第33話 よしよし


――えまちゃんがにっこりと蓮華さんへ微笑む。すると、彼女は一瞬何かを言おうとし、止まった。


私とえまちゃんは気がつく。この感じ......かつて、自分ら二人と同じ、崩れる寸前の人の雰囲気。


(......もしかして、今日ホントはお休みじゃない......?)


さっきから気にはなっていた。今日の蓮華さん少し落ち着きが無いように見える。それに、化粧も薄い......っていうか殆どしてないんじゃないか。


......精神的に限界がきた、のか。


――ポロッ、ポロッと蓮華さんの頬を雫が伝う。


くしゃくしゃになる顔、微かに漏れる嗚咽。


(......ああ、やっぱり)


「大丈夫だよっ、蓮華さん」


えまちゃんは蓮華さんに抱きつく。そして「よしよし」と言いながら、ぽんぽんと頭をなで始めた。


「倫ちゃんも、私も......蓮華さんの味方だよっ」


ぎゅうっと抱きしめ返す華蓮さん。やがてその嗚咽は鳴き声となり、彼女はその場へへたりこんだ。


(......その辛さを経験したことがあるからこそ、か)


えまちゃんはもしかしたら蓮華さんが昔の自分自身に見えているのかもしれない。


「......蓮華さん」


涙を拭いながらこちらを見る。


「とりあえずソファ座って。今日はゆっくりしよう......紅茶で良いですか?」


「......で、でも、岡部さん......忙しいのに」


「いやあ、そろそろゆっくりしようかなって思ってたから。蓮華さんお話相手になって」


えまちゃんが蓮華さんの手を引く。


「蓮華さん、ソファいこーっ」


――私とえまちゃんは蓮華さんからこれまでの話を聞いた。


やはりと言うべきか、彼女は会社に追い詰められていて限界を迎えていた。むしろよく今まで耐えたと思う。


『要らない』『使えない』『価値のない人間』


悪意に塗れた言葉をぶつけられ、彼女はその全てを身に受け、ここまで歩いてきた。


その道中には死という、彼女にとっては救済にも思えた選択肢があった。全てが消えてなくなれば、この苦しい状況も無くなる。


そう思い何度もそれを選ぼうかとするたびに、遙華の歌声と笑顔が頭をよぎったそうだ。


けれど、それももう限界がきていた。


(......でも良かった、そうなる前に出会えて)


私は蓮華さんを撫でる。


「えらいね、華蓮さん。もう大丈夫だよ」


あの日、私は私を助けられなかった。自分自身の弱さを受け止められず、限界に気づかず、終わりを迎えた。


それは仕方のなかった事だった。自覚も無くて、社会人ってそれが普通だと思っていて、みんな同じものを抱いて勤めているのだと信じていた。......だから、これは誰にでも起こりうる事なんだ。


(でも、だからこそ......間に合って良かった)


様子見て行けそうなら病院に行こう。


えまちゃんがずっと隣にいる。「うんうん」と相づちをうち、話を聞き続けていた。


......彼女がVTuberとして成功した理由がわかった気がする。


自分に傷があるからこそ、寄り添える。


おそらくリスナーにたいしてもこんな感じなのだろう。


――それから彼女は今の職場を辞める事にした。


......逃げるためではなく、前へ進むために。




◆◇◆◇




――それから4日後。三人でのコラボが決まり打ち合わせが行われる事に。


都内某所。巨大なビル内にあるクロノーツライブ事務所。


そこの会議室へと招かれていた。こういうのってPC使ってのオンライン会議的なあれじゃないんだな。



――コトッ、と目の前にお茶が置かれる。



「どうぞ」


「あ、すみません、ありがとうございます」


こちらのスーツに眼鏡の色っぺえ女性は、薄氷シロネのマネージャーさん。


「こちらのお水は牧瀬さん」


「あ、ありがとうございます」


美心がぺこりと頭を下げる。


「――それと、オレンジジュースは」


私の左隣に座る長身の女性。白いワンピースに、カーディガン、大きな丸メガネをつけた彼女こそ......


「忌魅子の仔さん。どーぞ」


「ありがとうございます。呼びづらいと思いますので、橋田で大丈夫ですよ」


【忌魅子の仔】、橋田はしだ 至乃夏しのか


YooTuber、WEBデザイナー、コスプレーヤー、モデル等で活躍するインフルエンサー。


Pwitterフォロワー13万人。YooTube登録者数87万人。


「ありがとうございます。では、橋田さんと呼ばせていただきますね」


「はい」


ニコリと微笑む彼女は、いわゆる清楚系美女そのもの。街を行けば誰もが振り返るような完璧な美人だ。


......ただし、表向きは半ば芸人のような立ち回りをするイジられ系。


「うおおおおお!!」「ぎゃあああああ!!」と絶叫しまくる感じの若干やかましいタイプの芸風を売っている。


会議が始まる前、初対面であった彼女と入口付近で出会った時。


「あの、せんせ」


「あ、はい......?」


誰だよこの美人......オーラが......って、あれ?この顔は!!


「忌魅子の仔さん!」


「ふふっ、リアルでは初めましてですね。せんせい......Aチャンねるではいつも遊んでいただいて、お世話になってます」


「いえいえ、こちらこそ......って、よく私だってわかりましたね」


「黒縁眼鏡......前にスレで」


「あ、そっか」


去年あたりにスレ民と喧嘩したことがある。その時の私は頭に血がのぼり、もはや怒りでワケがわからなくなっていた。だから色々な事を書きなぐった。


そして、その中にあったのが『この黒縁眼鏡でお前の顔面殴り殺してやるッ!!』というレス。


――周囲を見渡す。しかし、黒縁の眼鏡をかけているのは私だけだった。......なるほど、そうか。


「ふふふ」


「?、どうかしました?」


「いえ、その黒縁眼鏡で私は殴られるところだったんですねぇ......ふふっ」


くすくすと笑う彼女。


「え、ああ......まあ。すみません」


「いえ、こちらこそ」


ちなみにその喧嘩相手がこの人で、私はこの人に泣かされた。




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