第19話 忘却


――蓮華さんとの件から二日後。


『それじゃあまた明日!みんなおやすみぃー!』


19時53分、雑談配信終了。登録者数26123。


順調にアリスのチャンネルが伸びていく。Pwitterでも他のVTuberさん達との繋がりができ、コラボの話も出てき始めた。VTuber活動がどんどんと実を結びつつある。


しかしそれとは対象的にリアルでの美心の心情は複雑のようで、それこそリスナーにも感じ取れる程だった。


『最近アリス変じゃね?』

『どーしたんや。明らかに元気ねーじゃん』

『スレにも来ないし』

『パパ娘おかしない?』

『いや、こういうのパパが介入するとややこしくなるからさ』

『逃げるなw』


スレ民も心配している。あとパパは役に立た無さそう。......まあ、事情の知らないパパにはどうしようもないんだけど。


そんな事を考えながらAチャンねるのページを最小化。私は蓮華さんへとメールを打ち始めた。


『これが最後のメールです。今回の件、本当にすみませんでした』


あれから何度か謝罪したのだが、やはり許してもらえるはずもなく、もうメールしてくるなとの返事を最後にそれいこうはメールが返ってくることは無かった。



――ガチャ、と美心が配信部屋から出てきた。


「......あ」


私のPCの画面に表示された文面に彼女が反応し、俯いた。


「美心は」


私は彼女の名前を呼ぶ。


「遙華なんだよね」


「......はい」


視線の泳ぐ彼女。


「どした?......昨日、説明してくれたでしょ。美心が遙華、ゲドウツクルの生まれ変わりだって」


美心は両手の指を絡め、落ち着かない様子で答える。


「.......そう、だと思います......」


「どゆこと?」


「えっと......なんか、自信なくなってきちゃって......この記憶って、本当に存在することなのかなって......蓮華ちゃんのあの目。あたしが言ってる事って、あり得ない事ですよね......だって、そんなの、映画とか空想のお話で......だから」


......否定され続けてわからなくなってきたのか。


「でも、はっきり覚えてるんでしょ。遙華だった記憶、あるんだよね」


「それは、ありますけど.......たんなるあたしの妄想の可能性が......だから、もういいです」


虚ろに揺らぐ瞳。彼女の人差し指が下唇をなぞる。その時、私は思う。――今度こそ護らなきゃ、と。


「わかった。これ以上この話を、蓮華さんとの関係を続けても辛くなるだけだ。やめよう」


「......はい」


世界にたった一人。その孤独な気持ちは痛いほどわかる。こんな思いをあじわうなら、いっそ思い出さなくて良かったとさえ......でも。


「でも、最後にひとつ......私に任せてほしい」


「まか、せる?なにを」


「......美心は、蓮華さんが大切なんでしょ?」


「はい」


「多分、蓮華さん助けてほしいんだよ」


「......助けてほしい?」


「お姉さんが大好きだからこその、苦しみ......そこに縛られ続けている人生から」


あれほどの時間、ずっと忘れられない存在。きっと遙華は......美心は彼女にとって素敵で良いお姉さんだったんだなと想像がつく。


けれど、「愛ほど歪んだ呪いはない」と私の尊敬する先生がいっていた通り、ひとつ間違えればそれは大切な人を縛り続ける。


「だから、助けてあげよう。蓮華さんを」


「そんなこと」


「できる」


うつむいていた美心が顔をあげこちらを見る。


「......できる?」


「うん、できる。だからママを信じて」


「怖い......またあの目で見られたら、あたし」


再びうつむきそうになる彼女。私はその手をとった。


「でも、遙華が助けてあげないと。お姉ちゃんだろ?」


――美心に転生の事実確認をした時、私がコショウサトウだとは言わなかった。それは、この状況でその事実を告げることで、美心を更に混乱させてしまうのではないかという恐れがあったから。


(それに、私は前世で彼女を裏切った.......)


だから、私は......俺は、今度こそ彼女の手を離さない。


握りしめる細くて白い美心の指。冷たい手のひら、微かに震えている。


しかし、やがてその手に力が入り私の手を握り返した。


「......はい」


美心は顔をあげ真っ直ぐに私の目を見返す。それはどこか懐かしい彼女の目と同じ様に見えた。



ああ......変わらないな、君は。弱くて、強い。あの頃と。




◆◇◆◇





――最悪、だ。


毎日毎日、連日の残業。


パワハラ、セクハラは当たり前。上司のミスは私に降りかかり、今日も定時には帰れない......いや、定時に帰れた事なんて三年働いてきて片手で数えられるくらいしか無かったか。


(でも、がんばらなきゃ)


だって、ここ辞めたらもう正社員で登用してくれるところなんて無い。私は駄目な子、お姉ちゃんほど優秀じゃないから......ここを辞めたらもう、多分行く宛はない。


小さい頃から比べられて育った。


両親はずっとお姉ちゃんばかりをみてきた。お姉ちゃんはとても優秀で、凄かった。いろんな事ができて、密かに「歌い手」という活動をしていて、そこでも成功していた。


だから、いくら親がお姉ちゃんばかりを褒めていたからといっても私はとくに嫉妬なんてしてなかった。むしろ誇らしくて、自慢の姉だとずっと思っていた。


けれど、あの日......お姉ちゃんは帰らぬ人となってしまった。


交通事故。私は友達の家で行われていたクリスマスパーティーに出かけていて、連絡を受けた時はどこか夢のような錯覚を覚えた。


お姉ちゃんの顔は事故で損傷が激しく見ることが出来なかった。今思えばそういった理由もあって、まだお姉ちゃんが死んだという実感が無いんだと思う。


それから両親は姉の代わりを作ろうと躍起になった。私は頑張った。けど、駄目だった。出来損ないだった。お姉ちゃんにはなれない、けどお姉ちゃんのように.......。


そんな時、似た人を見つけた。


彼女はVTuberでアリスという名前でYooTubeで活動していた。


(......話し方、なんだかお姉ちゃんに似ているな。テンポとか間とかタイミングがそっくり......)


お姉ちゃんに似ている彼女。気になり始め、チャンネルを登録し、生放送のアーカイブを見始める。いつしかアリスさんにお姉ちゃんを重ね始めていた。


そんな時。始まった初めてのアリスさんの歌配信。


「......お姉ちゃん」


声質は違う。けれど、私の中のお姉ちゃんがそこには居た。少なくとも歌い方が完全にお姉ちゃんのそれだった。


思わずチャットで姉の名前『遙華』と打ってしまった。


そして連絡が来た。その結果......また辛くなった。


有り得ない期待をしていた私が悪い。けれど、あの嘘は......許せなかった。


あれから何度も謝罪のメールが岡部というマネージャーから着ていたが私は返事をしていない。


いまは一刻も早く忘れたい。この事も、お姉ちゃんの事も......だから、働く。それが薄れ消えてしまうまで働いて、忘れてしまおう。


......けど、最後に。


あの日、クリスマスに聴くはずだったお姉ちゃんの歌......聴きたかったな。


『寂しくなったら頼ってよ』


忙しそうなお姉ちゃんは、それでも会う度にそう言って私の頭を撫でてくれた。


あの手の感触も、今ではもう薄れ消えかけている。


――ブブッ、と携帯が振動した。


(メール......また岡部さん。最後のメール、か)


もう終わりにしたいと思っていたから丁度いい。これを期に完全に、お姉ちゃんを忘れよう。


(......忘れたほうが、良い)


メールを閉じようとしたとき、他にもまだ何かが書かれている事に気がついた。


『けど、最後にひとつお願いがあります。来週の月曜日にアリスが歌配信を行います。それだけは観てください。よろしくお願いします』


(......観るわけないでしょ)


私はメール画面を消した。



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