第34話 強敵


配られた飲み物が半分になる頃、大体のコラボ案が出尽くした。その時――


「遅れてごめんなさーいっ!別のお仕事がおしちゃってて〜っ......あ、アリスちゃん!倫ちゃん!こんにちはっ!そちらの方は、忌魅子の仔さんですよね?よろしくお願いしますっ!遅れてごめんなさいっ」


――勢いよく扉が開かれ、現れた薄氷シロネこと白雪えまが現れた。


「お疲れ様です」「お疲れ様ー」「初めまして、よろしくお願いします。橋田です」


美心へと手をフリフリし、橋田さんへペコリお辞儀をし、私に抱きつく。そして彼女はホワイトボードに並ぶコラボ案を眺めだした。......ん?なんでハグした?


流れるような一連の動作。私でないと見逃しちゃう......わけもなく、両隣からの視線が痛い。


(......えー、あー、こんど言っとこ。えまちゃんに)


たらりと汗が垂れ、私は居心地の悪さに目を細めた。むむっ。


「ほわー、いっぱいだねえっ......無人島人狼、ラリオカート、これは......FPSかっ!むむぅっ」


彼女は腕を組み列挙された案を思案している。


「来たところで悪いけど、えま。今から休憩をとろうとしていたところなの。あなたもバタバタしてたでしょ。休憩してちょうだい」


「あ、そなんだっ。はーいっ!」


マネージャーに言われ、橋田さんのもとへとことこ歩いていった。改めて挨拶をするためだろう。


「あの、ママ......あたしお手洗いに」


「ん。りょーかい」


私もホワイトボードを眺める。アリスとシロネが楽しめる物であり、橋田さんもやりやすいゲームが良い。そして、欲を言えばアリスが活躍できそうなモノが望ましい。


このいずれでも彼女のポン具合であれば笑いはとれるだろう......ただそれだけじゃダメだ。


せっかくの登録者160万人の薄氷シロネ、登録者80万人の忌魅子の仔さん達とのコラボ......インパクトを残しチャンネル登録者数を爆増させるチャンス。


それを踏まえて考えなければ......。


「あの、岡部さん」


えまちゃんのマネさんが私のコップに珈琲を注ぐ。


「あ、ありがとうございます」


「少し、お聞きしてもよろしいですか?」


「はい」


「......アリスさんはこれからも、企業に所属せずにVTuber活動をなさっていくご予定ですか?」


......!


「まあ、ですね。おそらく本人もそのつもりだと思うので......なぜですか」


と、いいつつ、その答えは予想がつく。


「岡部さんであれば、既にご理解されているはずです。このVTuberジャンルは個人でやるにはメリットが少ない......営業、グッズ販売、ライブスタジオそれら全てをフォローできるウチのような箱の方が全てにおいてライバーは活動しやすい」


「そうですね、確かに......つまり?」


「唐突な話ですが、ひとつの道として提案いたします。アリスさんをウチに預けてみませんか?」


......引き抜き。というよりスカウトか。まさか、とは思ったけど。


なんせ、大手のクロノーツライブだからな。成功への切符ってやつか。


確かに企業に属すればあらゆる事がやりやすくなる。なんなら、こうしたコラボだって箱内で行うことができるし、それが強みとなる。


(......美心は、稼ぎたいと言った......でも、スレの皆ととも......)


アリスのチャンネルの伸びからして万一があるかもとは思っていたけど、こうして現実に言葉にされると震えてくる。


......やっぱり、アリスは期待値が高かったんだ。私しや美心、スレの奴らの力は、最強のVTuberを作ることに成功しつつあるんだな。


私は確認する。


「それって、つまり......簡単にいえば、スカウトと言う事ですか?」


「ええ、そうです。アリスさんの伸びは凄まじい......特に同接の人数が異様としか言えない。普通は、始めたてのVTuberのライブ配信にはあれほどリスナーは集まりません」


「ああ、やっぱり」


「はい。なので、より大きなライバーへと成長させるために......どうでしょう?」



......美心の未来と、仲間達との約束。




そして




遙華......君は何を望む?





◇◆◇◆





――案内板を眺め、現在を確かめる。



「......広いなあ」


大きなビル。これが全てクロノーツライブのものだというから驚きだ。しかし、迷った......流石に迷うわけ無いと思ってたけど、見事に迷った。


これは恥ずかしい。


あたしは携帯を取り出す。ママに助けを求める訳ではなく、とりあえずこのエピソードを記録しておくのが先だ......これは雑談で使える。さっすが私!意識高いねえ!


(メモしとかないとすーぐ忘れちゃうんだよねえ、あたし)


「......あなた、どうしたの?」


「わあっ!」


携帯にポンの記録を残していると、後ろから声をかけられビクリと体が跳ねる。慌てて振り返るとそこには、一人の女性が立っていた。


「......もしかして、なにかお困りかしら?」


長い三つ編みの黒髪と眼鏡。その奥にある眼は少しツンと上がっていて、泣きぼくろがある。......なんか、転生前のあたしに似てるかも。


文学少女の様な、そんな出で立ちの彼女はこちらをジッと見つめ返答を待っている


「ちょっと道に迷ってしまって。あはは、は」


「ああ、なるほど......広いものね、このビル」


「ほんと、凄いですよね。びっくりです」


ふふっ、と微笑む文学少女さん。この声、どこかで聞いたことある気がする......と、そんな事を考えていると彼女がひとつの提案をしてくれた。


「もしよければ、私が道案内しましょうか?ちょうど用事も終わってあと帰るだけだし......」


「え、そんな......悪いですよ」


「遠慮しなくてもいいのよ。私の名前は東城とうじょう 近華ちか......あなたは?」


「......すみません、ありがとうございます。あたしは牧瀬 美心と言います......よろしくお願いします」


「こちらこそよろしく。ところで、少し時間あるかしら?」


ちらりと携帯の時計を見る。まだ少し休憩時間はあるか。


「少しなら」


「そう。なら、少し見せたい物があるの......そこを経由して行きましょうか」


「はい、わかりました!」



って、あれ。あたしの目的地、東城さん知ってるっぽい?......言ったっけ?


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