしたら、言ってねっ!」


「うん」


「と、言うわけで!マネちゃん!!オススメをどーぞっ!!」


そう言われたマネージャーさんはニヤリと笑みを浮かべ頷いた。


「では、ご案内します」


彼女はそういい先導し始めた。ちなみに彼女の名前は七海ななみ 麗奈れいなさんという。七三眼鏡で髪色も明るい茶髪、「ここから先は時間外労働です」とか言いそう。


「いやあ、結構マネちゃん色んなお店行っててね、美味しいところ沢山知ってるんだよ〜っ」


「そうなんだ。凄いね」


「でしょでしょっ!自慢のマネちゃんなんだよね〜っ」


「どこを自慢してるんですか、えま......恥ずかしいですからやめてください」


そういう七海さんの横顔はまんざらでもなさそうで、少し嬉しそうだった。


「つきましたよ」


みれば焼肉屋だった。


え?あたし......お金そんなにないよ......?


七海さんが「肉を食え肉を」と呟く。

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