第25話 歌姫


目を丸くする蓮華さん。よく見れば目の下、くまが凄いな......この感じ、転生前の私の雰囲気に似てる。多分、満足に寝れてないんだ。


(......そう)


寝ないんじゃなくて、寝れない。不眠症なのか、明日が怖くて寝たくないのか......。


蓮華さんが首を横に振る。


「いえ、私には難しいと思うので......仕事もありますし。お姉ちゃんと違って体力も無くて、要領も悪いから」


私と同じだ......できない理由はいくらでもあった。「忙しい」「疲れてる」「暇が無い」そして、「私の力では無理」か。


しかし、そうして進んだ先にあるのは出口の無い迷路。それにより延々と搾取され削られていく心と命なんだ。


......でも、おそらく私が蓮華さんを止めることは出来ない。かつて同じ立場だったからわかる。


社畜生活が長くなると、もはやそれ以外が見えなくなっていて、他の生きる道が無いように感じる。


(......いや、やれる事はあるはずだ)


「そうですか。でも、VTuberに限らず何かやりたくなったら相談してください。......自分が楽しめる事ほど、向いてるんですから」


「......向いてる」


蓮華さんの視線が僅かに泳ぐ。


「でも、本気でやっても、失敗したら......好きなこと程、仕事にはするなって言いますし」


私は首を横へ振る。


「私は好きなこと程、仕事にしたほうが良いと思いますよ。やりたくない仕事を続けられるほど心も体も強くないし。それに......」


ふと顔をあげる蓮華さん。私と視線が合う。


「辛くても、苦しくても、好きなことをしているのは楽しいです」


私は、ニッと笑って見せた。


「それは、岡部さんだから......才能があるから言えることでは」


「まあ、そうかもしれない。でもほら、蓮華さんにも才能あるかも」


「私には無いです。......すみません、変な話して」


「ぜーんぜん!また聞きたいことあったら聞いてください」


「......ありがとうございます」


この会話がどう彼女の心に変化をもたらすか。何かになれば嬉しいけど、その一歩が難しい。


私は前世での死の体験とその人生の後悔があったからこうしてイラストレーターの世界に飛び込めたけど、彼女はそうではない。


(......でも、現状を変えたいなら、自ら動き出さなければならない。僅かでも行動していかなければ何も変えられないんだ......だから、何かがその切っ掛けになれれば良いんだけど)


玄関。ヒールを履いてドアノブに蓮華さんが手をかけた。そしてそのまま、振り返らずにこう言った。


「......VTuberって、もしも......やるとしたら、どのくらい費用がかかるんでしょう......」


お?


「んー、どのくらいですかねえ。ちょっと見積もっときますか?大体のお値段だけでも」


「......あ、ありがとうございます」


くるっとこちらへ向き彼女は、少し照れたように微笑んだ。......なんつー破壊力。


「では、また。おやすみなさい」


「はい!おやすみなさーい!」


手を振り彼女を見送る。バタン、と扉が閉まった後私は密かにガッツポーズをした。


彼女の中で何かが変わり始めている。それがとても嬉しかった。


(......でもあの感じ、仕事大変なんだろうな。今日も来たの遅かったし、仕事帰りっぽかったし......こないだも休日出勤ぽかった)


彼女がこちらに来る前に倒れてしまわないかが心配すぎるな。いっそ私が何かしらで雇えるならそれが一番いいんだけど......それもアリスが上手く行けば道が拓けそうな予感がする。アリスのマネージャーやってもらうとか。


つーか、いっそ箱でも作っちゃう?私がアリスの他にも四人くらいデザインしてさ。そのうちの一人に蓮華さんを入れて......。


「......ちょっと現実味ねーな」


あ、やばい。そういえば美心にコラボの話し忘れてた。




◇◆◇◆




――とあるVTuberスタジオ。撮影の休憩中、二人の女子が椅子に座っている。


「ねーねー、最近さあ凄い勢いで登録者伸ばしてる子いるのしってるっ?」


天使を思わせるふわふわとした栗色のボブカットヘア、雪のような白い肌。その小柄な体を椅子の上でまるめ膝を抱えながら、彼女は隣の女子に話しかける。


「ん、さあ......誰のこト?」


話しかけられた彼女もさることながら、整った顔に艷やかな黒のロングヘアー、褐色の肌と凛々しい目つきの美女だった。彼女はスティックタイプのチョコのお菓子をひとつまみし聞き返す。


「何かねえ、猫耳つきヴァンパイアのモデルなんだけどさあ、先月の中くらいから始めてもうすぐ登録者10万人っ!」


両手を猫耳に見立てて、ぴょこぴょこ動かしながら彼女は微笑む。すると褐色の美女は表情を変えずに「ほう、早いネ」と、短く返した。


「ねえ!早いよねえ!!トークも面白いんだよっ!」


そういいながら携帯の画面を見せる。すると褐色の女子は「ああ」と頷く。


「この子......アリスって、最近short出回ってル。歌、上手いよネ」


「そーなんだよ!なんまら歌うまいんよ!!もしかしてウチの歌姫より上手いかもっ!?」


「......それ、本人の前で言わないでヨ。またケンカになるかラ」


「あ、やばっ!えへへ......わたし思ったこと全部いっちゃうからさ〜。困ったもんだぁ、あははは〜っ」


「でもまあ、このまま伸びていって、登録者が多くなれば......コラボする事もありそうだネ」


「絶対伸びるよー!だってすごいもんアリスちゃん!楽しみーっ!」


「はは、そんなに気に入ったのカ、シロネ」


「うんっ!でもクロカちゃんも気になってるでしょっ?」


――大手VTuber事務所、クロノーツライブ。


VTuber、薄氷 シロネ。チャンネル登録者数161万人。


VTuber、煙刀 クロカ。チャンネル登録者数136万人。


「.....休憩、そろそろ終わりよ。二人共」


シロネとクロカへ歩み寄る、女性。腰まである長い髪、あがる目尻、その下には泣きぼくろがひとつ。彼女もまたシロネ、クロカに勝るとも劣らない美しさだ。


「あ!はーいっ!」


「ん、あいヨ」


「あ!ねーねー、サイカちゃんも気になるよね!アリスちゃんのこと!」


「アリス......面白そうな人だとは思うわ。でも、まだまだ荒削り。この前のライブ配信もリスナー置いてけぼりで進行していたし、改善点は多そうね」


「辛口だナ......サイカは」


「さ、さすがサイカちゃんっ!きびしーっ!」


「......プロなら当然だわ。ただ......」


「ただ?」


彼女は真っ直ぐにどこかを見据え、こう言った。


「歌声......あの歌唱力だけはVTuber界でもトップクラスかもしれないわね」


VTuber、緋色 サイカ。チャンネル登録者数213万人。クロノーツライブの絶対的歌姫。



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