第30話 告白
「遅くにごめんね、倫ちゃんっ」
しゅんとするえまちゃん。おいおい、せっかくの可愛らしいお顔が台無しだぜぇ?とは言えるはずもなく。
「どうしたの?なにかあったのかい?」
私は紳士に事情を聞いた。
「いやあ、久しぶりに倫ちゃんの顔見たら寂しくなっちゃって......えへへっ」
そう言いながら、くりくりとした髪を指先で遊ばせる。恥ずかしいのか頬はほのかに桜色で、ちらちらと上目遣いでこちらを見てくる。なにこれマジ天使。
「......そっか。珈琲でも飲む?紅茶のがいっか?」
聞きながらキッチンへ向かうと、えまちゃんは首を振った。
「大丈夫。時間も遅いし......迷惑でしょっ」
「うんにゃ。私はまだまだ寝ないし、迷惑ではないかな。えまちゃんのが心配だけど......まあ、とりあえずおいで」
ちょいちょい、と手招きして部屋へ入れる。なし崩しのように靴を脱ぎ、遠慮しがちにえまちゃんがあとをついてくる。
(ほつれた白いパーカーの袖、落ち着かない様子の視線、えまちゃん......もしかして、眠ることができないんじゃないか?)
「......心配、なんだっ」
「ん?」
「......わたしね、最近......こわくって、さ」
「怖いって何が?」
私は珈琲を淹れ始める。カップを二つ用意し、コトリ、とテーブルへ置いた。
「いつまでこうして居られるか、わからないからっ......」
ああ、そういう事か。
VTuber人気が過ぎ去った時の話。職を失うことへの恐れ、もしくは自分の居場所が消えてしまうのでは無いかという怖さ。
「私はクロノーツライブなら大丈夫だと思うけどね。大元はVTuber以外も力入れてるでしょ?資本力的には安泰だと思うんだけど......」
「それは、そうなんだけど......そうじゃなくて、その、リスナーさんとか、クロノーツライブのメンバーとかさっ」
冷蔵庫をあけ牛乳を取り出す。えまちゃん珈琲牛乳いれるの好きだったはず。
「倫ちゃんだってわかるでしょ。みんな変わっていく......リスナーさんも新しい楽しいを見つければそっちに行ったりする。メンバーだって、新しい道をみつけたりして卒業したり......そう、でもそれは仕方ない。仕方ない事なんだ。けど、みんな居なくなっていくのが、どうしようもなく、こわいっ」
だいぶストレス溜まってるな。今えまちゃんが言った事はおそらくVTuberをやっていく上で全てのライバーがぶち当たる悩みだろう。
だから、仕方ない事で耐えるしか無い事なんだ......とは、いかない。人は脆い。
「それは、こわいね......わかるよ」
私は出来上がった珈琲をカップへと注ぐ。ふわりと広がる豆の香り。なんだか既視感があるな、とぼんやり黒い渦を見つめていた。
「倫ちゃん、お願いがあるのっ」
「ん?」
「倫ちゃんだけは......もうわたしの前から居なくならないでっ」
「!」
ああ、これあれか。そうだった......このシチュエーションは似てるんだ。えまちゃんと最期に交わしたDM。あの時も確か、わたしとずっと一緒に居てだとか......けれど、あの頃は私は私でイラストレーターの仕事で多忙だったし、目指したい目標もあった。
だから依存するように私を求めるえまちゃんと次第に距離をとるようになっていったんだ。思い出した。
......罪悪感半端ねえな。
(すごく寂しかったんだろうな)
仕事が忙しくて仕方なかったとはいえ、私のやったことって最悪だ。多分、これだけ寂しがりになったのはVTuberになったからだけではなくて、私のあの頃の対応のせいもあるんだろう。
あの頃は仕事に追われ忙しかった......けれど、今は?今ならずっと側に居てあげられるのかもしれない。
「......わかった、側にいるよ」
出来上がった珈琲をえまちゃんへ差し出す。すると彼女はそれを受け取り、小さく「ありがと」とお礼を言った。
両手で包むように、大切そうにカップを持つえまちゃん。気がつけば、彼女の顔には笑みが戻っていた。
(......少しは安心できたのかな?)
「うん、うん......よしっ」
何度も頷くえまちゃん。え、どーした?なに?
「......え、なにが良しなの?」
「倫ちゃん」
「あ、はい」
――と、その瞬間。彼女から発せられる雰囲気。潤んだ瞳、漏れる吐息、真っ直ぐ向けられる真剣な眼。
(あ、これ......この感じ、私知ってる)
転生前と今、どちらでも経験したことのある。
ドクンドクン、と心音が聞こえた。
普段見せない艶のある表情。
えまちゃんの可愛さが限界突破している。
これは、あれだ――
「わたし、ね......倫ちゃんの事、好き。......付き合って、くださいっ」
カップを持つ彼女の手が小刻みに震えていた。
「倫ちゃん、ずっと側に居てくれるって......言ったもんねっ?」
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