第31話 感情



――ポチャン、と風呂場の水滴音が聞こえた。



時計の秒針が、返答を促し時を刻む。


「......えっと、わ、私もえまちゃんのこと好きだけど」


「え、じゃあっ!?」


「いや待って!あれだよね、一応聞くんだけど親友的なあれだよね......?」


この場に来てそんなわけもない、それを知りながらもこんなくだらない質問をしてしまえる私に私は幻滅した。いや、それほど追い詰められていたのかもしれない......だって、私には。


――コトっとカップをテーブルへ置くえまちゃん。とことこと私には近づきそして、ぽふっ。私へと抱きついてきた。背に手を回し、下から見上げるような形で彼女はこういった。


「......恋人、てきなっ」


ジッと見つめてくる潤む瞳、感じる体温、香るシャンプーの匂い......ッッ


か、か、かわええええああああばばばばーーーーっっ!!!!


「ま、まって、え?恋人って......私、女なんだけど」


あぶねええええ、理性トぶところだった!!そうだよ、私しゃ女なんだよ!!中身は男だけど!!


「......それが、なに?別に関係なくないっ?」


「いやいやいや、関係なくなくない?」


「別に同性でも恋人同士ってあると思うんだけど......え、もしかしてわたしのこと嫌いっ?」


「......嫌いなわけないけど」


「けどっ?」


「いや、突然だったから、びっくりして......ごめん」


スッと離れるえまちゃん。体が解放され、私は思わずホッとする。


「......ふふっ、倫ちゃんは昔から鈍感だよねっ」


「......」


それは、どうだろう。割と人の態度には敏感だったりするけど。転生前じゃ会社の人間や営業先の人間の顔色ばかり伺っていた。その表情や声色、言葉の言い回しに細心の注意を払い意図を汲む......それによってそういう能力は人よりあるとは思っているんだが。


(......まあ、目を逸らしていた節はあるけど)


見たくないものを見た、そんな感じ。だって、そうなれば仲の良い親友の位置から掛け離れた場所に行ってしまう。


えまちゃんの事は好きだ。けど、いつまでも友達のままで......


――いられないんだ。


ふと美心の態度が頭をよぎる。


あれって、もしかして......えまちゃんを意識していたのか?


(......いや、自意識過剰か)


私はママなんだ。必要とされているのはその部分で、前世とは違う。もうあんな関係に......美心、遙華とは戻れない。


......だったら、いっそえまちゃんと付き合ってみるのも手なのか?


(......忘れる、為には)


「どーしたの、倫ちゃんっ......?」


気がつけば目の前にえまちゃんのご尊顔があった。


「うおおっ、び、びっくりした!?」


「あははははっ、相変わらず集中したら周り見えなくなるんだね、倫ちゃんっ」


「ご、ごめん」


「でも、もう目は逸らさせないから」


「......!」


「覚悟しといてよねっ!にへへへっ」


珈琲がぬるくなるように、奪った時間の重みを感じる。


この子はずっと私の事を好きだった......けれど、その熱は冷めること無く、それによる寂しさを押し耐えてここまで歩んできたんだ。


受け止める事が正しいのかもしれない。


「まあ、寂しかったらいつでもおいで」


えまちゃんの事は嫌いじゃない......むしろその逆、好きだ。でも......どこかで何かがひっかかっている。




◆◇◆◇




「......」


余程寂しかったのか、話疲れてソファで寝てしまったえまちゃん。ひとつ問題なのは私の膝に頭を乗せているせいで動けなくなってしまったということ。


聞けばやはりというべきか、彼女はここ数年睡眠障害で悩まされていたという。だから、こうして寝てくれるのは嬉しい限りではあるのだが......。


(せめて携帯をいじりたいのに......取りに行けねえ)


薄暗闇の部屋の中、ぼーっと天井を見上げた。


久しぶりだな。こうして全く何もしない時間は。


まるで赤子のようなえまちゃんの横顔が可愛らしい。安らかにすやすやと寝息を立てている様は、リスナーが見ればVTuberの姿でなくとも尊死するレベルだ。


かくいう私も尊死すんぜんかも。


......しっかし、恋人かぁ。


実のところ私は頭的には男だが、心は肉体に引っ張られていたりする。どういうことかと言うと、要は女性の心をも持っているというそんな感じ。


だから別にそういう欲が無いというわけでは無いのだが......なんか、こうしているとどちらかと言えば、えまちゃんは妹って感じがするんだよな。


まだ17だし。



――でも、だったら。とふと考える。



(.......じゃあ、美心は?)


美心の存在を改めて考える。すると不思議と彼女は妹という感じはしなかった。どちらかといえば、彼女は......


......いや、娘だから当然だろ。


私は鼻で笑うように首を振った。


(そう......大切な、娘だ)












――ポーンッ




『あの、すみません。マネージャーさんから来週ならスケジュールに空きができると言われ、連絡しました。どうでしょう? 忌魅子の仔』



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