第18話 卑怯



――カフェから眺めているはずの美心。何故か彼女が後ろから現れた。


「......な、なんで、美心」


その言葉に蓮華さんが反応する。


「え、美心、......美心?」


美心は私に駆け寄ってきて答えた。


「なんでって、ママの様子がおかしかったから......って、泣いてる!?どした!?蓮華ちゃんと喧嘩したんですか!?」


私の涙に驚く美心。娘に泣き顔を見られるとは......恥ずかしすぎる。


(あれ、ていうか、いま蓮華って......なんで彼女の名前を?)


その時、蓮華さんが美心の顔をまじまじと見ていることに気がつく。


「......なんで私の名前.......というか、この声、もしかしてあなたが......アリスさん?」


――あ、と思ったのも束の間。美心が頷く。


「このタイミング......もしかして、どこかでずっと見てたんですか?」


蓮華さんの顔に不信の色が滲んだ。美心が答える。


「えっと、それは......うん、ごめんなさい。見てました」


「そう。......アリスさんは、私の思っていた人とは違ったみたいですね。それは卑怯者のやり方です」


たまたまこの場に居た、なんて嘘は通用しない。待ち合わせしていたなんて理由も蓮華さんとの約束があった以上ありえない。


......誤魔化せない。


「待って、ごめんなさい!私が指示したんです!だから美心は悪くない......!」


「悪いでしょ。指示した方も従った方も、同じです。......卑怯者と交わす言葉はもうありません。さよなら」


くるりと踵を返す。その時、一瞬美心を横目で見る蓮華さんが悲しそうな顔をしていることに気がついた。


しかしもう遅い。こういうネット上での付き合いは信頼関係が瓦解すれば修復するのはとても難しい。


ヒールの音が遠のく。けれど、それを止める言葉を私は持ち合わせていない。


蓮華さんが立ち去り、二人きりになった。美心が言う。


「......すみません、ママ。あたしが出てきたから」


私は首を横に振る。そもそもが間違いだった。信用を失うような事をしたから......軽率すぎた。


「いや、これは私の失敗だ。普通に出会っていれば、なんの問題も無かったのに.......必要以上に警戒しすぎた」


「......でも、それはあたしの事を考えてですよね......あたしが動揺していたから、ママは気を遣って.......」


「それは、まあ......けどこうなってしまったら、意味もない」


「大丈夫です」


「え?」


「蓮華ちゃんなら大丈夫。素直な子なので」


「......信頼してるんだね」


そう言った瞬間、私は物凄い違和感に襲われた。


(......あれ?)


美心は蓮華さんのお姉さん、遙華の親友だったんだよね?美心は蓮華さんのことを知っている......なのに蓮華さんは美心の事を知らない。


......どういう事だ?


「でも、蓮華さんは美心の事を知らないんだ?」


流れる雲影が美心の顔を暗く覆う。


「......はい。会ったことはあるんですけど、蓮華ちゃん......まだ小さかったから。あたしの事覚えて無いんですよ」


「なるほど......」


最近わかった事だが、美心は誤魔化そうとしたり嘘をつくとき唇を触る。今も、さっきもその癖が出ていた。


「帰ろうか」


「......はい」


その後、美心は自宅へ。夕方からまたバイトがあるのだとかで、足早に彼女はその場を後にした。


(......もしかして、美心)


私も今回の事で頭がいっぱいになりながらも何とかウチへと帰宅。冷房の効いた部屋ではお掃除ロボが忙しそうにあちこちと走り回っている。


私はそれを目で追いながら、美心の寂しそうな顔を思い出していた。


つけっぱなしのPC。椅子に座り、くるくると回る。


(そういえば......ゲドウツクル、いつ死んだんだ?)


検索窓に彼女の名を打ち込む。するとそれはすぐに出てきた。と、いっても勿論実名ではなく有名歌い手と表記されたモノだった。


(......あのあと美心に聞いた事故と内容が一致してる。これで間違いないな)


日付は......18年前の12月。私が連絡をとろうとしていた時にはもう亡くなっていたのか。


――その時、DMが入った。


差出人は『蓮華』


内容をみれば、ああやっぱりかと思った。美心が再び彼女へと接触したのだ。


『あなたのところの美心さん、なんとかしてください』


一行目から拒否の一文。そうとう嫌われてしまったな、と胸奥がズキンと痛む。邪険にされ心を痛める美心をの気持ちを想像するとさらに苦しくなる。


私がしたこととは言え、これは結構堪える。数年前にアンチと泣きながら喧嘩した時を思い出すな......いや、あれはスレ民だったか。仲直りしたけど。って、


「......は?」


思わず間の抜けた声が出る。


それは蓮華さんから送られてきてたDMの後半。


『あの人、事もあろうに「自分はあなたの姉だ」「生まれ変わりなの」とか言い出すんですよ?さすがに悪ふざけが過ぎます。本当になんとかしてください』


......姉?


美心が蓮華さんの姉。


......それは、美心が遙華で......ゲドウツクルという事、か?


「......はは、ありえない。だって――」


......だって、何なんだ?


あの美心の歌声は、あれは......いや、でも。


「......生まれ変わり、って.......そんな小説みたいな事......」



私は見つめる。窓に映る自分の顔を。



「......ある、のか」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る